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淀む瞳の教員 3

Part3。4分の3

起承転結で言うなら承!・・・あれ?



 煙を上げる建物がある。


 排気口より出るのは白い水煙だ。ボイラーから噴出する煙は周囲に熱を伝え拡散する。

府熊殿学院の中庭から続く渡り廊下より通じるその場所は、昼食時に多くの者で賑わう。

食堂である。


 その一角、20人程が座れる長机の隅に、外道は居た。

<美味い・安い・早い>をモットーに多彩な料理を提供する食堂は、外道もよく活用している。

外道の目の前に置かれたラーメン・半チャーハンセット(500円)は特に気に入っているメニューだ。

黙々と料理を胃に収めていく外道に近付く者が二人。


「外道君、ここ座って良いかな?」


「こんにちは外道先生」


 嫌だと拒否する間も与えず、外道の隣に座ったのは、英語教師の雪平良虎。その隣に続いたのは、社会教師の白瀧薫である。外道は薫の目元が僅かに赤いことに気付くが、面倒なので無視した。

 二人とも手に持っているのは、食堂の人気メニューである日替わりサンドイッチパック(300円)だ。

飯時の闖入者(ちんにゅうしゃ)に眉を(ひそ)めて不快感を(あらわ)にした外道に気付かず、

良虎は己のパックの中からベーコンレタスの物を取り出しながら話し掛ける。


「ねえ、本当に映画、観に行かない?きっと面白いわよ」


「くどい。そんなに行きたけりゃ白瀧と行け」


 外道は箸で薫を指し示す。指された薫は、仲の良い友人である良虎の恋愛事情を聞かされている為に苦笑いするしかない。冷たい想い人の反応に、良虎は諦めない。


「つれないわねえ。・・・あ、そうだ!私が外道君に料理を教えるなんてどう?」


 また面倒な事を・・・・、と外道はニコニコと笑っている良虎を横目で睨み付ける。

良虎の提案を飲む理由など、外道には無いのだから。

 良虎は外道が料理下手だと思い違いをしているが、それは正しい認識ではない。

外道の料理センスは悪くは無いし、手際も人並み以上だと言える。

だが、その作った料理には致命的な問題が有るのだ。


「それで外道君が上手になったら私に作ってくれたりとか・・・」


「ほう、俺の料理が食いたいのか。今すぐ食ってみるか?」


 えっ?と呆ける良虎を他所に外道は傍らの鞄を漁る。目当ての物は直ぐに見つかった。

タッパーに入った赤と白で彩る料理、麻婆豆腐だ。


「それは、まさか・・・・外道君の手作り!?」


 外道の好物は中華料理である。外食は元より、アパートの冷蔵庫に詰められたコンビニ弁当さえも、中華系統の料理が入っている。過去、自炊を始めた外道は、料理の腕の向上を目指し中華料理作りに時間を費やした。その中で最も得意な料理が、麻婆豆腐であった。

