正体
今回はバトル要素と中二要素満載です。
私狐神玉藻は武蔵関公園の富士見池のほとりをガードレール越しに歩いている。何か目的があって歩いてるわけではない。ただブラついてるだけだ。
もっと冷静になるべきだった。だがあんな書置きを置いてきてしまった以上自分から戻ることもできない。今更ながら後悔していた。
その時、視界正面に黒いローブを着た人影があった。体格は165センチぐらいだろうか。
その人影からは禍々しい殺気が満ち溢れ、比較的距離がある自分のところからでもこいつはやばいと察することができた。大妖怪玉藻前である私がそう思うぐらいだ。相当な手練れだろう。
「お前、妖ね」
ローブの人影が言った。声色や言葉遣いから察するに恐らくこいつは女であろう。
「誰?」
「妖狩りって言ったらわかる?」
「!?」
その名前を聞いて私は全身が強張るのを感じた。
「私を祓いに来たの?」
「偶然歩いてると妖がいたんでね、ちょっと運動がてらに祓ってやろうかと」
「余計なお世話よ」
「だとしてもわたしとしては悪を野放しにしとくわけにはいかないからね」
「誰が悪だ。お前ら人間の方がよっぽど悪だろうが!?」
「妖の分際で調子乗ってんじゃないわよ!」
ローブの女? が右手を振りかざし、
「サンダルフォンよ、我に力を貸し給え、我にその加護を与え給え!」
呪文を唱えた。歌唱天使を象徴する言霊。十数人の天使たちが顕現する。
私は絶望した。どんな大妖怪といえど妖は神クラスの存在には遠く及ばない。
嫌だ、まだ死にたくない。
こんなことならハナと喧嘩なんてしなければ良かった。
天使たちが歌い始める。
その聖歌が私の耳をつんざき、私という存在を無理矢理消し去ろうとする。
歌唱天使の能力は対象の力を詠唱で弱体化させる能力だ。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
あまりの苦痛と激痛に私は絶叫した。
吐血が出て、ボトボトと地面に滴り落ちる。
どんどん生気が吸収されていく。
その時、後方で誰かが呪文を唱えた。
「法と正義を司る太陽神シャマシュよ。我に罪人を打ち倒す加護を与え給え」
呪文が終わる。
その声はどこかで聞き覚えのある声だったが、天使たちに生気を吸い取られ誰の声かまでは判断できなかった。
意識がだんだんと薄らいでいく。
もう限界だった。
私はその場にバタンと倒れてしまった
わたしの最も得意とする魔術は古代魔術だ。古代魔術の多くが神々に関わる魔術が多い。
わたしは太陽神シャマシュの言霊を詠唱し終える。このシャマシュの言霊も古代魔術の一種だ。
魔法陣が頭上に出現し、無数の剣が天使たちのもとに飛来する。
その数は百を裕に超えるだろ。
剣が天使たちのもとに襲いかかる。
天使たちは結界を張り、それを防いだ。
「わたしの友人がお世話になったみたいね、あなた妖狩りでしょ?」
「……」
黒いローブを着た妖狩りと思われる人物に向かってわたしは聞いたが、そいつは無言で何も答えなかった。
気のせいか黒いローブの者はわたしの顔を確認するなり、怯んだように後ろへ下がった。
瞬間、歌唱天使の力が徐々に弱まっていきやがて消失する。
理由は分からないが恐らく術者である黒いローブの者に何かしら問題が起きたのであろう。
歌唱天使が消失したためわたしはシャマシュの術式を解除する。
黒いローブの者が右手にある階段に視線を向け逃走を図ろうとする。
しかし、その階段の真上に恒星が現れて道をふさいだ。
「悪いな、ここから先は通行止めだ。なんつって」
俺はどこかのラノベキャラの台詞をまるパクリしたような言葉を冗談めかして吐く。
「ふざけてる場合じゃないから」
「ごめんごめん~」
ハナにたしなめられてるが悪びれることなく、軽い態度で受け流した。
「さて正体を見させてもらおうか、ノウマク・サマンダ・ボダナン・バヤベイ・ソワカ!」
俺は風天の真言を唱える。
風が巻き起こり黒いローブの者に襲いかかる。
黒いローブの者のフードを強風が引きはがした。
『!?』
そいつの姿を確認した俺とハナは驚愕する。
はがれたフードからさらされたその顔は”ハナの親友天使えるだった”。
「える、まさかあなたが妖狩りだったの」
わたしは驚きと困惑を露わにして言った。
未だ信じられない。
いや信じたくない。
親友が自分たちを脅かす存在であることを。
