妖狩り
夕方。俺が来て以来、玉藻が初めてリビングで食事をした。
「久しぶりね、玉藻がこっちで食事するの」
早絵が言った。
「別にいいでしょ」
玉藻がぶっきらぼうに言う。
「何かあったのですか?」
早絵が声をひそめて俺に聞いた。
「コンビニで玉藻が働いているところを偶然見つけたんだけど、ミステリーものの文庫本を持ってたらなんかやけに盛り上がったぞ」
「ああ、なるほど。玉藻ミステリー好きですからね」
そうえばさっき言ってたな。あんなに喋る玉藻は出会って以来初めてかもしれん。
その時、インターホンが鳴り、ピンポーンという音が響いた。
「誰でしょうか?」
早絵が立ち上がり玄関へ向かった。
しばらく後早絵が一人の小学生ぐらいの身長の少女を連れてリビングに戻ってきた。
「玉藻さんに用があるらしんですけど……」
「ほえ?」
ハムスターのように飯で頬を膨らませながら玉藻が答える。
「まずは口の中にあるものを無くしてからにしなさい」
呆れ気味に早絵が言った。
「で何か用? というかあなた誰?」
ぶっきらぼうに玉藻が言う。
「はい、わたしは古屋富子っていう座敷童子の妖怪なんですが、私の友人が昨日から行方不明になってるんです。彼女を探してもらえないでしょうか?」
「私は探偵じゃないんだけど……」
「駄目でしょうか?」
古屋さんが心配気な表情を浮かべ言った。ちなみに古屋さんは黒髪でおかっぱ頭で着物を着ている。いかにも座敷童子といった感じだ。
「はあ、わかったわよ」
しょうがないなあ、というように玉藻が嘆息する。
「玉藻って普段からああして妖から慕われてんのか?」
「ええ、この辺に住む妖の間ではアヤカシ探偵事務所なんて言われてますよ」
「へえ」
「玉藻は人間は嫌いですけど、妖には優しいので色々妖に慕われてるんです。それに玉藻前っていう妖怪のVIPですから」
妖怪のVIPって面白い表現だな。
「古屋さん。一つ覚悟して置いた方がいいかもしれなわよ」
「覚悟?」
「ええ。あなた最近この東京を騒がせてる妖狩りって知ってる?」
「な、なんですかそれ」
玉藻が言った物騒なその単語に古屋さんの表情が強張る。
「妖のみを殺して行ってる殺人鬼ならぬ殺妖鬼よ。もしかしたらその殺妖鬼に既に襲われて手遅れかもしれないわ」
「そんな……」
妖狩りは陰陽師の間でも話題となってる。妖が陰陽師を頼って護衛を頼むなんてこともあるぐらいらしい。俺は福井にいたので細かいことは知らないが福井にいても噂としては伝わっていた。
「もしそうなった場合は妖狩りに殺されるより悲しい気持ちを味わうことになるわよ」
「……」
玉藻の言葉に古屋さんは黙り込んだ。
妖は死んだら死体は残らない。しかし、魂は違う。霊魂は死後、別世界へ行く。しかし、現世に未練を残した霊はその未練をなくすため現世にとどまることが多い。また、基本的に妖は寿命が人間より遥かに長いため老齢で死ぬことは少ない。その為現世に未練を残してる霊は大抵非業な死に方をした霊たちだ。そのような霊は怨霊となり復讐を果たそうとする。それは危険な状態で無関係な人間を巻き込んで怪異事件が発生することもある。
「もし怨霊化してたら私にはどうしようもできない。そこに陰陽師がいるけど陰陽師に調伏される友人の姿なんて見たくないでしょ」
「え、陰陽師!?」
古屋さんの表情が警戒と驚愕の色に染まる。
「そんな驚かないでよ、別に俺は妖狩りみたくやたらめったら祓ったりはしないから」
「そうなのですか?」
「ああ。だけど玉藻が言った通り怨霊化した友人を見つけることになるかもしれない。それで、もし友人の理性がとんでいたら辛い思いをすることになると思う」
「理性がとぶ?」
「ああ、怨霊は理性がとんでることが多い。怨霊は”これをやりとげなければ”と自らに呪をかけてるから何を言っても声は届かない」
「そ、それって治るんですか!?」
「勿論治る。調伏したのち御霊にすれば理性は戻り、現世に現界することも可能だ。まあ、でも別に友人が死んだと決めつけるにはまだちょっと早いと思うよ」
「そうですよね、ありがとうございます」
★
翌日の放課後のこと、ハナと一緒に帰り道を歩いていたときだった。
「わたしも手伝おうか、古屋さんの友人の件」
「別にいいけど、どうして」
「やっぱりわたしも魔導を極めるものだからね、妖が酷い目にあってるていうのはあんまりいい気持がしないよ、それにわたしの使い魔たちにせがまれてちゃって」
「使い魔なんていたのか?」
「魔女ですから」
