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第四章 大坂の冬

投稿をさぼると、とたんにPV数に影響するもんですね。

責任を感じます。

第四章 大坂の冬



 仙台を出た政宗は、十月十五日に小山を過ぎると、十六日に江戸の屋敷へと入った。

江戸入りした翌日には江戸城へと登城し、将軍秀忠に拝謁、人数押しの一番手たるべきことと秀忠の先陣を申しつけられた。

続いて十九日にも同じく江戸城へと登城すると軍議が行われ、軍法が定められた。

 そして再び大坂を目指して二十日には江戸を出立したが、それに先立ち嫡男忠宗を江戸屋敷に置き、庶長子秀宗だけを参陣させた。江戸留守居の将は津田景康、今村重胤、守屋貞成、鈴木元信らである。

 江戸を出た後、二十二日に藤沢、二十四日に三島と宿陣、十一月一日熱田、二日墨俣、三日今洲と軍勢を進め、五日に琵琶湖畔の大津に着くと、しばらく逗留して後に続く他の軍勢を待った。

そこで秀忠が伏見に着陣するとの知らせを受け取ると、九日に伏見へと赴きこれを出迎え、その後十一日に京都に移ると家康と面談した。

 このころには諸侯の軍勢も揃い、徳川方二十万の軍勢がそれぞれの進軍路途上で大坂方と対峙していた。

 そして慶長十九年十一月十九日未明、大坂城の西方、木津川口に設けられた大坂方の砦を徳川方の蜂須賀至鎮が攻撃するのをかわきりに、大坂の役が始まった。

この初戦に徳川方は勝つには勝ったが、蜂須賀至鎮の抜け駆けによって戦端が開かれ、遅れてというか、予定どおりに戦場に到着した浅野長晟が進路上の川を無理に押し渡ろうとして多数の溺死者を出してしまう失態を犯した。大坂の役は、初戦から片倉景綱の予言通りの結果で始まった。

 続く鴫野の戦では徳川方の上杉景勝らが倍以上の敵を退け大坂城北東の地を占拠。橋頭保を確保すると、その後は鴫野と大和川を挟んでの今福でこそ勝ち切れなかったものの、大坂城西方の博労淵、西北の野田、福島と勝ち続け、大坂城の包囲を徐々に狭めていった。一方、城の南側では包囲が狭まるのに合わせて十二月二日、家康が住吉から茶臼山に、秀忠が岡山に本陣を移し大坂城の包囲を完成させた。

「ここまでの戦は、徳川方が勝って当たり前じゃがな。それにしても戦下手が多すぎるの」

 孫兵衛は秀忠の陣のある岡山の中腹で唸った。

「そうでございますか。大坂方が善戦しているという見方もあると思いますが」

 隼人は孫兵衛と肩を並べて、諸侯の陣を眺めながら言った。この小高い場所からは大坂の平野に配された諸侯の陣が一望できた。

「確かに隼人の申す通りの戦もあるの。上杉殿などは、さすがといったところじゃが、それ以外は、結局のところ数に頼った力押しでしかない。平野と粗末な砦を攻め取るだけなのに、こうも死傷者を出せるとは。皮肉をこめて申せば人殺しの才は十分あるようじゃの」

 秀忠の陣の中である。他の者に聞こえて差し障りのある物言いだけに、孫兵衛と隼人は小声で話していた。

 孫兵衛と隼人は九度山を退去した後、政宗に真田幸村調略の一件を復命するため、一路東海道を奥羽に向って進んで行った。途中、京からの早馬が二人を追い越していき、それを見た孫兵衛は、もはや仙台まで帰る必要はなく、江戸にて主君が上府するのを待とうとの決断を下した。

隼人は最初、大坂での戦に政宗も軍勢を率いて来るのに合わせ、江戸で待ち構えるという孫兵衛の考えはもっともだと思っていたが、途中、孫兵衛が熱海で長逗留する頃には、孫兵衛が仙台に帰るのを面倒に思ったのではないかと考えた。しかし例の如く孫兵衛に丸め込まれ、のんびりと従うことになった。

