―冬の章―
(白肌へ 赤が泳ぐや こいつばき)
男は鍋をつついては、暖かい、美味しい、としきりに呟く。炬燵を使ったことがないと言っていたから、今度持ってくるのも悪くないだろう。この男の反応は思ったより素直で面白いのだ。
火鉢に手を近付けて暖を取る男の横で、蜜柑の皮を剥く。寒さで赤くなった指先や鼻や耳が、随分と痛々しい。男の故郷はここより寒いと言っていたが、そんなところでこの男は果たして生活できていたのだろうか。謎だ。
絵師様、と呟いてみた声は響くこともなく雪に吸い込まれた。音はない。応えもない。何もない。少し怖くなって絵師様が先程向かった囲炉裏に走る。見慣れた背中に勢い良く抱きつくと、絵師様は驚いて見下ろしてきた。少しひんやりとした節張った指が髪を撫でる。
絵師様は雪の様ですね、と言うと絵師様はそんなに冷たいか?と不思議そうに聞いてきた。言葉は返さない。似ているのは、冷たさではない。色でもない。時期が来らば、消えてしまうところが、似ているのだ。それが、何より怖いと思った。
柊の枝葉を腰帯に挿し、村を走る。布で顔を隠して、見えない誰かを叩いて回り、その度豆を一つ貰う。翌る日、男の部屋に絵が一枚増えていた。見慣れぬ童には見えない振りをした。
いつも絵を描いていた男は筆休めなのか、餅を一抓みずつゆっくりと食べる。温めた酒が身に染みて旨い。昇る陽射しに照らされる。ふと見た先で泳ぐ居鯉と目が合った。
巫女様に言われた恵方の山で松を一つ倒す。煤払いもあらかた済んで、今は松迎えの最中だ。山の上から見下ろせる村の端にある庵から白い煙が立ち上る。揺らぐ其れに、何故か空に登る鯉の姿を見た。
枯れた畑を囲み、巫女様たちが踊り謳う。男たちは太鼓を叩いて囃す。神々に実りを願う為の祭だ。居鯉が太鼓に合わせて、ひらりひらりと身を翻していた。
上巳の折に川で身を浄める。冷たさに震えていれば、男が甘い酒を温めようと言ってくれた。都では代わりに雛を流して禊を行うそうだ。桃の花が浮いた泉を避けるように、居鯉は腕を登っていく。