えへん、とハナが胸をそらせて言う。ちなみに彼女の胸はそんなに大きくない、貧乳というわけでもないけど。
「どんなの使役してんだ?」
「見たい?」
見せたいって言わんばかりの表情でハナが聞く。
「うん、見たい」
「しょうがないなあ」
なんて言いつつ、やったと言わんばかりの表情をハナは浮かべる。
「出てきてシル」
ハナがそう言って呼びかけた後直ぐ、羽のはえた20センチ前後の妖精の少女が姿を現した。
「おお、妖精なんて初めて見た」
思わず感嘆の声がでた。
魔導に通ずる者としては妖精や西洋の神々の存在は信じているが実際に見るのは初めてであった。
「ハナって本当に魔女なんだな」
「何よ今更」
「いやだって未だにハナが魔術使ってるとこ見たことなかったし」
「そだっけ」
「うん」
「まあ、いいや取り合いずこの娘はシルフィ、わたしの使い魔よ」
「シルフィです、よろしくお願いします」
シルフィと呼ばれた小さな少女が礼儀正しく一礼した。
「おう、よろしく。ところで妖精って本当にその漫画やアニメに出てくるようなかっこなんだな」
シルフィの特徴は現実離れした水色のアニメ髪に下着姿同然のかっこだった。一般的な妖精のイメージまんまの姿だ。
「シルフィは名前の通り風妖精よ。水色の髪も風妖精の象徴」
「風妖精ってことは風を起こしたりすることができるのか?」
「勿論」
「見たい」
「シルフィ、いい?」
「はい」
シルフィがうなずくと同時に辺りに少し強めの風が巻き起こった。
「おお」
思わず感嘆の声が出る。
そしてその風でハナの制服のスカートが捲れ上がった。黒い下着だった。
「おお」と、さっきとは違う意味で同じ言葉を口にする。
俺の視線が風で捲れたハナの制服にそそがれてることにハナが気付き忽ち頬が夕焼けの如く真っ赤になる。
「見た?」
「アダルトだったな。GJ!」
親指を上へ突き上げて言う。
「GJじゃない忘れろー」
「ええじゃないか、ええじゃないか」
「よくないし!」
「大丈夫、パンツを見せれば全世界の男子が救済される。ハナはすでにジャンヌ・ダルクだ!」
「意味わかんないし!」
そんな下らない会話をしながら俺たちは帰宅した。
土曜日、俺達は古屋さんの友人の捜索を行った。
俺、玉藻、ハナそして古屋さんも参加して捜索チームを組んだ。
チームは二手に分かれ、俺は玉藻と、ハナは古屋さんと同じチームになる。
ハナと古屋さんは武蔵関駅周辺を、俺と玉藻は武蔵関公園の周辺を散策することとなった。
武蔵関公園内の森林の中を歩く。辺り一帯には蝉の幼虫が出てきた時の穴と思われるものが無数にあり、ドングリやコナラなどの実も散らばっていた。歩くたびバキバキとそれらの実を踏む音がする。
今日はかなり暑いが今は林の中であるため割と涼しい。そのかわり蚊が多くてかなわんが。
ブーンブーンと耳元で雑音が聞こえる。うざい。早くこの虫日本から絶滅しないかな。
「なあ、玉藻はなんか妖狩りについて心当たりとかあんのか?」
俺は前方を歩く玉藻に問いかけた。
「ない。けど陰陽師か祓魔師だとは思ってるわ」
「わかってるとは思うが俺は妖狩りじゃないからな」
「本当に?」
怪しむような目つきで玉藻が俺を睨む。
「本当だよ。俺がそうだったらこんな人気のない場所玉藻を殺すのには絶好の機会だろ」
「まあ、そうね」
「痕跡とかわかんないのか?」
「陰陽師のあなたが知らないのに私がそんなに有益な情報を持ってると思ってるの?」
「まあ、そうだな。でも戦闘があったのであれば霊的痕跡が残ってると思うんだが、過去起きた事件現場とかは調べてみた?」
呪術や魔術に関わる戦闘が行われた際は必ず霊的痕跡が残る。一般人にはわからないが陰陽師や魔術師、祓魔師にはこれを感知することができる。
「調べてないわ」
「痕跡を隠蔽されてる可能性もあるけど、調べて見る価値はあると思うんだが」
「確かに」
「どこで起きたんだ、過去起きた事件は?」
「田無、関町、立野町、吉祥寺、上石神井、石神井公園付近で妖狩りに殺されたっていう怨霊が出現してるって話は聞いたわ」
「その霊は今どうなってる?」
「そこまではわかんないけど、他の妖に聞いた話だし」
そう言った玉藻の表情には不安の色がさしているように見えた。やはり大妖怪玉藻前といえども自らの命が危険にさらされている状況を不安に感じないわけがないのだ。
「妖狩り絶対に捕まえような」
「あたりまえでしょ」
何を今更と言わんばかりに玉藻が言った。
俺も武蔵関駅側のメンバーにも何か進展はなかった。