 取り出した麻婆豆腐は外道が間食用に作ってきた物である。


「ああ。・・・・いるか?」


 外道が言い終わるより速く、良虎はタッパーをひったくるように受け取っていた。


「食べていいのね!?」


 外道には、目を輝かせてまで若干冷えた麻婆を食べたがる理由に見当がつかないが、了承する。

返事を聞くや否や良虎は麻婆を口にした。


「もぐもぐ・・・うん!美味しいわコレ!ちょっと辛いけど・・・あれ?酸っぱい?いやでも苦っ!!?!」


 何口かで麻婆を咀嚼し、顔をほころばせていた良虎の言葉が、最後まで紡がれる事はなかった。


「わわっ、何ですかリョウコさん」


 タマゴサンドを栗鼠のように頬張り舌鼓を打っていた薫は、

不意に隣の良虎が自身に背を預けて来た事に驚く。

友人なりのスキンシップかと思っていたが、呼び掛けても反応が無い。


「きゃあ!あいたぁ・・・。ちょっとリョウコさん!」


 徐々に増していく友人の荷重に耐え切れなくなった薫は、椅子から落ちてしまう。

イタズラが過ぎる友人を叱ろうと、顔を向けて異変に気付いた。

目を閉じている良虎の顔は青い。


気絶していた。


「ええええ!?リョウコさんどうしたんですか!?え、ええっと、取り敢えず保健室に連れていかなきゃ。よいしょ、うう重い・・。あ、外道先生手伝ってください!」


「じゃあな白瀧」


 なんとか良虎を背負い上げた薫だが、体格に差がある為にふらつく。

頼みの綱であった外道は我関せずと言う風に席を離れていた。



「こういう事だ、諦めろ雪平」


 食べ終えたラーメンセットの食器を返却しながら、外道は一人呟く。

何時だったか、自分の作った料理が高く評価された時期があった。

何故だったか、その自作物が一撃必殺の暗黒物質へと姿を変えたのは。


「ま、ついてなかったな。なんせ―」


―俺の料理スキルは終わっちまってるからな。


 小さく呟かれた言葉は、すぐに食堂の喧騒に掻き消された。

気を失った良虎を精一杯運ぼうとする薫を横目に、

外道は食べかけの麻婆豆腐を、容器ごとゴミ箱に放り込んだ。





「で、薫よぅ、何なのコイツは?」


「えっとぉ、食堂で気絶して・・・」


保健室。


 重症患者の化学教師を、工学技師ごと病院へと送り出した天城静は、

やっとのんびりできる!と保健室のベッドに転がり昼寝を開始しようとしていた。

だが、唐突に保健室に飛び込んで来た同僚の後輩によって邪魔されたのだった。

 患者を運んで来た薫は、一人で自身より大きい者を背負って来た疲労と、静の鋭い視線を受けて泣きそうになっている。


「ふうん、食中毒かねぇ。ウチの食堂で今まで出たなんて聞いてないのに、なあんでアタシの機嫌が悪い日に限ってこうも人が来るんだ!ああイライラする」


「ひっ!す、すいません。あの・・リョウコさんは・・」


「あ?ああ、アタシが看とくよ。つっても病院送るだけだがね。

アンタ次授業だろさっさと行きな、ほらティッシュやるから」


 静は薫にティッシュを押し付けると、保健室から放り出した。

静は救急車を再び呼ぶため電話を取るが、


「アンタもうるさいねぇ」


 先程ベッドに寝かした英語教師が、かなり大きな寝言を叫んでいる。


「ああ、外道君の料理・・・ふふふ」


「どんな夢見てんだか、アタシも寝たいよこんにゃろう」


