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早起きは三文の徳、寝坊は六百文の損の後、悲痛な面持ちで被害届提出

 私はまぶしい光を感じて目を覚ましました。

 起きてすぐは視界がなんだかぼんやりして、ぬぼーっと光にあたっていましたがさすがに五分もするとそれなりに覚醒します。

 昨日は約束していた友人に急に断られ、一人でお酒を飲みに行ったはずですがその記憶がぼんやりしています。ぼんやりしすぎでしょうか、私。

 さて、今の時間を見ようと、私は枕のそばにあるはずの携帯を手さぐりで探します……がみつかりません。あぁ、テーブルの端っこに何とか乗っかっていました。

 ここで私はようやくベッドから体を起こし、ベッドの上から手を伸ばして携帯が届くか試しましたが、どう頑張っても十センチの間を埋められなかったのであきらめてベッドから出て、携帯を少しばかり勢いをつけてガシッと掴んでやりました。先程の私の頑張りを無駄にしてくれた仕返しです。携帯に非はありません。ですが、この世は理不尽にあふれているのです。

「あ、もう九時前か」

 参考ながらにお教えしますと基本的に私のいつもの起床時間は六時半です。ですが今日は日曜日。寝坊したところで特に損害を被るようなことはありません。バイトも今日は午後からです。


 それから少しして、キッチンで私は五日前に買った八枚切りの食パンの残りの一枚をトースターに突っ込みながら今日見た夢を思い出していました。一言で言うと平手打ちです。

 見たことのない男性を。

 平手打ちです。

 それだけです。

夢などそんなものです。あぁ、あとサングラスが平手打ちの衝撃で吹っ飛ばされていました。

 あまり興味はありませんが夢占いで診断してもらったらどうなるのでしょうね。

「……あ」

 占いという言葉で思い出したのですが、いつも私が日課としていることがありました。

 それは毎日午前七時ぐらいに一通送られてくる、一日の運勢を占うというよくある趣のメールです。これを読むことが生活の輪の中に入っていました。

 私は履いていたスウェットから携帯を取り出し、メールボックスを開いて件のメールを探します。

 私は好きなのです。だらだらとしていてかつ長さの割には全くと言っていいほど有益な中身のない占いメールを読むことによって、「あぁ、今日もだ」と。また今日も人生の貴重な時間を無駄にしてしまった、と。そしてその後どこからか湧いてくるだるさを含んだ謎の充足感がたまらないのです。別に"M"とかそういうのではありません。念のため申し上げておきます。

 私はようやくメールを見つけました。最近フィルタリングがちゃんと機能していないのか、大量の迷惑メールがメールボックスを圧迫しているのです。

 さあ今日も私を楽しませろ!といらないはりきりを見せてみます。

「………………はぁ」

 メールを読んでみて、私は少しため息に近いような声を漏らし、首をかしげました。

「………………はぁ?」

 メールの本文はこうです。


「本文:それなりに良くありません」


 これだけ、たったの一文です。簡潔でした。そして、簡潔でありながらどことなく辛辣にも思えました。

 いつものだだ長いあの文章がどこにもありません。以前には、自分にとって今日がどれだけ運の悪い日になるかを延々と、死すら匂わせつつ語った後、「でも大丈夫!今日という日をこう生きろ!」とその日一日の自分のとるべき行動が、百分の一秒刻みで丁寧に書かれて、いや、描かれていました。もちろんそんなもの守るはずがありません。別のときには、いわゆるラッキーアイテムが三十個ほど羅列されているだけでその日の運勢には全く触れられていなかったり、誕生日占いと銘を打ち、おそらく三百六十六パターンの運勢がやはり丁寧かつ空虚に長々と書かれたりしたこともありました。おそらく、と付けたのはメールのデータ容量があまりにも大きかったためにダウンロードをあきらめたからです。

