淀む瞳の教員 2
前回のあらすじ
府熊殿学院の数学教師、外道忠信はとても暴力的
喫煙室で煙草を吸っていると校舎を揺るがす大振動が発生し・・・
●
化学実験室。
2―B生徒、正生真事は己の判断ミスを心の底から後悔した。
一限目の2―Bの授業は化学であった。
担当教師は、海越 電子。
海越は、その機械的なロボットやアンドロイドを想起させる風貌から生徒からは
‘デジ先生’と言う愛称で親しまれている。
今回の授業内容は溶液の操作を行う物で、
教室から移動し、U字型校舎の一階の隅、化学実験室で実験を行う事となった。
事件の発端は真事の同班の友人、猫見光姫が実験前に放った言だった。
「はいっはいっはい!!マコちゃん、実験やるなら僕に任せてよ、いいだろ?」
勢いよく手を上げて笑顔で申告する猫耳の友人に、本当に実験を任せても良いものだろうか、と言う不安が真事にはあった。
光姫は同班の別の友人二人にも同じく許可を取っていた。
「うん、構わないよ」
「まあ、ネコがやりたいなら、ええんちゃうか?」
あっさりと二人の友人は許可を出すが真事は躊躇っていた。
――――果たしてコイツが問題を起こさずにいられるのか?
否、絶対にやらかす。逡巡の余地も無く分かりきった答えである。
日頃の行いを顧みる限りは、トラブル引き連れて大行進しているような男だ。
光姫に自由を与えてしまえば、悲惨な事に為るのは目に見えている。
しかし、友として頼みを無慈悲に撥ね除けるのは気が引ける。
出来る事は一つ、釘を刺す事だけだ。
「いいかミツ?実験中には絶対に、変な事はするなよ・・?」
とにかく、光姫が常識外れの行動に走る事だけは阻止しなければならない。
「大丈夫だってマコちゃん。僕は本気出すぜ、真面目にやるよ!」
本気に為られても困るんだが、と真事は思うが、
――――まあ、真面目にやるなら良いか。
あとはこっちでフォローすれば問題無いか、と考えた真事は漸く光姫にゴーサインを出したのであった。
そうして一限目の化学が始まった。しかし、真事は見落としていた。
不良でも、人格に問題が有る訳でも無い筈の光姫が何故、問題児と呼ばれているのかを。
光姫は実験の準備は問題無くこなしていた。
騒動は実験の要である溶液の操作中に起こった。
溶液の入ったビーカーを手に取った光姫は、何も無い所で転んだ。
滑った、とも言える。それを見ていた全員が足元にバナナの皮でも落ちていたのではと思ってしまう程に、前傾姿勢に転倒した。
その際、光姫の手を離れたビーカーと溶液は、実験室内を巡回していた海越の頭部、ロボットヒーローを髣髴とさせるバイザーに直撃した。
「にゃっ、あいて。てへへ、失敗失敗。こけたー」
「こけたー、っじゃないよこの馬鹿!!」
実験開始から五分と経たずに大失敗を仕出かしたにも拘らず笑っている光姫を、真事は懐から取り出したハリセンで引っ叩く。
――――真面目にやってもそりゃ失敗はするよなあ。
もっと早くに気付いておけば良かったが、もう遅い。
悪意はトラブルを生み出す種だ。だが、悪意が無くともトラブルは起きてしまう。
無意識に、無自覚に、日常の何気無い行動でトラブルを誘発させる。
それが、光姫が‘問題児’と称される所以である事を真事は失念していた。
だが、今心配すべきは転倒した光姫についてでは無い。
それは、先程の光姫の失敗により皺寄せを食らった化学教師。
「海越先生!大丈夫です、か・・・・」
「がGAガガ・・・ggi・・・・ダイ、大ジョ、ぶ・・Pipi・De・・ゴ、御座ル。PI・・・Gaga・・《BIGボーナス突入!!》・・・【重大なエラーが発生しました】PIPIPIPIPIPI・・・・・・」
頭から黒煙を上げる海越が発したのはラジオのチャンネル合わせの音にも似た電子音。
その目元からは淡い赤色光が漏れ出している。
「お、おいおい、なんや嫌な予感するで。コレは不味いんとちゃうか」
「うん。危険な状態」
他の生徒達も只ならぬ様子を察知してか海越の周囲から身を引いている。
「ん~?どしたのデジ先生?お~い」
全く状況を理解していない問題児は後で説教するとして真事は早急に指示を飛ばす。
「と、とにかく!早く先生を保健室に――」
同時、光量の増した海越の目元から放たれた紅色の閃光が傍に居た生徒に当たり爆ぜた。
「のわあ――!!」
「ぎゃー、ギンちゃんが吹っ飛んだー」
被弾した生徒は転がり、光姫はどこか楽しそうに叫んでいる。既に実験室内は混乱状態だ。
光量は更に増加し、このままでは一気にレーザーが解放されるだろう。
「すごーい!めちゃ明るいぜ。これってそういう実験だったのか!」
「お前はいつまで暢気な事言ってんだバカ!