 蒼くなった顔つきで、何故か幸せそうな寝言を叫ぶ患者にチョップをかまして電話を掛けた。





 府熊殿学院の校則は、他校に比べて非常に緩い。正確に言うと、守るべき校則が少ないのである。

伝統ある高校としては異例の少なさであり、明確に定められた校規は、その数僅かに三つ。

学院の案内書には、校長の書いたと思われる達筆で、


壱 明るく楽しく学校生活を過ごしましょう


弐 健康に気を付けましょう


参 授業をしっかり受けましょう


と書かれてある。

一番は果たして校則なのか、という疑問はさておき、これでは緩いと言われても仕方が無い。

要は、注意されているのは、健康と授業態度のみ。

禁止されているのは、酒や煙草等の健康を害する物ぐらいである。

下手すれば無法地帯となりかねないレベルの緩さだが、

そこは生徒指導部と風紀委員が目を光らせる事で、行き過ぎる行為を規制している。

それ故に、両組織は、年間に膨大な仕事量を要求される為、過労で倒れる者が後を絶たないのが現状である。





 学院に入学すると、制服が支給される。

しかし、校則に制服の規定は無いし、指定制服でもない。

制服を自分好みに改造する生徒は多いし、中には、校長に申請して好きな服装で登校してくる者もいる。


 反して、2―Bクラスは、そういった生徒は少ない。

単に、真面目な生徒が多いという理由だけではない。

入学式の翌日、早速、制服を改造してきた生徒に対し、暴力教師が、


『うぜえ』


の一言の元に蹴り飛ばした出来事は、伝説と化している。

だが、例外的な人物も、居るには居る。

事ある毎に制服を脱ぎ捨てる猫見光姫、あと一人、


「・・・・・・・・・・」


長身のジャージ姿の少女、七品 名無(ななしな ななし)だ。

白の生地に紺のラインを走らせるジャージ一式に身を包む彼女は、ひどく単純な、

身体を動かしやすい、という理由で、ジャージでの登校申請をしていた。


 黙々とノートに板書を書き写していた名無は、一度筆を止め、教壇に立つ人物の言葉に耳を傾ける。

現在、六限目は国語、教師雲野遥(うんのはるか)は、柔らかい笑みをクラスに向けている。


「では、ここまでで何か質問はありますか?」


 雲野の授業は、懇切丁寧で非常に分かり易いと、名無は思っている。

仮に、分からない所があってもしっかりと説明してくれるので、本当に良い教師だと思う。

今、この場で質問する者はいない。名無の前に座る問題児が手を上げるまでは。


「はーい、ハルちゃんしつもーん」


「はい、猫見君、なんでしょう?」


「えっとね」


「おいミツ、何質問する気だ」


 雲野の促しに、質問しようとした光姫を、前列の真事が止める。


「へ?何って」


「雲野先生の説明は分かりやすい、何故・・・?」


 真事の制止の意図を名無が継ぎ足す。


「いや、分かんなかったというか」


「昼寝こいて聞いとらんかったの間違いちゃうか」


 光姫の言い訳に、隣席からにやけ顔の銀二が止めを打つ。

うぐ、と唸った光姫に真事が顔を寄せて小声で話す。


「お前、さっきの授業で質問しまくって白瀧先生泣かしたのもう忘れたのか」


 遡って五限目、2―B生徒は、極度の泣き虫である社会科教師が教室に入ってきた時点で既に目元が赤かったのを見て嫌な予感がしていた。授業が始まり、案の定、問題児の質問攻めで教師が崩れ落ちるのに大した時間は掛からなかった。