「わたしもびっくりだわ。ハナが魔女だったなんて」
なるほど、最初にわたしの姿を見て怯んだ様子を見せたのはフードごしにわたしの姿が見えたからだったのか。
「なんでこんな酷いことするの?」
わたしはすぐ隣で倒れている玉藻に視線を向けて言った。
「妖は悪だからよ。だからハナが魔導の道に堕ちていたなんて失望したわ」
「魔導に通ずる者や妖魔は全て悪だといいたいの?」
「そうでしょう」
「違うわ。それは人種差別と一緒よ。妖だから悪魔だから全て悪。だから全て殺していいなんて考え方は間違ってる」
「黙りなさい、悪魔の手先が偉ぶったこと言ってんじゃないわよ!」
「ッ!?」
えるがいつもとは違うやや暴力的な言葉遣いで言う。
親友から発せられた拒絶と差別にわたしは悲しくなった。
「陰陽師ならわかるよね。妖や悪魔は祓うべき存在なの。なんでそんな輩に手を貸してんの?」
えるが恒星の方へと視線を向け言う。
「お前さあ、最低だね」
恒星が冷たい眼をえるに向ける。
「何?」
「親友が魔女だったからってよくそういう態度とれるね」
「先に裏切ったのはあっちよ」
「いやお前だね、ハナは裏切ってなんかいない。でもお前は親友になんつった? 悪魔の手先が偉ぶってんじゃねえだ? そんなことがよく親友に言えるな」
「黙れ」
恒星の言葉にえるが強く歯ぎしりする。
ギシギシという音が鳴る。
「ああ、それと誤解してるようだから言っとくけど、陰陽師は妖祓いだけしてるわけじゃないから。妖の保護もれっきとした陰陽師の仕事なわけよ」
「なるほど、なら死ね」
恒星が言い終わると同時にえるが見たこともない術式を組み込む。
さっきの天使も魔術を使用した召喚ではなかったらしい。
新しい天使が顕現する。
「その時神は、硫黄と火の雨を神のもとすなわち天からソドムとゴモラのもとに降らせた」
えるが何かの不吉な聖句を唱えた。
「逃げて……」
玉藻が弱々しい声で言った。
「大丈夫、玉藻?」
わたしはそんな玉藻が心配になった。顔色もよくない、真っ青だ。
「そんなこと言ってる場合じゃい、早く逃げて」
「逃げてってどいうこと?」
「あれはソドムとゴモラの滅びの聖句よ」
玉藻の話では旧約聖書創世記にあるソドムとゴモラの滅び。それを描写した聖句の一つだという。
天使が右手を振り上げると同時、硫黄と火の雨が降り始めた。
「オン・ヴァルナヤ・ソワカ」
恒星がとっさに真言を唱える。
種字円が展開し、わたしと恒星のもとに水の結界を張った。
「ありがとう、恒星」
「水天の真言だ。あらゆる火属性攻撃を防ぐことができる」
種字円を展開させながら俺は自分の呪力が徐々に無くなってきいることに気付いた。
あまりに強力すぎる力にどうすることもできず防戦一方だ。
このままだといつまでもつかわからない。
バババババババババババババババーーッッ。
二酸化炭素中毒死しかねない程大量の硫黄と火の雨が種字円という傘に降り注ぐ。
こうなったら治癒符を使うしかない。治癒符は霊力、呪力、体力、外敵損傷全てを癒す符であらかじめ陰陽医がこめた呪力が入っているため自らの呪力を使用せずとも済む。しかし、治癒符は今手持ちが3枚しかない。あまりポンポンは使ってられない。
硫黄と火の雨は未だ降り続ける。
種字円の霊的防御力がどんどん低下してきている気がする。
「ねえ恒星なんか結界がミシミシいってんだけど」
降り続ける硫黄と火の雨にハナを守ってる種字円が悲鳴を上げ始めてる。
「種字円で結界を張ってる間に何とかできないか? このままじゃまずい、俺もお前も焼殺されるぞ!」
「わかった、できる限りの事はしてみるわ……」
そう言って呪文の詠唱をはじめる。
さっき途中で現界解除したシャマシュの言霊だ。
魔法陣がハナの頭上に出現する。
しかし、今度現れたのは剣ではなくバランスボールよりも遥かに巨大な光の球体だ。球体からは膨大な量の神力が放出してる。
「行け」
ハナが一声指示すると球体が高速スピードで天使へ突撃していく。
「異教の神風情の力で滅びの天使を倒そうなどと愚かな」
えるが言い終わると同時、天使が右手を振り上げる。
光る十字架が天使の前に顕現した。
球体が十字架に撃突する。
えるが球体に視線を向けたため少しこちら側の威力が弱まる。
今だ。呪力をもっと練りこむんだ。
種字円に描かれてる水天の種字が水色に発光する。
硫黄と火の雨を水天の種字結界が弾き飛ばす。霧散し、消える。