ってか今はそれどころじゃねえ!皆、逃げろ―――!!」
臨界点を突破した。
●
「何だ何だ、何が起こってんだオイ。地震・・・な訳ねえか」
大震動の後、五十嵐は喫煙室の窓を開け外の様子を探っていた。
外道は煙草を吹かしながら震動の原因を考える。五十嵐の言う様に、地震ではない。震動より前に爆発音が聞こえていたからだ。ここまで考えて外道は考えるのを打ち切った。既に大凡の原因が予想出来たからである。そしてその場所は、今なお煙を立ち上げる中心地を窓から顔を出していた五十嵐が発見する。
「あそこは・・・化学実験室か?今使ってんのは・・・あ」
考えて思い当たった様に五十嵐は外道を見た。
当然、自身の受け持つクラスの予定は叩き込んでいる。
だからこそ外道には原因の予測及び犯人の特定など至極容易な事だった。
「あの野郎・・・。一度、磔にでもすりゃマトモに成るか?・・・・無理か」
厳しく罰した程度で問題が改善されるなら問題児とも馬鹿とも呼ばれていないだろう。
あのバカさ加減は誰にも止められないレベルに振り切れている。
「カカ、手前も難儀してんな。ふむ、俺はそろそろ戻るわ。じゃあな」
額の疵を一度指で掻き、マスクを着けると五十嵐は出て行った。
二限目からは外道も授業がある。喫煙室を出て行かなければならないが、しかし、
・・・・もう一本。
自然と新しい煙草に手が伸びてしまう。
「次の授業に遅れちゃいますよ。外道君」
○
・・・・・・・!?
不意に話し掛けられた事に外道は驚愕に目を開いた。
外道は非常に警戒心の強い男である。それは外道の狷介な性格とそれに準じた生き方の中で培った物である。
だが、掛けられた声は外道の警戒を透過してきた。
入室時から出入口に注意を割いていたにも拘らずだ。
外道はゆっくりと背後のソファに振り返る。先程まで自分の座っていた場所には人が居た。
パタパタと足を振っているのは、今朝、校門前で見かけた銅像と寸分違わぬ背広の男。
「あんたか・・・・」
「やはは、おはようございます。外道君」
府熊殿学院学校長、明石 笑平がそこに居た。
府熊の地で最も素性の知れない男であり、噂に事欠かない人物である。
曰く、100歳を越えているとか、歴史に名を残す偉人の変装であるとか、同じ形のクローンが大量に居るとかエトセトラ・・・。
噂の真偽がどうであれ奇人である事は疑いようも無い。先ずその外見。
ゴムボール。笑平に出会った者が最初に抱くであろう、彼の頭部を指した単語である。
その意味は決して五十嵐のような禿頭を揶揄した物ではない。
確かに髪は生えてないし丸くてツルツルしてるがそうではなく、ゴムボールそのものなのだ。
過去に一度、外道が断り無しに頭頂部を抓り上げたところ30㎝程伸びたので間違い無い。
「最近の調子はどうですか」
ボール頭からたわいない話が切り出される。
それなりに、と曖昧な返事で応える。
外道としては真意の読み取れない笑平とまともに会話する気など無かった。
「猫見君との仲は良好ですか」
「毎日問題持ち込んで来るんで叩いてばっかりですよ」
適当に会話を切り上げようとしていた外道は、続いた笑平の質問に即答してしまった事に顔を顰めた。
――――バカの話題を振って来るとは思ってなかった。
「やは、大変結構な事です」
外道の心中を知ってか知らずか、笑平は楽しそうに笑い、更に続ける。
「しかし、暴力と言うのは得てして悲劇を招き易い物です。
気を付けてくださいね。生徒達は繊細で傷つきやすい年頃ですから」
しっかりと言い聞かせるように、笑平は外道に言った。
こんな珍妙な格好していても教師としての一面を見せるあたりは流石と言った所か。