 やはりおかしいのです。いつものメールの異常さというのもさることながら、今日のメールは超常とも言えるでしょう。

 こうなってくると私としては、本来絶対感じるはずのない説得力、つまり今日は本当に何か良くないことが起きるのではないかと本気で考えてしまうのです。

 ふとここで、鼻をひっかいてくるいやに香ばしいにおいに気がつきました。

「――あっ!」

 やってしまいました。そうです、トースターに食パンを突っこんだままでした。

 急いで取り出された食パンは残念ながら焦げていました。

 それなりに、です。


 三割ほど炭と化していた部分を処理した食パンを口の中にもぐもぐしながら、私はこれからの予定を考えていました。

 結果考え付いたのは、どうせ午後二時というなんとも微妙な時間からバイトが始まるので、私の勤めているバイト先の近くの駅の近くの私の通っている大学の近くのモール街で、最近持ち手が壊れかけてしまっているバッグを新しく買い替えるというものでした。ちなみにこれだけ近い近いと連呼していますが、バイト先も駅も大学も、今私が住んでいるところからはそれなりに遠いのです。これが世の理というものです。

 さて、準備をして早く出かけましょう。これ以上家にいてもなんだか嫌な予感がしますから。

 ――外に出てもそれは変わらない気はしますけど。

 そしてそれは当たります。


 少し時が飛んで、家を出てから二時間ぐらいが経ちました。ちょうど十二時と一時の間です。

 私はモール街から少し離れたそれでも都会の人ごみと言える中を、割と陰鬱な気持ちで歩いていました。

 家に帰りたい。バイトも放りだして家に帰りたい。家を出る前から今への心境の変化には理由があります。ですがそれを説明するのも今はだるい、面倒くさい。

 とりあえず、私の歩はバイト先へ向かっています。

 私が発するこう、なんでしょう、オーラのようなものに周りは気づくのか、心なしか私を避けている気がします。

 ですがふとそこに、

「おっと!」

 男性の声とともに、私の春物の七分袖のシャツの背中に何か冷たいものがかかりました。

 この瞬間、私はピンと来るものがありましたが黙ってゆっくりと後ろを振り返りました。

 そこには見知らぬ中国人と思わしき男性が気まずそうに、片手に先程まで飲み物が入っていたであろうカップを空にして立っていました。

「あノ、すいません。大丈夫ですカ?」

 日本語はそこまで達者ではないようでいわゆる中国なまりで聞き取れました。

「――あれ?」

 ここでお相手が何かに気がつきます。

「荷物、持ってなイ?」

 そうです、私は手ぶらです。

 急に私に飲み物をぶちまけた中国人の顔色が悪くなり、私の後ろに必死に視線で何かを送っています。

 私はまたも黙ってゆっくりと中国人に背を向けて振り返りました。

 そこにいたのはもう一人、今度は後ろの中国人と同じくらい顔色の悪い、やはり見知らぬ日本人が立っていました。

 まずった、という顔をしています。

 さて、順に一から説明していきましょう。まずこの人たちは、私が手に持っていたバッグを狙った窃盗犯でしょう。手口としては標的にわざとぶつかり持っている飲み物か何かを相手の衣服にかけるのです。そして、それを拭こうとして相手が荷物から手を離した瞬間に相方がそれを盗む、といったあたりです。

 ですが、この二人はいざ私にぶつかって服を濡らしたまでは良かったものの、なぜだか私が何の荷物も持っていなかった、ということでしょう。気がつかなかったなんて間抜けもいいとこです。

 え?なぜ私が手口にここまで詳しいのか、ですか?そんなことは決まっています。

 ふと戸惑っている二人組の視線が私のシャツの左前肩のあたりに集まったのに気がつきました。向こうの方々はついに事情を察したようです。

 私のシャツにはこの二人につけられた以外にももう一つシミがありました。悪質にもコーヒーでつけられた茶黒いシミが左の肩の前部分に。


 そうです。私は一時間ほど前にこの二人組とは違う輩に全く同じ目に遭わされ、まんまとあの壊れかけのバッグを持っていかれました。


 私の底から怒りという感情が湧いてきました。

 今日は不運すぎる。

 まだ二人組は逃げずにいつの間にか何かをこそこそと相談しています。そして、どうやらその相談も終わったのか、中国人のほうがこちらに歩み寄り、懐から何か出しました。

 申し訳なさそうに出された手には、千円札が三枚のっていました。

「あノ……これどゾ」

 

 なぜかこんな奴らに同情の目を向けられた私は、あまりの驚きと怒りに今日夢の中で放った渾身の平手を相手に向かって繰り出していました。

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