 政宗が江戸に入ったその日の夜、孫兵衛は主君へと拝謁した。

さすがにこのときは孫兵衛も慎重に行動した。何しろ自らの死を偽装しているわけであるから、伊達家の屋敷内で後藤信康の見知った顔に出くわすわけにはいかない。

このときは、隼人を先に立たせて、その老僕のような恰好で屋敷を訪ねた。屋敷に着いてからは、片倉重綱に訪ないを伝えた。

すると重綱自らが案内に出て、主が待つ座敷に通された。

そこには政宗のほか、成実、綱元もおり、孫兵衛の顔を見ても驚かないところをみると、少なくともこの四人が今回の後藤信康の死の偽装を知る者なのだろうと隼人は思った。

孫兵衛が座敷に入るのを隼人は廊下に座して待とうとするのを重綱が部屋内に入るように言った。

隼人は一礼し膝行すると、障子戸を閉め、部屋の隅に座すと再び平伏した。

このとき隼人にしてみれば自分の主、孫兵衛のさらに主である。政宗から見れば隼人は家来の又家来でしかない。隼人は政宗をよく知っているが、向うから見れば隼人は歯牙にもかける存在ですらない。

しかも、他に居並ぶのは伊達三傑のうちの二人と、その後を継ぐ若き重臣である。隼人は場違いこの上なく、すこぶる緊張した。

 孫兵衛が四半刻以上の時間をかけて、仙台を出た後、関山で柳生宗矩に逢ったこと、最上領で襲われたこと、そして真田幸村の調略失敗のことなどを語った。

 政宗は孫兵衛が語る間、それを黙って聞いていた。他の者も同様である。やがて孫兵衛が語り終えると、

「伊達家には優れた家臣が多く、幸村の働き場所がないか。我が臣に聞かせてやりたいな」

 政宗が言った。

「我らで礼状でも認めますか」

 成実が冗談っぽく応じた。

「ところで」

 政宗が前置きをしながら隼人の方を見た。

「そこもとが、横山隼人か。孫兵衛から優れた青年だと聞いておる」

 孫兵衛が語る間、緊張のおさまってきた隼人の心臓が、再び大きく動いた。政宗から直接声をかけられるとは思わなかった。

「はい」

 緊張のあまり、それだけ答えると平伏した。

平伏してから、改めて考えてみると、今の答えでは、名を確かめられたのに答えたようにも取れるし、優れた若者ということに臆面もなく答えたようにも取れなくはないかと不安になった。

「そんなに堅苦しくならんとも良い。話しづらいではないか」

 政宗にそう言われ、隼人はすこし頭を上げたものの、おいそれと形を崩すわけにもいかない。そうしている間にも

「孫兵衛の相手は大変であろう」

 と今度は成実が声をかけてきた。

「いえ、そのようなことは」

「ないわけなかろう。儂らが、これまでどれほど苦労したか。それよりも頭を上げい。話しづらいわ」

 成実に言われ、隼人はようやく頭を上げた。

「いつでしたか、孫兵衛殿が敵が攻めても来ない城を守るのは退屈だと抜かして、陣替えを求めてきたのは」

 綱元が言った。成実が膝を叩いて

「おお、あったあった。確か蘆名を攻めておったときだ。檜原の城主にしておいたら、退屈だから城主の任を解いてくれと言ってきおった。普通、一城の主にもなってそれを自ら願い下げにするもの好きもないもんだと思ったぞ」