対して外道は歪んだ笑みを付けて返す。
「へえ、やはり生徒の安全を気にしてらっしゃるので、学校長殿」
無論、皮肉である。外道には暴力に対する忌避の感情など無いのだから。
暗に笑平を見下す外道を見つめて、笑平は、やは、と笑う。
「ええ、勿論です。生徒達は私の宝物ですから。外道君、君もね」
それは、
「覚えていますよ。15年前、君は我が校の生徒でした。
・・・生憎と途中で来なくなってしまいましたが」
外道も覚えている。確かに過去、学院の生徒として在籍していた。
しかし、当時の外道は今以上に死んでいた。
だからこそ姿を消し、どうしようもない生き方を選んだのだ。
「昔の事だ・・・。もう、あんたの生徒じゃない」
「変わりませんよ。私は皆さんの先生ですから。何時になっても皆さんを生徒だと思っています」
笑平はそう断言する。これだけは絶対に譲れないと声色で語っている。
そこで話が途切れたのをこれ幸いと、外道は喫煙室を出て行こうとする。
「煙草は体に悪いですよ」
部屋を出る際に掛けられた言葉には応えなかった。
●
学院の一階にあるとある一室。
薬品と湿布の匂いで充満し、壁際にはシーツを張ったベッドが三つ置かれている。
保健室だ。
普段、保健室に来る者は少ない。
主な理由は三つある。
単純に怪我をする者が少ない事。
仮病を使ってサボりに来た者を保健医が叩き出す事。
そして最たる理由は、その保健医が不在の時が多々あるという事だ。
「ああ面倒臭いね、アタシ今凄い腹立ってんのよ。分かるかい鹿羽?」
「ええ~、・・・分かりませんよそんなん」
保健医、天城 静は腹を立てていた。
出勤して早々に、運ばれてきた男二人の治療をしなければならない状況にあるからだ。
一人は全身を擦りむいた2―Bクラスの生徒。もう一人は、
「化学の授業中って言ったっけ?・・・・何したらあんな事になんのよ」
「あ~・・・、いろいろあったとしか言えませんわ」
傍らのベッドを一瞥する。そこに横たえているのは黒く焼け付いた鉄屑、にしか見えない化学教師だ。
よくもまあ自分が出勤するまでにこんな重体患者を用意したものだ、と静は顔を顰める。
だが、実際はそんな事など些細な問題である。静の怒りは別にあった。
「あ~もう!3回もリーチかかって全部外れってどう!?なけなしの金スっちゃったじゃないの!」
「いや、そんな事俺に言われてもアイタタタッ!っちょ先生、薬塗り過ぎやて染みる染みるっ!」
静は生粋のギャンブラーである。保健室に居ない時は博打をしに行っている。
自分の人生を博打に捧げていると言っても過言ではない。学院の三大反面教師と呼ばれる内の一人だ。
静の怒りはパチスロでの大負けから来たものだった。
「んな愚痴を俺に言うてどうするんですか・・・・」
「あん?何言ってんの鹿羽、治療費の代わりに愚痴聞いてもらってんだから感謝して欲しいぐらいだわ」
タダやないんですかっ、と言う叫びは無視しておく。こっちは金さえあれば直ぐにでも再戦したいのだ。
「うるさいよ、ハイッ応急処置終わり。金払わないんならさっさと出て行きな邪魔だ。
アタシはまだこっちのポンコツも診なきゃいけないんだ。ほらほら二限目もあんだろが」
静は残念賞としてパチンコ店からくすねた大量のティッシュ箱を投げつけて生徒を追い出した。
そうしてベッドの化学教師に向き直る。
――――つっても、コレの修理なんてアタシの仕事じゃ無いわな。
腕の良いヤツ呼ぶか、と電話帳を探す。
だがその前に――
「うるさいねえアンタ」
運び込まれてから今までは放っておいたが、
未だにノイズ混じりの機械音声を垂れ流す男性教師は大層やかましい。
「こういうのは大抵どっかにアレがついてるもんだろ」