ようやくこちらから攻撃を仕掛けることができる。
しかし、もう大技を行使できるほどの霊力も呪力も残っていなかった。
出し惜しみなんてしてる場合じゃないので治癒符を使う。霊力、呪力全て力が回復していく。
回復した呪力を練り、不動金縛りの真言を唱える。
「オン・ビシビシ・カラカラ・シバリ・ソワカ」
光が飛来し、えるを拘束した。
光がえるの身体をがんじがらめにして縛る。
霊力を完全に凍結させられ、十字架も天使も消失した。
「何!?」
えるが驚きの声を上げた。
「よそみはいかんよ、天使」
「ちっ」
と、えるが舌打ちする。
「観念してもらおうか」
「断る」
「どうしてそんなに妖魔を祓うことに執着する?」
「妖魔は敵だからよ」
「だからどうして敵視してるのかと聞いてるんだが」
「敵たら敵なの!?」
「でもお前が祓った妖は害意のあるやつばかりではなかったはずだ」
「関係ない。妖魔はすべて悪よ」
「ハナもか?」
「それは……」
俺の問いにえるが口ごもる。
さっきは冷静さをかいてヤケクソ気味にハナにあんなことを言ってしまったんだろうが、実際は親友を嫌いになることをそんな簡単にできるはずはない。
「自分の中の勝手な固定観念で人の善悪を区別していたら必ず後で後悔するぞ。あいつは妖だから魔女だから悪だ、というのは人種差別と一緒だよ。天使はハナのことが好きなんだろ」
「……うん」
「ならこれからはもっと自分の心に正直なるべきだと思う。ハナと仲良くしたいのに魔女だからそれはできないていう偏見にとらわれて自分の本当の気持ちを見落としてるんだと思うよ」
「自分の本当の気持ち?」
「うん、ハナのことが好きって気持ち」
鸚鵡返しに聞くえるに俺が答える。
「天使とハナの隣でくたばってる玉藻とお前は似てるよ」
「はっ、あの妖とわたしが?」
「うん、玉藻も天使と全く同じ考え方だ。多分今も直ってない。あいつは人間が大嫌いなんだよ。まあ、正直人間である俺自身もあいつの気持ちはよくわかるし、妖を嫌うお前の気持ちもある程度は想像できる。でも妖も人も醜いところだけじゃなく美しいところだって沢山あるんだよ。それは例えば友情だったり、恋愛感情だったり、家族愛だったりとね。だから少なくとも種族差別はやめないか、これは玉藻にも言うんだが」
俺はえるとハナの隣でくたばってる玉藻に交互に視線を向け言った。
「わかったわ」
「それと玉藻とハナにもしっかり謝れよ」
「わかってるわよ。でもあんなこと言っちゃし、許してくれるかな……」
「大丈夫だよ」
「ほんと?」
「ああ」
多分だけど……。
なんか玉藻辺りが騒ぎそう。
「ところで中原君」
「うん?」
「これ早く解いてくれない?」
そうえば彼女を不動金縛り術で拘束していたのを忘れてた。
「すまん、今解く」
「ごめん、ハナ。それに玉藻さんも」
えるがハナと地面に座り込んでる玉藻の前に来て謝った。
「大丈夫、気にしてないから、心配しないで」
ハナが両手を振ってえるを励ます。
「ねえ、納得いかないんですけど、私こいつに殺されかけたんですけど」
案の定玉藻が不満たらたらに文句を言った。
「まあ、そういわずに許してやれよ」
「私を散々いためつけてくれたお礼をできるのならいいわよ」
玉藻がえるに視線を向け好戦的に言う。
まあ、えるに散々な目にあってるしある程度のことは許していいか。
「別にいいけど、後でちゃんと仲良くしろよ」
「それはこの礼が済んだらたっぷりと」
「ちなみにどうするつもりだ?」
少し不安を抱いて俺は玉藻に聞いた。
「鞭打ち拷問調教に三角木馬責めの刑」
案の定玉藻が妲己モードを発動してそんなこと言う。
心なしかその表情は若干興奮ぎみに紅潮しているようにみえる。こいつ絶対Sだ。しかもドがつくレベルの。
「ひっ」
玉藻の危ない発言にえるが表情を強張らせてハナの後ろに隠れた。
ハナは呆れて嘆息してる。
「却下」
「え~、なんで」
玉藻が不満たらたらに言う。
「寧ろなんで今のが通ると思った?」
「SM倶楽部だったら普通じゃん」
「SM倶楽部は風俗だから」
「拷問は世界の文化」
「いや、確かにそうかもしれないけどって、うんなわけあるか!」
「ちっ」
「ちっ、じゃねえよ。お前、人間嫌いって言うけど陰陽師に退治されたのやっぱ自業自得だろ!」
「違うし、その件については全くの冤罪よ」
「いや身から出た錆だろ」
「ぐう」
玉藻が悔しそうに歯噛みした。