「それで、そのときはいかがなさいましたので」

 隼人も聞きたかったことを、重綱が聞いてくれた。若い重綱も蘆名攻めは話にしか聞いていないのだ。

「放っておいた」

 横から政宗が答えた。続けて

「よいか隼人、孫兵衛が何か我儘を言うたらな、聞こえぬふりをして放っておくのがこつじゃ。そのうち、別のことに気が向いていくからの」

「はい。肝に銘じておきます」

 政宗が冗談とも本気ともつかない言い方に、隼人が真面目に答える様子が可笑しかったようで、一同が声をそろえて笑った。

 その後、これからの孫兵衛たちの役割が相談され、まずは大坂まで軍勢に付き従っていくこととなった。ただ、家中には孫兵衛の顔を知った者が多いので、軍勢に先行し、途上、問題がないか斥候を兼ねて進むと決めた。

また、何かあれば隼人が軍勢に知らせに走る手筈も決められた。

 大坂に着いてからは、秀忠の陣所に使い番として置いておき、何かあれば、一早く知らせるという役割を申しつけられたが、これはむしろ幕閣のそばに置いておいて、徳川の動きに目を配る役割を担っているのであろうと隼人は理解していた。

「殿の御陣は、仙波の辺りでございますね」

 隼人が左手の方を指して言った。

「おお、そうじゃ。あの小高い丘が茶臼山で、大御所の陣がある。その前が殿の陣じゃ」

 大坂城を南側から見て、右手、平野川の畔の岡山に秀忠の陣がある。

そして、その秀忠の陣の前、最右翼に加賀の前田利常が大坂城の外堀に腫物のように突き出した真田幸村が守る砦、真田丸と対峙するように陣を構えている。

そこから順に諸侯の陣が並び、井伊直孝、松平忠直、藤堂高虎と続き、最左翼を伊達政宗の陣が担っていた。そして政宗の陣の真後ろの茶臼山に家康が陣を構えていた。

つまり、凹の字を逆さにしたような形で諸候の陣が並んでいるのである。

「徳川方が二十万の軍勢で、対する大坂方が十万にわずかに足らぬ程度でございますか。大坂方に随分と集まりましたな」

 今度は、大坂城の方を見ながら隼人が言った。

「それだけ世に牢人が溢れておったということであろう。なにしろ関ヶ原の合戦で西軍に与みして取り潰しにあったのが九十家、減封四家でおよそ七百万石、そしてそれ以降も相続人がなかったり、徳川の禁令に背いたり、ほれ、先年の大久保長安の事件もそうじゃ、そうやって廃絶になったのが三十六家、三百万石。合わせればおよそ一千万石にものぼる。百石で侍三人の扶持を賄っていたと考えれば、およそ三十万人もの侍が主家を失のうて牢人となったわけじゃ。ただし、それらすべてが今日まで牢人の暮らしをしているとは限らん。これまでに新たに召抱えられたりした者も少なくはないであろう。それでも相当の牢人が世に溢れているわけじゃ」

 こういう孫兵衛の記憶力と計算高さには隼人はいつも感心させるし、何よりも分かりやすい。

「伊達家の陣も落ち着きましたね」

 伊達勢は最初、今の仙波より後方の木津に陣を張っていたが、数日前に浅野長晟と入れ替わりに今の場所へと移るように命じられた。

「噂では浅野殿に寝返りの疑いがかかったとか」

 隼人が立て続けにしゃべった。

「いや、噂だけであろう。それよりも伊達勢をあそこに持ってきたのは、もっと別の意図があるのであろう」

「と言いますのは」

「まず、浅野殿は数日前の木津川口の戦いにおいて、戦いに参加することなく手勢を失のうてしまった。そのような軍勢を自分の前に置き、いざ城から撃って出られたときに持ちこたえられるか大御所は不安になったのであろう。これが伊達勢であれば、ようよう抜かせはせぬ。それに、もし伊達勢が寝返ったとしても伊達勢が軍勢を反転させる前に後ろから一気に潰すことができる。大御所の鉄砲は城を狙っておるか、伊達勢に狙いを定めておるかわからんぞ」