そう言うと静は患者の体をぺたぺたと触れて調べる。
「おっ、コレだ!」
OFF/ON
オンに傾いていたスイッチを反対方向に弾き、機械音が止んだのを確認すると今度こそ電話帳を探し始めた。
●
一限目の化学で事故が生じたが予定通りに二限目の授業は2―Bで行われた。
科目は生物。学院では数学と並んで教室が静かになる授業として有名である。
その原因たる人物、生物教師、木原 潮は黒板にいくつかの図を書いている。
「ヤ!一つの細胞にはこれだけのモノが詰まっているという事だネ。
細かい説明に移る前に質問あるかネ?」
振り返り木原は焦点の合わない瞳をぎょろりと動かす。
しかし、生徒からの反応は無い。静けさに満ちていた。
今まで黒板の内容を写していた者もこの瞬間は顔を伏せた。理由は有る。
――木原潮は目を付けた者に自作の薬剤(毒)を処方しようとする。
それが木原の授業を一度でも受けた生徒の共通認識である。
行動そのものは木原の善意に因る物かも知れないが、うっかり薬を貰った者が次の日に欠席する、等の被害報告が重なれば、当人が学院中の生徒から‘マッド先生’という渾名で呼ばれるのも仕方が無い事と言える。
木原が黒板に向き生徒が顔を上げ始める中で喋る者がいた。光姫だ。
「なあなあ、ギンちゃん」
「・・・・・・・・」
「ギンちゃん、ギンちゃんってば」
「はあ・・・・、なんやネコ・・・」
光姫に話し掛けられた長身痩躯の生徒、鹿羽 銀二は怠そうに返事をした。
体の各所に湿布と絆創膏を貼っているのは、一限目に海越の放ったレーザーの直撃を受けたからだ。
「分かんないから教えてよ」
「それで・・・どこが分からんのや」
「ん~とねー、・・・・全部!」
「諦めや」
少しなら教えてやろうと銀二は考えていたがコレは論外である。
「即答!?た、他人事だと思ってやがるな・・・・!?」
実際、他人事やけどなあ、と思うが取り合うのが面倒なのが本音だ。特にこの授業では。
「ヤ、何を話してるのかネ?」
「うげっ」
会話が聞こえていたようで木原が近付いて来た。銀二は思わず声を出して唸った。
銀二は生物の授業、というか木原の犠牲者の一人であった。
入学当初、不運にも生物の授業で薬を受け取ってしまったのだ。(この時は木原を知らなかった)
幸い、卒倒するような物では無かったものの、その日は一日中寒気に襲われ続けた。
それ故に、その授業以降は目立たぬよう心掛けていたのだが、
「ヤヤッ!?鹿羽クン怪我をしているのかネ!そんな君にピッタリのモノがあるヨ!」
木原はそう捲し立てると自身の鞄をあさり始めた。
怪我をしている者を木原が放っておく筈が無い。銀二は己の失態に気付いた。
「ヤ!あったあった、これだヨ!」
鞄から取り出されたのは透明な小瓶だった。中には形容し難い紫色の錠剤が入っている。
あまりにも禍々しい色のソレに周囲の生徒が小さく悲鳴を上げる。
「これは自然回復力を増幅させるンだヨ!さあさ飲みたまエ!」
鼻息を荒くして木原は詰め寄る。
「え、遠慮しときますわ」
「遠慮しなくてもいいんだヨ、さあ!」
遠回しな断りでは意味が無い。
「大丈夫ですっ、大した事無いですわこないな怪我!」
じりじりと距離を詰めてくる木原に銀二は多少語気を強め、内心では早く諦めろと只管に念を送る。
「ヤ、そうかネ?残念だけドまた今度にするヨ」
やっと諦めよった!と歓喜の声が飛び出そうになるのを呑み込んだ。
漸く教壇に戻る動きを見せた木原だが、傍らの猫耳少年を一瞥して気が変わる。
「ヤ!猫見クン今日も元気そうだネ!ちょうど元気を促進するサプリメントがあるヨ!」
興奮した様子で今度は深緑色のカプセルを取り出し、周囲は席を引いて遠ざかる。