「大丈夫だって。ハルちゃんだしさ」


「授業が進まないだろバカっ」


 人の良い雲野は、光姫の質問にも答えてくれるだろうが、

授業を聞いていなかった問題児に取り合う事は、授業を繰り返す事と大した違いは無い。


 友人二人の遣り取りを静観していた名無は、

光姫と話していた真事が視線のみを己に移した事に気付いた。視線の意味は、


―――ちょっと、コイツを大人しくさせといてくれ。


・・・ん、了解。


 名無は、視線の意味を汲み取ると、光姫に手を伸ばした。


「んん?どったのナナちゃ」


「ミツキちょっと黙ってて」


 ゆっくりと、蛇のように、腕を光姫の首に巻きつけた。

きゅう、と小動物を思わせる鳴き声を上げて、光姫は机に沈んだ。


「あー、ネコが落ちよったわ」


「おいナナ、何やってんだ!?」


「・・・・?でも、さっき黙らせてって・・・」


 何か間違った事をしてしまったのだろうか。

教壇の雲野も、突然気絶した光姫にぽかんとしている。


「抑えといてくれって意味だったんだが・・・」


「ごめん・・・」


 自分は思い違いをしていたようだ。

叱られた名無は少し落ち込む。


「あーいや、まあ、全く間違ってるって事は無いが・・・、次からは軽くでいいから、な?」


「・・・・うん、じゃあ次からは首トンにする」


「・・気絶させなくていいから」


「あの、猫見君、大丈夫ですか?」


「あ、気にせず進めたってください先生」


 その後の授業は何事も無く進行した。





 放課後。陽は沈みかけ、生徒の殆どが帰宅した学院の校舎には、各運動部の掛け声が響いている。

 明日の授業の準備を終えた外道は、帰り支度を整えていた。

現在、職員室には己を除く教員はまばら、己の周囲には英語教師(ヘンタイ)生物教師(キョウジン)も居ない。

面倒事に巻き込まれずに帰るには、今が絶好のチャンスである。

この機を逃すまいと、外道は出入口の引き戸を開けた。

引き戸の向こう側に人を視認すると同時、凄まじい酒気が外道を襲った。


「・・・・・っ!」


「お~う、ココに居たかい。捜したよぅ」


 外道に話し掛けたのは、手に一升瓶を持ち、髪をオールバックに纏めた痩せ型の中年。

生徒指導部長、雨切 司(うぎり つかさ)だ。


「酒臭い、近付くんじゃねえぞ、おっさん」


「にひ、君も飲むかい?」


 笑いながら一升瓶を差し出して来たのを突き返す。

瓶に口付けて、至福だと言わんばかりに目を細める中年男。

己の記憶違いで無ければ、生徒指導部長とは学院で1・2を争う激務の筈だが。


・・・こんなの(飲んだくれ)がトップで大丈夫か生徒指導部・・・。


「仕事が溜まってんじゃねえのか、おっさん」


「にひ、他の人達が優秀だからねえ、任せてきちゃったよ。

で、今は君に用があるんだよねえ、外道くん」


 言って、中年の懐から出されたのは書類。


「何だコレは・・・・」


「ソレね、ほら、昼間に化学実験室で騒ぎあったでしょ?2―Bの授業だったよね。

破損した器具とかならウチの方でも金が降りるんだけどねえ。海越くんが意外と大怪我らしくてさ、

そっちまでは手が回んないんだ。やらかしたの猫見くんだし、押し付けるようで悪いけど払っといてね」


 イイ仕事をしたと笑い、一升瓶を(あお)ると雨切はフラフラと立ち去った。

手元の書類には、治療費と思われる数字。


・・・来月の小遣いを無しにするか。・・・いや、鉄拳制裁が先か。


 外道は問題児の処罰を考えると、一通り目を通した請求書を即座に握りつぶした。

雨切の撒き散らした酒気の残り香が、いやに鼻に付いた。





 府熊殿学院図書館。

生徒から“本の国”と呼ばれる二階建ての木造館は、校舎に隣接している。

市立図書館以上に、多種の書籍を収めるその場所の管理は、司書と図書委員で行っている。


 司書、鏡 本子(かがみ もとこ)は、消灯時間になり、先に委員の生徒を帰すと、最後の点検をしていた。

膨大な量の書籍を内包する図書館は、収納式の本棚や床下倉庫等が多数組み込まれており、非常に複雑な構造になっている。

入り組んだ構造と、膨大な書籍の詳細を正しく理解しているのは司書である本子のみである。


 本子がその音を聞いたのは、二階の点検に階段を上がってちょうどであった。

周囲を本で埋め尽くした広大な空間の、静寂の中に伝わる僅かな音。

一定のリズムを打つ、その音は、


・・・寝息?


