蝶の夢
(夕闇に 蛍飛び鳴く 蝶の夢)
夢を見た。自分じゃない誰かとして過ごす不思議な夢。絵師様に話せば、胡蝶の夢だな、と言われた。己は蝶か人か。そんな惑い事を絵師様は呟く。ならば彼が夢を見たらばそれは居鯉の夢と言うのだろうか。
他所の村に住まう巫女様が、この村に来た。鯉が居着く男に青を刺してほしいと訪ねてきた。道案内をすれば、男が手伝ってほしいからと残るように言った。チラリと見えた鯉は怯えたように隠れていた。
巫女様のふくよかな乳房に針が差し込まれる。心ノ臓の上に一刺しずつ。針を刺す度、腕に居る鯉が口を動かす。まるで呪文か何かを唱えるように。その度に僅かばかり震える白い肌が痛々しかった。
黒と鮮やかな青で少しずつ姿を見せたのは、一匹の蝶だった。乳房に止まる蝶は、今にも飛び立ちそうで瞬きする間すら惜しいほど美しい。巫女様は蝶を撫でると切なげに息を吐いた。
巫女様の目尻に紅を塗る。邪魔をする様に手首で泳ぐ鯉が気にならないのか、絵師様は真剣な眼差しで巧みに筆を奮う。伏せる瞼と顎に添えられた指先が以前見た春画より耽美に見えた。
巫女様が去る間際、絵師様に何かを聞いていた。声は小さく遠く、生憎と聞こえない。けれど、二人が胸元で泳ぐ鯉を見ていたからきっとそれについて話しているのだろう。どうしてか、まだ鯉を消さないでほしいと叫びたくなった。