Episode 3 “魂響”
ようやくソウルイーターについて終わります。
深い闇の中にゆっくりと墜ちてゆく感覚、口の中に広がる鉄錆のような味。徐々に薄れ行く意識と霞みゆく視界の中で恭介は悟った。
――――俺は死ぬんだな。
別に自暴自棄になったわけではない。つい数分前に起こった事と、今この状況を見ればどんな人間であろうとそう思うだろう。
――――まぁ、いいか。1度消えかけた命だ。今更惜しむべきものでもない。
刀を突き立てられた傷口からは、じわじわと血が滲み出す。流れ出た血は、客間の畳を汚し朱に染めてゆく。血の流出と共に失われてゆく体温は、まるで恭介の生きようとする意志のようである。
――――・・・・。
思考を止め、恭介は瞳を閉じる。生への諦めなのか、死への覚悟なのか、眠るように横たわるその姿は痛々しくもどこか潔さを感じる。全てを終わらせてしまおう、意識が遠のき恭介が死を身近に感じたその時である。
「お前に選択肢を与えよう。」
――――!?
何処からか聞こえてきた声に、恭介はカッと目を開く。気がつけばそこにはさっきまでの客間はない。周り全てが真っ暗な一面の闇である。しかし恭介は、そんなことに全く動じず声の主を必死に見つけようとする。
「このまま朽ちて物言わぬ骸となるか、浅ましくも生を選び死を踏破するか。」
冷厳にして荘厳、感情のこもらない声。しかし、闇の中に響き渡る声は”なぜか”恭介の生きようとする意志を強制的に叩き起こす。湧き上がる生への願望。
――――生きたいか、死にたいかだって?そんなものは、決まっている・・・!
何処からか響き渡る声を彼は睨み付けた。さっきまでピクリとも動かなかった全身に力が入る。
「俺は――――」
恭介が叫んだ瞬間、空間に裂け目が入る。雲の切れ目から入り込む太陽の照光のごとき光が、裂け目から彼を包み込んだのであった。
――――上総 恭介、死を踏破したその魂見せてもらった。汝を”魂を喰らうもの”と認めよう。
「・・・。」
ミカは店の縁側で祈っていた。こんなことをしても意味の無いことだと彼女も分かっている、だが何もせずに居られなかった。
「・・・。」
そんなミカをカウンターの中から見つめ続けているサエ。彼女とてミカと同じ気持ちである。彼にソウルイーターを与えるためとはいえ、彼を貫いたことに負い目を感じていないわけではなかった。ただ自分のやったことに対する責任が、ミカと一緒に祈ることを許さない、ただそれだけである。
――――ソウルイーターを作り出す方法、それは実に簡単かつ残酷なものである。ソウルイーターには職人(この場合はサエ)が作り出した素体カードに能力者自身の魂の情報、つまりは体を流れる血液そのものを直接読み込ませるのだ。しかし、”手首を切る”とか”指を切る”とか言うレベルの問題ではなく、最も新しい情報、つまりは”心臓”から流れる血液の情報を、直接与えなければならない。当然、そこで心臓を失った人間は血液を失い失血死してしまうのだが、そこでソウルイーターの存在が重要となってくる。
ある人間の血液を読み取ったソウルイーターはその人間の肉体と精神にリンクし、その人間の原動力となるのだ。・・・簡単に言うならば、1度死んだ人間の魂そのものになるということである。能力者はソウルイーターの力で生かされ、ソウルイーターは自らの力を能力者に貸す代わりに、相手の魂を欲する。ソウルブレイカー達がお互いの魂を奪い合うのにはこういった理由があるのである。
「・・・。」
サエはミカの様子を見る。ミカが祈り始めてからもう三時間以上経つ、幾らなんでもそろそろ限界だ。このままではミカのほうが倒れてしまう。そう思い、サエはミカに店の中で休むように言おうとした次の瞬間である。
――――ドクン・・・
「!!」
サエは新たな命の躍動に似た音を聞いた。思わず立ち上がるサエ、しかしサエが立ち上がるよりも早く動き出したものがいた。
「恭介!!」
ミカである。サエが動くより早く客間に向かったミカは、素早くふすまを開けた。
「・・・!!」
ミカがふすまを開け目にしたもの、それは紛れも無く恭介だった。恭介は上半身だけ起こし、遠くを見つめている。が、やがてミカの気配に感ずいたようだ、頭がミカの方を向く。
「・・・ミカ・・か?」
虚ろな目をしているが恭介はしっかりとミカを呼んだ。恭介に呼ばれたミカの目には、笑顔が溢れる。
――――バタン。
しかし、ミカの名前を呼ぶなり再度倒れる恭介。駆け寄ろうとしたミカの後ろからサエが現れ、ミカを制する。
「大丈夫よ。失血で気を失っただけ・・・、今はこのままそっとしておきましょ。」
サエは恭介を机から床におろし、布団をかけた、パリパリと乾いた血が音を立ててはがれ落ちる。そして・・・
「ご苦労様・・・ごめんなさい。」
サエは小さく呟いたのであった。
episode 3 完