 点検を済ませながら、ゆっくりと音に近付いていく。

やがて、本棚に囲まれた、開けたスペースに出た。

長机が列を作るこのスペースは、生徒達が主に自習場所として使っている、読書場である。

音の発生源は、一番奥まった机の隅で、腕を枕にして丸まっていた。


「ムニャ・・・スピー・・・ZZZ」


 寝息を立てている男子生徒は、本子も良く知る、比較的多く図書館を利用している生徒だった。

と言っても、やっている事といえば昼寝か会話かの2パターン程で、

あまりに騒がしい時は、図書館から追い払う事もよくある。


「猫見君、起きなさい、消灯です」


「フニャ・・・、・・・スピー・・・」


 呼んでも、軽く揺すっても、帰ってくるのは寝息。

迅速な仕事運びを尊ぶ本子には、年齢に不相応な可愛らしい寝顔も、どこか憎らしく見えてしまう。


・・・仕方無い。


 こうなれば、少々遺憾ではあるが、力技で目覚めさせるほかない。

本子は、己の眼鏡を、くい、と押し上げると、手提げ鞄からある物を取り出した。

頭の中では、少年の保護者の数学教師の、日頃の少年に対する所業をイメージする。

一度、大きく溜め息を吐くと、(おもむろ)に、それを振り上げた。


「えいっ」


「ほぎゃっ!!」


 目覚めた光姫が目にしたのは、本子の姿と、己の頭に落とされた凶器、


「にゃ・・・、本子ちゃん?ソレなにコージエン?」


 黒い革のカバーで覆われた巨大な書物。


「いえ、メモ帳です」


「メモ帳!?ソレが!?」


 驚くのも無理は無いだろう、と本子は判断する。

一般的な感覚によれば、己の手に持つ物体は、かなりの大きさなのだから。


 几帳面な性格の本子は、一日の予定や出来事、書籍の情報等を全て記録する。

だが、圧倒的な文字数で、市販のメモ帳では書き留めきれず、その対策として数年前に作成したのが、

A4用紙2千枚を繋ぎ合わせたメモ帳で、他からは“字喰い虫(ブックワーム)”と呼ばれる代物であった。

現在、本子の手にあるのは9冊目である。


「まもなく消灯です。速やかに退館してください」


「うん分かったよ。あっ、今何時?」


「・・・18時、40分を過ぎています」


 質問して、光姫は思い出した。外道の帰りを待つために図書館に居たのだと。


「いっけね、ゲドちゃん待ってたんだった!またね本子ちゃん!」


 慌ただしく光姫は走り去って行った。

その背を見届けて、点検を再開した本子は、さっきまで光姫の座っていた椅子の隣に、

大量の絵本が積まれているのを発見して、静かに溜め息を吐いた。





「もう帰っちゃったかなー」


 外道を探して光姫は校舎を駆けていた。

光姫が外道を探す理由は、取り立てて大した事は無く、‘今日は一緒に帰りたい気分だった’という物で、外道から言わせれば、“傍迷惑な気まぐれ”の一つである。


 校舎は、沈んでいく夕陽に照らされ、内外共に徐々に薄暗い陰に侵食されてきている。

職員室へと足を運んでいた光姫は、廊下の向かいに見知った教師二人を捉えた。


「おっすウギちゃん元気してるー?イガちゃん夕陽が眩しいぜ!」


「お~ぅ、元気だよ。君は今日も、元気いっぱいだねえ。にひっ」


「おい猫見、人の頭見ながら眩しいとか言うもんじゃねえな。転がすぞ―?」


 それは、一升瓶片手の雨切と、夕陽を禿頭で反射する五十嵐であった。

とても教師に対する物とは思えないフランクな挨拶に、

五十嵐は青筋を立てた半笑いで、雨切はほろ酔いの笑みで応じる。


「えへへ、あっそうそう、二人ともゲドちゃん見てない?」


「外道か?昼間に会ったきりだが・・・、おっさん知らねえか?」


「あ~、さっき書類渡しに行ったら鞄持ってたし、もう校内には居ないかもねえ」


「そっかサンキュ!じゃあ僕ゲドちゃん追っかけてくるから。バイバーイ!」


「帰り道には気ぃ付けなよ~」


 光姫は踵を返すと校舎から飛び出して行った。





・・・本当に騒がしい奴だよ。


 走り去る問題視の背を見ながら、我統は思う。

高校生に対する表現としてどうかとは思うが、手が掛かるガキを見ているような感がある。

 

・・・もしかすると、外道も同じ事を感じているかもな。


 外道は、猫見に冷たい態度を取ってはいるが、あれは本気で嫌っては無いように見えるし、外道には怒るので指摘しないが、マイナス(外道)プラス(猫見)でプラマイゼロないし、ややプラス寄りで釣り合いが取れている。