対する光姫は柔らかい笑みで、
「何コレくれんの?わーいありがとマッド先生」
「スト――――ップ!考え直せミツ!」
「ちょい待ちいや、暢気過ぎるでネコ!」
「止めた方が良い」
飴玉を放り込むようにカプセルを飲もうとする馬鹿を周囲が押さえつける。
そこで二限目終了のチャイムが鳴り響いた。
「ヤ!終わってしまったネ。それは君に贈るヨ猫見クン。では!」
木原が去ったことでクラス中から安堵の息が漏れた。
「ソレ、どうすんだミツ」
真事が未だ光姫の手にあるカプセルの処理を尋ねた。
「う~ん、・・・そうだ!ハルちゃん(雲野先生)に上げよう!」
「止めたげて!!」
●
「はいココに注目、重要な構文よ。よく出てくる形だから覚えましょう。
‘even if~’、だから、この文の訳は―」
言って英語教師、雪平良虎は例文の訳を書き込んでいく。
〈たとえあなたに嫌われても、私はあなたを愛するでしょう〉
――――あら、凄く情熱的・・・・・・
己の書いた訳文を見て良虎は、ほうと感嘆の息を零した。
腕時計を確認すれば三限目はもう五分ほどで終了する。故にそこで切り上げることにした。
良虎はチョークを払うため金髪を掻き揚げる。
その所作は見るものを惹きつける程に流麗で艶やかさを含んでいる。
男性を魅了する美貌を持って生まれた良虎は、今現在悩みを抱えていた。
恋の悩みである。ある男性への想いが良虎の心の内の大半を占めていた。
男性は良虎と同じ学院の教師。
――――外道君・・・・・
○
雪平良虎はアメリカ人の母と日本人の父の間に生まれた。
母の方を色濃く継承した容姿で幼い頃から周囲にはお姫様のように可愛がられてきた。
小学校に入学して良虎は他人との差を認識し始めた。
体つきの大きい者、髪の長い者、顔つき等、そういった差は性別も深く関わると良虎は知った。
では自分の性別は?先の例に照らせば当然女だろうと親に聞いた。
だが事実は違った。良虎は自身の性別が男であると教えられた。
その事実を聞いた良虎に不思議と驚きは無かった。
しかし、男であると分かったことで、性別の境と言うものが理解出来なくなった。
既にその当時、良虎の部屋は可愛らしいぬいぐるみや人形等のグッズで埋め尽くされていた。
着ていた服は一般に女物と呼ばれる物しか無かったし、父や母も特に何も言わなかった。(と言うか母はむしろ良虎に可愛い服などを勧めていた)
男女の差と自分の性別に悩んだ良虎だったが、両親から受け継いだ豪放磊落で快活な気性は大きく悩むことを善しとしなかった。結果として‘どっちでもいいや’という答えを出すに至ったのだった。
成長するにつれ更に容姿に磨きが掛かり女性と間違われる事が多くなった。
何時のことだっただろうか、良虎を女性と勘違いをして言い寄ってきた男を手酷くフった事があった。
良虎が男だと解った時の男の顔が印象的であった。そして、意外にも面白いと感じた。
この時から男をからかう癖が出来た。男っぽい自身の名は好きになれずリョウコと名乗るようになった。
二十歳を迎える頃には、幼少期に憧れた少女マンガの恋愛など忘れてしまっていた。
外道忠信と出会ったのは良虎が25になる年、府熊殿学院に赴任して初めの事。
初の顔合わせでは、教師にしては精悍で目付きの悪い男というのが外道に得た印象だった。
同時に良虎は、この人をからかったらどんな反応をするだろう、といった衝動に駆られた。
内なるからかい癖に押された良虎は外道にアプローチを試みた。
『これからよろしくお願いします外道さん。気軽にリョウコと呼んでください』
そう良いながら握手を求めた。顔に貼り付けたのは長年磨いた男好きの笑みだ。
