覚醒編 episode 1 “炎の出会い”
11月15日 (水) 深夜11時59分
――――俺の目の前には炎上したトラックが横転している。この距離では、ブレーキをかけても間に合わないだろう。サヨウナラ、俺。
バイクに乗った青年は、燃え盛る炎の塊に自ら突っ込んでいった。
11月16日 (木) 深夜0時55分
天を焼き尽くすように紅の炎が夜空に向かって燃え盛っていた。燃えているのは、鉄の塊と化した1tトラックとおまけに中型のバイク、それらから生み出されたように飛び火した炎は周囲の木々を焼き尽くし、その一帯を地獄の如き焦土へと変えてしまっていた。その現場はさながら火炎地獄のようであり、件名は誰もが見ても、立派な人身事故だった。事故原因は居眠り運転をしていた整備不良のトラックがたまたま炎上して横転し、さらにたまたま走っていた後続のバイクが運悪く直撃した、只それだけの何処にでもある話だ。まぁ、バイクの運転手には運が悪かったというしかない。はい、ご愁傷様。・・・そんな訳で、バイクの運転手にとっては人生最悪の日になるはずの事故であったはずだった。
・・・ここまでは、だ。
この事故が普通と違うのは、事情が変わっていたからだ。事故現場では、普通ありえないことが起こっていた。本来なら、今現在、只の鉄くずに変わっているバイクには・・・いや、バイクどころか自動車や飛行機、果ては自転車にさえなければおかしいものが見当たらないのだ。それは、タイヤでもなく、座席でもない。しかし、乗り物に欠かさず存在し、存在しなければおかしいもの、そして乗り物のブレインであり、第2のエンジンともいうべき存在、それは・・・・・
事後報告(別紙に記載)
事故原因・・・トラックの横転による玉突き事故
被害状況・・・1tトラック1台 中型バイク1台 共に大破(原形留めず)
死亡報告・・・1人
行方不明・・・1人
(浅葱警察署 捜査一課 刑事部長 九頭 住冶)
青年が気付いた時には、どこまでも続く暗い回廊に立っていた。壁の燭台には火が燈っているが、申し訳程度に燈るその篝火は、青年の不安をより一層掻き立てる。
ーーーーーーコツ、コツ
歩き出した青年の靴の音が回廊の中を反響し、闇の中に消えて行く。どこまで行けばよいのかわからない。しかし、それでも青年は歩みを止めなかった。立ち止まると、耳が締め付けられる程の静寂に悩まされる。それならば、と微かに響く自分の足音を聞いている方が幾分かマシだからだ。
「・・・お〜い!!」
どこまでも暗く、すえた臭いのする回廊に、青年は声を上げた。しかし青年の声は反響するだけで、何の返事も帰ってこない。
「・・・。」
よもや、夢なのでは?青年はそう考えた。右手で自分の頬をつねってみる。
―――痛い。
じわり、と這い上がってくるようソリッドな痛みを感じる。この痛みからすると、どうやら夢ではないことは確かなようだ。
―――ならば、ここは一体どこなのだろう。
沸きあがってくる疑問、青年は自分が何故ここにいるのかを考えてみる。
―――ああ、そうだ、俺はついさっき事故ったんだ。確かバイクに乗っている時、前にいたトラックが突然炎上して横転して・・・でも、ぶつかった瞬間に目の前に光が飛び込んできて・・・。
青年は絡んだ糸をほどく様に、自らに起こった悲劇を思い出してゆく。時間と共に明確になってゆく記憶。だが、疑問が解決すると共に新たに疑問が生まれた。
「なんで、俺は生きているんだ?」
青年はもっともらしい疑問を口にした。考えてみれば生きているはずがない。自分自身がトラックに直撃したのだ、今頃は体中バラバラのミンチになっているはずだ。回廊を歩く青年は、自らの身の成り果てを想像し恐怖で身震いした。
「理由を教えてあげようか?」
そこへ、背後から声が聞こえてきた。か細く、澄んだ声。恐らく、この回廊でなければ聞こえなかっただろう。青年は、声のするほうに顔を向けた。
「・・・?!」
青年の向いた方向、そこには見慣れないものが飛んでいる。暗くてよく見えにくいが、それは顔つきや体つきこそ人間そのものである。しかし、異様なのは手のひらほどの大きさの体、背中から生やした4枚の羽の存在だ。青年は今までに見たことのない生物を前に腰を抜かしそうになる。
「う、うわわわわわわわ?!」
「なっ、失礼ね!!化け物じゃないわよ!!」
化け物を見るように目を丸くする青年に小さな生物は頬を膨らませた。暗くてよく見えなかったが、それはあどけなさの残る少女の顔つきだ。バランスのいい銀髪のショートカットの髪型はおしとやかというよりはクールなイメージを浮き立たせる。その容姿から想像すると、人間で言うならば高校生ぐらいだろうか。しかし、4枚の羽をはためかすその姿は妖精、そんな表現がもっともらしく感じる。
「い、一体お前はなんなんだ!?」
「まぁ、命の恩人にお前とはご挨拶ね!」
妖精の少女がフンと鼻を鳴らす。外見はクールさを際立たせるが、中身は結構おてんばな性格のようだ。胸の前で大袈裟に腕を組み、口はへの字を結んでいる。
「・・・まぁ、いいわ。私はミカ。“上総 恭介”君、私はあなたを迎えに来たのよ。」
ミカと名乗った少女は不機嫌そうに自己紹介をした。
「迎え?」
迎え、という言葉を聴き恭介はミカに疑問を投げかけた。
「そうよ。恭介君、あなたを“Grave cross”に招待するわ。」
第1話 完