 そう言いながら孫兵衛は馬を丘下の方へと歩かせた。

「どちらへ」

 隼人が付いて行きながら聞いた。

「今のうちに、伊達家の陣所までの道を確かめておこう。いくつかの道筋に目星をつけておかなければ、いざというときに役にたたないからの」

 そう言って丘を下って行った。

孫兵衛は、まず城の方に向い、前田家の陣所の後ろに回った。前田家では塹壕を掘り、竹矢来を立てようとしているのだが、前田家と真田丸のちょうど中間にある小高い丘、篠山という所から鉄砲を撃ちかけられ、作業が思うように進まないようであった。

篠山には六文銭の旗が翻っているのが見えたので、真田衆が籠っているのが隼人にもわかった。

 そして、毘沙門池の近くを通り、井伊直孝、松平忠直の陣の後を抜けて左翼の方向へと向かった。井伊、松平の陣からは城へと盛んに鉄砲が撃ち掛けられている。

「無駄弾を撃ちおって」

 孫兵衛が言った。

「なぜでございます」

「この間合いで撃っても効かないんじゃ」

 やがて藤堂勢の陣の後を過ぎ、最左翼、伊達勢の陣へと行きついた。藤堂勢も伊達勢も散発的にしか鉄砲を撃ち掛けていない。

 孫兵衛は藤堂勢と伊達勢の間を抜けると、大坂城の松屋町口へと近づいて行った。

「ま、孫兵衛様、危のうございますよ」

 隼人が及び腰で言った。

「この辺りまでであれば大丈夫じゃ」

 伊達の軍勢から歩み出た二人に向って、城方から一斉に鉄砲が打ち掛けられた。

「うわ」

「あわてるな」

 鉄砲の轟音から数拍の間をおいて二人の体にぱらぱらと鉛の玉が降り注いだ。

「孫兵衛様、これはもしや」

「そうじゃ、鉄砲の弾じゃ。戦の経験のないものにとっては、鉄砲は優れた武器のように思うじゃろうが、届く間合いはこんなものなんじゃ。十分に引き付けてから撃たなければ、弾は勢いを失い、人を傷つける力を失うのじゃ。じゃから、鉄砲は野戦や城の攻め手では、上手く使わなければ役には立たんのじゃ」

 そう話している間にも、二人の体に鉄砲の弾は降り注いだ。孫兵衛は、馬首を返して伊達勢の陣の方に向って進んで行った。

「でも、信長公は長篠の戦いにおいて鉄砲を用いて、武田家の騎馬を打ち破っておりまする」

「確かに、鉄砲の三段撃ちは有名な話じゃな。ただ、それも鉄砲の弾込めに時を要するから編み出されたという訳ばかりでなく、どちらかと言うと鉄砲が届く間合いが、馬でひと駆けの間合いでしかないから考えられた策なのじゃ。なにしろ鉄砲の間合いが長ければ、弾込めにどんなに時を要しようとも、遠くから撃ちかけておけば良いじゃろ。それとな、長篠で最も効果のあった策は、三段撃ちではなくての、予め武田の騎馬の駆け上がってくる道に水を撒いておき、泥濘にしたうえで、草を輪に結んでおいたり、乱杭を打ち、さらにその間に綱を張るなどして、馬が脚を取られて立ち往生する間に撃ち掛けておるんじゃよ」

「そんなものだったのでございますか。もっと華々しい勝ちっぷりと思うていましたのに」

「戦なぞ地味な策の積み重ねが勝ちを呼ぶのじゃぞ。だから、さっき諸侯の軍勢から撃ち掛けるのを見て、無駄弾と言ったのじゃ。それに引き換え、戦慣れしておる藤堂勢と殿の陣からは、あまり撃ち掛けてはおらんであろう。いまの攻め手の態勢では、鉄砲は威嚇代りにしか使えんのじゃ」

 話をしながら二人は別の道を選んで岡山の陣所へと戻って行った。


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