だが、対する外道の反応は予想外過ぎた物であった。
不意に近付いて来て良虎の胸倉を掴むとヘッドバットを見舞ったのだ。
頭の痛みでへたり込んだ良虎に外道は表情を変えずに言った。
『気色の悪い事してんじゃねえぞ、半端者』
外道の言葉は良虎の心を強く打った。
その時やっと自覚した、己のしていた行為の浅ましさを。
良虎は今までの人生で周囲に甘え続けていた己の有様を恥じ、
強い叱咤で打ちのめしてくれた外道という男性が気になり始めた。
新たに生まれた衝動が恋だと気付いたのは少し時間が経ってからだった。
○
外道と出会い良虎は変わった。自身の性別は自己紹介の際、先に伝えることにした。
だが、府熊の土地柄故か、良虎が周囲に受け入れられるまでの時間は極端に短かった。
一方で、現在までの一年間、手を替え品を替え外道へのアプローチを続けているがうまくいっていない。
――――今朝も逃げられちゃったし、魅力ないのかな私・・・・
恋をしてから以前にも増して女性的魅力に磨きが掛かり、性別を知っている男性(外道除く)すら悶々とさせている事を良虎は知らない。
――――今日はお昼を誘ってみようかな。・・・いや、ここは思い切って晩ご飯も・・・
「・・おい、リョウコがまたクネクネしてるぞ・・・」
「誰か質問しろよ・・・・」
「いや、止めといた方が・・」
教室がざわつき始めたのを感じた良虎は振り返る。
「何か質問かしら?」
答える生徒は居ない。否、元気良く手を振る者が一名。
「はいはーい!リョウコちゃんは何でクネクネしてんの?」
まさか本当に質問するとは・・・、とクラス中の視線が光姫に集まる。
光姫のことを良虎は気に入っている。
明るい気性同士直ぐに打ち解けたという事もあるがもう一つ、外道の話題を共有できるからだ。
「外道君を晩ご飯に誘おうか迷ってるんだけど、猫見君何か無い?」
「ん~ゲドちゃん料理苦手って言ってたかなー」
お?これは良い情報ゲット!と良虎は微笑む。
「あっ、あとさ、もう一個質問あんだけどさ」
猫耳を揺らしながら光姫は続ける。内容は、
「リョウコちゃんって男の人が好きなの?」
今更かよっ!とクラス中からツッコミを受けて光姫は首を傾げる。
純粋な少年を見ているとここ暫く鳴りを潜めていた良虎のからかい癖が顔を出した。
「ふふ、猫見君、あのね」
人差し指を唇に当てる。
「好きになったならどっちでも良いのよ。性別なんて、ね・・・」
生徒全員が顔を引き攣らせたのに満足し、良虎は歯を見せた。
●
「外道くーん」
「・・・・」
三限目が終わり次の授業へと向かっていた俺は運悪く雪平と遭遇してしまった。
コイツ、俺を見つけるたびに近寄ってくるから本当に面倒臭い。
どんなに罵り叩きのめしても嬉しそうに話し掛けてくるのでマゾヒストではないかと疑っている。
「今日のお昼一緒に食べない?」
「一人で食ってろ」
えー、と残念そうな声を出しているが何とも白々しい。
どうせ昼になればこの金髪は勝手に俺を捜すだろう。
「じゃ、じゃあ晩ご飯はどうかしら。私が作ってあげようか?」
「あ・・・?」
今日はまた随分と踏み込んでくる。
・・・そういやコイツ、あのバカとも仲が良かったな。さてはバカが何か吹き込んだか。
「猫見君から聞いたわよ。料理するの、苦手なんでしょ?」
猫見には後で15割増しの拳骨でもくれてやろう。
それと、女装野郎は勘違いしてるようだが、俺は料理が苦手な訳じゃない。
作っても碌な事にならないだけだ。
「なんなら映画でも観に行ったりとか・・・」
何が恥ずかしいのか人差し指を突き合わせている仕草は見ていて苛々する。
それに、お前こないだ意味不明なタイトルの映画に俺を引っ張っていって締め上げられたの忘れたのか。