「あいつ・・、バイクの外道にどうやって追い付こうってんだ・・」


「元気だねえ」


 雨切は暢気に笑っているが、元気だからで片付く話ではない。

だが、と五十嵐は内で否定をする。

入学してからずっと問題視されている行動力だ。今更な問題提起など、捨て置くに限る。

 故に、本来の話題に軸を切り替える。


「で、今日は何処で飲むんだっけか」


「ほら、駅前の“豪穴”だよ。あそこ、旨いんだよねえ」


 今日は教員の親睦にと校長が提案した飲み会。幹事は雨切と五十嵐だ。


「来る奴等は・・・、二年陣少ねえなあオイ」


 手元の参加者名簿に目を通した五十嵐は、鴉マスクを指で打ちながら吐き捨てる。

二年陣の教師の、特に担任教師の名がごっそりと欠けている。


 外道忠信=断った。まあ、日頃からコミュニケーション取ろうとしないから想定内


 海越電子=不在。昼間の騒動で一時入院となった


 雪平良虎=不在。食中毒で運ばれたらしい


 白瀧 薫=保留。海越と雪平の見舞いに行った。時間があれば来るかも


・・・ディスコミュ男はいつも通りだが、ひでぇなこりゃ・・。


「雲野さんは来るって言ってたな。天城の奴はタダ酒なら行くとかほざいてやがった。他は誰が来る?」


「木原のじいさんを誘っといたよ。鏡くんも誘ったんだけど、興味無いって、勿体無いねえ」


「酒や料理に興味が有る女には見えんだろ。校長は何してんだ?」


「今度配る書類の原稿書いてから来るってさ」





「あ・・・?はあ、おいおい・・・」


 市内の繁華街で信号待ちをしていた外道は、自身の乗る単車“スコール”が突然、活動を停止させた事を(いぶか)る。気味の悪い音を上げ、油煙を吐き出したバイクは急速にエンジン音を失った。

ライトも消え、ハンドルを回しても反応は無い。

 外道は大きく舌を打つと仕方無くバイクを路肩に引っ張った。


・・・コイツもか。


 何故かは分からないが、外道は己の所有物を壊しやすい。乱暴に扱った末の結果ならまだ分かる。

しかし、何もせずとも大破・故障等が週一で起こっている現状は、呪われていると言ってもいい。

 こうなると、面倒だがバイクを押して帰るほか無い。

修理に出せば直るだろうが、少なくとも明日は、自宅から学院までの近くない距離を徒歩で通勤しなければならない。行き場の無い苛立ちを紛らすため、単車のマフラーに蹴りをいれた外道は、小さく溜め息を零すと、停めた単車に腰掛け街を眺めた。

 既に陽の沈んだ空は、一面を藍に染め、半刻としない内に下ろされる夜の帳に負けまいと、歓楽街は眩いネオンの装飾を施し始める。


 府熊の町並は、年を経るにつれ近代的な物へと変わってはいるが、

全体としては、地元の自然を切り崩す事無く生きてきた、変わらない風景でもある。

唯一、大きく変わった物と言えば、三十年前には市の中心部に、当時の観光名所であった高層のタワーが在ったが―――


 そこまで考えて、外道は思考を打ち切った。

つい先程から、己に対して複数の視線が注がれている。

厳つい単車を停めている自身への好奇の物かと思っていたが、一定の距離から離れず、且つ、近付いて来る事も無い。それに加え、この感情は――


・・・釣り上げるか・・。


 視線の主が接触してこないなら、向こうから来やすい状況を作れば良い。

外道はバイクの鍵を抜き、付近の路地に歩を進めた。

路地の突き当たりは四方を壁に囲まれており、ゴミ捨て場も兼ねた小さな広場となっている。

 

 外道が足を止め、煙草に火を点けていると、案の定、複数人の気配が近付いて来た。

広場に入って来たのは四人組の男達。

平均以上の身長と体付き、パーカーのフードで顔は良く見えない。

場の雰囲気は、広場を覆う陰気と、男達が持つ得物が地を擦る雑音が合わさり、

長閑に世間話をしに来た、という可能性を潰している。

憎しみを多分に含んだ視線を一身に受けた外道は、

ある種、自身に取って最も馴染み深い境地に身を浸した事で口元を歪める。

 男達は、ゆっくりと、外道を囲うように広がる。

そして、その中から赤いパーカーを着た男が歩み出た。


「・・・よう、探したぜ・・・・」


 言うと赤パーカーは二の句を継ぎながら自身のフードを外した。


「ゲドー・・・・!」


「お前は・・・」


 憤怒の形相の赤パーカーの顔に、外道は、


「・・・・・・・・だれだ・・・?」


 見覚えが無かった。





次でこの二話は終わり

前書きの通りとにかく承の部分が長かったです



とくに要らないかもしれない補足説明



七品 名無 ななしな ななし

光姫のクラスメイトで友人

寡黙修羅系少女



雨切 司 うぎり つかさ

51歳

毎日が酒の日。年中無休の酔っぱらい




鏡 本子 かがみ もとこ

25歳 ボブカット 司書

几帳面で真面目





外道の料理

ゲドークッキング

名状しがたき謎のフィルターを介した料理のようなもの

本人は食べられる



スコール

740ccの大型バイク。外道チューン



次回もタデスキをよろしく


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