時刻は既に午後12時。昼飯の時間なので俺と玉藻は集合場所である駅まで自転車で行く。公園から駅までは3分もかからない。適当な場所に自転車を止め、1件の本屋の前でハナ&古屋さんペアと待ち合わせることとなった。
「此処の本屋ってすっごい品揃え悪いのよね」
「そういうこと店の前で言うなよ」
「別にいいでしょ、事実だし」
「いや失礼だろ」
「品揃えが悪い方が失礼だと思うわ」
「それは利己的じゃないか」
「利己的なのが大得意の人間に言われたくないわ」
「はあ」と、玉藻の唯我独尊ぶりに呆れて嘆息した。
「何よ、文句あんの」
俺のその態度が癇に障ったのか玉藻がそんなテンプレ台詞を吐く。
「なんもねえよ」
「炎の海に投げ込まれたくなかったら余計なことは口にしないことね」
「やっぱお前史実通り悪さばっかしてたから陰陽師に退治されたんだろ」
「違うし、平安王朝の時は本当にわたしは悪くない。上皇様にも了解を得てのことだったの」
「じゃあなんで陰陽師に退治されてんだよ」
「ちょっと力の歯止めが利かなくなちゃって」
「じゃあ妲己の時は?」
「え?」
「え? じゃない。封神演義ではやりたい放題やって紂王骨抜きにしてんじゃん」
「ああ、いやあれは紂王が悪いの。うん、そう紂王が悪い」
「なんで?」
「え」
「なんで?」
「えーと……」
怪しすぎる。挙動不信で目線を左右に行ったり来たりさせている。
「周王朝時代に幽王骨抜きにした褒姒の話は?」
「えーとですね……あれは仕方なかったのです」
じっ、と俺は玉藻に目線を注ぐ。それに対し玉藻は俺の追及から逃れるように目線を逸らす。何故か語尾が敬語に変化してる。それにならって俺も敬語で問い返してみる。
「何が仕方なかったのですかな」
「えーと………………………………………………」
長い沈黙の後、
「仕方なかったら仕方なかったの!」
耐えきれなくなり叫んだ。
「うわあ」
「なによ」
「黒板に書いてる漢字を間違えてることを生徒に指摘されて逆ギレする駄目教師みたい」
「なにその例え!?」
どうやら中国での出来事は事実であるらしい。
「じゃあ華陽夫人の方は?」
玉藻前は別名白面金毛九尾といい、その名通り尻尾が九本ある狐だ。妲己や褒姒、華陽夫人などもこの玉藻前と同一の存在だ。この三人は王様を骨抜きにし傀儡の如く思うが儘操り、好き放題やったという。
俺はそのことを取り上げて玉藻を追い詰めにかかる。
「どなんですかなあ、華陽夫人」
「ぐう~」
顔を真っ赤にして涙目になりながら玉藻がうなる。
「ねえ、どうなの~」
と、そこまで言ったところで何かが俺の頭部を殴打し、激痛が走った。
「痛っ!?」
「さっきから見てれば何やってんのよ」
後ろには水筒をもったハナがいた。俺の頭部に襲った激痛の正体はこの水筒であったらしい。
「痛いな。脳細胞が死んだらどうすんだよ」
「人の古傷抉ってんじゃないわよ。確かに玉藻が陰陽師を恨む気持ちは自業自得かもしれないけど、もう昔のことなんだから」
「自業自得じゃないし」
玉藻が突っ込むが図星であるからかその言葉には力が無い。
「いや自業自得だろ。誰がどう見ても」
「まあまあ大抵の妖は自らの過去に闇を抱えているものですよ」
俺の言葉に古屋さんが言った。
「古屋さん。もうあなただけだわ私を理解してくれるのは。親友もアヒトフェルよろしく裏切ったし」
玉藻が古屋さんに抱き着いて、ハナの方を見た。
「いや裏切ってないし、アヒトフェルって誰よ」
「旧約聖書に出てくるダビデの盟友だったけどダビデを裏切った人物」
「いや知らないし」
「魔女なのに知らないの?」
「なんで魔女が聖書のこと知ってると思った? ていうかむしろなんで玉藻がそれを知ってんのか気になるよ」
「私が何千年この地球で生きてると思ってんの。それぐらい知ってるわ。ちなみにザビエルにもルイス・フロイスにもあったことあるわ」
どや、と言わんばかりの表情で玉藻が尻尾を左右に振る。つか人間嫌いじゃなかったのかよ。
「どうせ見かけたことがある程度の話だろ」
「ち、違うもん」
左右に振られていた尻尾が元気をなくして下がる。
「まあ、取り合いずここでたむろしてても店内に入っていく客に迷惑だし早く帰ろうよ」
人数分の昼飯が入った袋をかかげてハナが言った。
俺たちは武蔵野荘に帰宅する運びとなった。
何故か日常ものを書いてるはずがミステリの要素が若干含まれてしまっている気がします。この話から段々と佳境に近づいています。多分次ぐらいには今書いてる編を完結出来ると思います。今書いてる編が完結後はこのシリーズを新しい編として執筆するかは未定ですが。