「今の流行りはねえ、‘戦祭―夏の陣―’とかどう?」
「観ねえ、行かねえ、お前と飯も食わねえ、失せろ」
大仰な落胆のポーズを取る雪平を振り切って俺は授業に急いだ。
●
「・・・・・・・・・」
チョークが黒板を打つ音のみが教室に伝わる。
2―Bの四限目は数学。担当はクラス担任である外道だ。
「写しとけ・・・」
黒板に授業内容を粗方書き込んだ外道は生徒に板書を写す時間を与え一息を入れる。
そして、教室をざっと見渡すと目に付いた生徒の所に足を運ぶ。
「おい・・・起きろ」
「スピー・・・、スピー・・・、スピニャン!?」
「寝るな阿呆が」
背中を丸めて耳と目を閉じていた光姫は拳骨一閃で覚醒した。
「に、にゃあ、おはようゲドちゃん」
「あまりに真面目にやらんようなら今朝の三択を全て実行する事も吝かではない」
「こらあソコ!可愛い生徒を脅迫すんなよ!しょうがないから本気出すぜ!」
なら最初から本気出せよ・・・、とクラス中から非難の目が注がれるが光姫は気付かない。
外道は鼻で笑う。
「本気でやった所で無駄だ。お前は馬鹿だからな。・・・・馬鹿だからな」
「に、二回もバカって言った・・!アッタマ来た、見返してやるからなゲドちゃん!」
「やってみろ、丁度今から小テストだ」
「え・・・・・!?」
○
十分間の数学小テストは残り時間二分ほど。
時間の余った者はシャーペンを置くか見直しをしている。
「マコちゃーん」
「・・・・・(静かにしろ)」
光姫の前に座る真事は背後からの呼び掛けに注意の視線を送るが理解されていない。
「ねえ、ちょこっと教えて欲しいんだけどさ」
「・・・・・(お前どうせ答えまで教えろって言うだろうが)」
非難の視線にも気付いていない奴だ。尚更教えるわけにはいかない。
それにこの時間、下手に取り合えば暴力教師の巻き添えを受ける。
外道が気付いてない内に何とかしておきたい。
しかし、この時既に外道は光姫の私語を捕捉していた。
だが外道は動かない。どうせなら授業終わりに全て加算してぶん殴ろうと考えていたからである。
「マーコーちゃーんー」
「・・・頼むから今は黙っててくれミツ」
「ちくしょう薄情者め、これでも食らえ、うりゃうりゃっ」
「お、おいバカ止めろっ」
すげない対応にむきになったのか、光姫は真事に机の小物を投げつけ始めた。
だが、些か乱雑に投げすぎた。
外道の耳に、あっ、と生徒の声が聞こえるのと同時、何かが頭にこつんとぶつかり落ちた。
文房具、消しゴムだった。
「あわわっ、ヤッベー、どどどどうしよう・・・!?」
おもむろに椅子から腰を上げた外道に慌てたのは光姫だ。
外道は日頃と変わらぬ無表情に見える。しかし、外道と付き合いの長い光姫には分かる。
顔から感情が消えた外道は、本気だ。
光姫の頭を鷲摑みにして外道は問い掛ける。
「さて、猫見、何か言いたい事はあるか・・・・?」
「え、え~とね、その、ゲドちゃん?怒ってる?」
「MK5だ」
「ひいっ、だ、だけど負けねえぜ受けて立つぜゲドちゃん!来いよ!」
○
四限目終了のチャイムが鳴る中、社会科目教師の白瀧 薫は休息を取っていた。
場所は学院の一階、中庭である。
彼女は中央の池の前のベンチに腰を下ろし、持参した菓子を頬張ってほくほくとしていた。
しかし、和やかな空気は吹き飛ぶ。
不意に飛来した何かが池に激突し強烈な水柱を立てたのだ。
「わひゃあぁ!!え?え?!え!?」
薫は突然の事に理解が追い付かないが、池には人の姿があった。
池に頭から着水した人物は跳び上がるともんどりを打って着地した。
「ね、猫見君?」
人物は薫も良く知る生徒、光姫だった。上着の至る所に池の藻が付着している。
光姫は体中に滴る水気を獣のように振るい飛ばす。
「くっそうゲドちゃんめ三階からぶん投げやがって、あ、カオリちゃんこんちはー、おっカツオ煎餅だ、これ美味しいよね一枚もらうね、僕ちょっとゲドちゃんに文句言わないといけないから、そんじゃね」
○
四限目が終わり、外道が生徒の質問を受け付ける時間を設けた2―Bクラスに、体中に藻を貼り付けた問題児が舞い戻ってきた。
「ちょっとーゲドちゃん!何も池に投げなくてもいいだろ!?タオル貸してよ!」
「お前が悪いしタオルも持ってない。近付くなよ俺が濡れるだろが」
「こ、この野郎保身に余念がねえな・・・!?」
「うるせえぞ、服乾かしたきゃ窓際にでも干しとけ」
言われ上着を脱ぎ始めた光姫は唐突にイタズラ子供の笑みを浮かべ、
「仕返しだぜゲドちゃん、これでも食らえ!てい!」
水分と藻でコーティングされた上着を外道に叩き付けた。
○
中庭のベンチで再び休憩を取り始めた薫だったが、再度飛来した光姫が目前の芝生に突き刺さり瞬く間に奇怪なオブジェと化した。
「きゃわっ!な、何ですかこれぇ!?」
上半身が丸ごと地面の中に消えたオブジェは一度足をバタつかせると、器用に足を地に付け弓なりに体を引き抜いた。
「いって~、もう僕は怒ったぜゲドちゃん待ってろよ!あ、カオリちゃん煎餅もう一つもらうね」
「え、猫見君ちょっと!・・・これどうするんですかぁ・・」
残されたのは薫と光姫のぶち抜いた芝生の大穴だった。
○
2―Bクラスを出た外道に上半身土塗れの光姫が突撃した。
「フシャー!せめて池に投げろよなイテーじゃんか!!」
「さっきと言ってる事が違うぞ馬鹿」
「黙らっしゃい!僕の怒りを思い知れ!」
光姫は天井に届くほどに跳躍し怨敵に襲い掛かった。
「必殺の、猫パンチ!!」
○
休憩を中断し、芝生に出来た大穴を埋め立てていた薫は、再び池に飛び込んだ光姫の立てた水柱を至近距離で浴び涙腺が決壊した。
「っぷはー!ってあれ?カオリちゃんどうして泣いてんの!?」
こんな感じでPart2です
こんな教師いねえよ!・・・ッハ!?
私はコメディともシリアスとも言い難いぬるい雰囲気が好きです。
ここから簡易補足
正生真事 まさき まこと
16歳 茶髪
2―B生徒。猫見光姫の友人。真面目青年
光姫の行動に悩まされる苦労人
ツッコミの際、どこからともなくハリセンを取り出す。
海越電子 みこし でんし
27歳 機械的な外見。ゴザル口調
府熊殿学院化学教師。2―D担任
自律機動で高速演算で大容量な男
明石笑平 あかし しょうへい
ニコちゃんヘッド
府熊殿学院学校長 頭がゴム毬
年齢不詳で神出鬼没
天城静 あまぎ しずか
27歳 養護教諭(保健医)
ギャンブル狂いで金に貪欲。学院の反面教師に数えられる。
勝つ日と負ける日は五分五分、なので機嫌の良い日と悪い日がはっきり分かれている。
鹿羽銀二 しかばね ぎんじ
16歳 灰髪
2―B生徒。猫見光姫の友人。関西弁
不良では無いが不真面目、悪ノリすることもある。それでも常識はある方
雪平良虎 ゆきひら よしとら
26歳 肩にかからない程の金髪
府熊殿学院英語教師。2―F担任
生まれ持った女性的美貌により女のように生きてきた男性。
男性をからかう癖があったが、外道に叩きのめされ改心
白瀧薫 しらたき かおり
25歳 ちっちゃい。泣き虫
府熊殿学院社会科目教師。2―C担任
一部の人間に絶大な人気を誇る小さい先生
お菓子が大好き
意味不明なタイトルの映画
「サダオ3D2~2Dバージョン~」
消しゴム
カドケシ
MK5
マジでキレる5秒前
M K 5
次回もタデスキをよろしくお願いします。