私刑制度が施行されました
令和二十三年六月十五日。
日本国政府は刑法を改正をした。
「犯罪被害者等による直接制裁を認める特例措置に関する法律」
通称「私刑法」
・いかなる犯罪(窃盗、暴行、器物損壊、名誉毀損、性被害など)においても、被害者またはその代理人は、警察・裁判所を経由せず、加害者に対して「相当の私刑」を加える権利を認める。
・「相当の私刑」とは、身体的・精神的苦痛を与える行為全般。ただし、死亡または重度後遺症を残す行為は「過剰私刑」とみなされる場合もある。なお、性的・金銭的苦痛を与える行為は「相当の私刑」を逸脱したものである。
・私刑の執行は第三者立会人の同席を条件とし、動画撮影が義務付けられる。動画は法務省指定のサーバーにアップロードされ、一定期間公開される。
・「私刑法」が適用されたからといって司法における減刑の対象となることはない。
政府の説明はこうだった。
「司法の遅さと再犯率の高さは、もはや国家の恥である。被害者や勇気ある第三者が正義を執行できる社会こそ、真の法治国家である」
野党や人権団体は一斉に猛反発した。
しかし、支持率が急落していた与党は強行採決。法案は可決された。
主要メディアもこぞって批判した。
テレビの報道番組は連日、有識者を招いて「私刑は人権侵害」「加害者も人間」「冤罪の危険性」を叫んだ。涙を流しながらこの刑法を非難するコメンテーターや、頭に血が昇って倒れ込んでしまうアナウンサー。お笑い芸人の真剣な顔つきに、視聴者はSNSで大絶賛の嵐を繰り広げた。
しかし、施行から三週間後。
テレビのキー局はこぞって「私刑法」をバラエティ番組化した。
SNSの大絶賛は、それを遥かにしのぐ大炎上と成り代わった。
そしてその炎上をも遥かにしのぎ……番組は大盛況だった。
偏向報道の猜疑心・ネットニュースの普及・そしてこれまでテレビを支え続けていた高齢者世代の激減により地の底に落ちたテレビ業界に、新しい風が吹きだした。
「さあ、始まりました『私刑でドン!』今夜も正義が炸裂! スカッとしたいアナタに、爽快な私刑をお届けします!」
派手な効果音とともに、スタジオの照明が一気に明るくなった。観客席の拍手と歓声がスタジオを震わせている。
司会を務めるのは、朝の情報番組で「正義の人」として鳴らしていたアナウンサー・神崎拓也。私刑法を「野蛮」「法治の崩壊」と批判していた男だ。今は胸に「私刑審判長」のバッジをつけ、満面の笑みを浮かべている。
「今夜の被害者はこちら! 高橋遥さんは高校生活で2年間にわたる壮絶ないじめにより不登校となり、現在もPTSDと自傷癖に苦しんでいます!」
現れたのはボサボサ髪をツインテールにした制服姿の少女。
暗い顔をしてうつむき、神崎の紹介に少しだけ会釈をする程度の素っ気ない態度をとった。
テレビになれていない素人の反応。これが私刑のリアリティを加速させる。
「さあ続ては加害者の皆様方! クラスメートの男子三名、女子二名の計五名! 全員、控室で出番を待っています!」
スクリーンに5人の顔が映し出されると、観客から「最低!」「人間のクズ!」と生々しい野次が飛んだ。
スクリーン越しにでも、五人の顔面が蒼白であることが伺える。
神崎がカメラを真正面から見据える。
笑顔は消え去り、真剣な面持ちへと変わった。
「我々は人権を尊重します。しかしその尊重は時として、本来、真に尊重されるべき被害者を苦しめることに繋がっていました。『加害者にも人権はある』のは確かにその通りですが……その権利は、せめて被害者と同じ苦しみを味わってから主張していただきたいものです」
神崎はレポート用紙をスタッフから受け取ると、彼らが被害者である高橋遥に与えていたイジメの内容を列挙した。
殴る蹴るなんて見え透いた暴力はほとんどなかった。
弁当を床にぶちまけられ、それを犬のように食べることを強制された。
便器に顔を沈められた。
教室で全裸にされた。そのまま自慰を強要された。
頻繁にカツアゲの被害にもあっていた。
「いいですか。これは『イジメ』ではありません。……『犯罪』です。ですが未成年の彼らは減刑され、あまつさえ未成年保護法にも守られます。だから! この「私刑法」でキッチリと! せめて被害者の無念を晴らさなくてはならないのです!」
神崎は後ろ手に組んで、カメラに向かって静かに言った。
「言葉で語るのはもう十分でしょう。高橋遥さん、どうぞステージ中央へ」
言われるがまま、高橋遥はゆっくりと歩み出てきた。
そしてすぐに、控室の五人が会場へと連れられてくる。
全裸で。
万が一にも被害者が二次被害にあわない為にも、加害者側は全裸で連行されるのだった。
「ひぃっ」
しかし、今日まで植え付けられた禍々しい歴史はその程度邪塗り替えられない。
高橋遥は彼らを見た瞬間に、悲鳴を漏らして、へたり込んでしまった。
これまでの出来事がフラッシュバックしてパニックを引き起こす。
すかさずスタッフが彼女を抱えて落ち着くように諭すものの、高橋遥はひきつけを起こすほど狼狽えてしまったのだった。
バツが悪そうなイジメっ子たちだが、もしかしたらこのまま番組はお蔵入りとなって、自分たちに私刑は適用されないのではないかと、期待する一面もあった。
だからあえて、声をかける。
高橋遥の心をゆさぶり、余計にこじれるように。
「ごめんなさい! 遙ちゃん本当にごめんなさい! ごめんなさい!」
「許してくれ、お願いだ! お前を苦しめるつもりじゃなかったんだ! 信じてくれ!」
「俺実はお前が好きだったんだ! でも気持ちを打ち明けられなくて! ちょっと、イジって気を引こうとしただけなんだ! 好きだ遥! 好きなんだあああ!」
「お願い許してー!」
「なあ!? 俺たち、友達だろ!?」
五人が思い思いに高橋遥の心を刺激する。彼らの目論見通り、高橋遥は過呼吸寸前まで追い込まれてしまった。
観客たちもざわめき出す。もしかして今回は私刑を拝むことができないのかと。
「はあ、なんだよつまんね」
「何もできないなら出てくんなよ」
「腹立つわ。いじめられっ子はやっぱイジメられる理由があるんだな」
心無い言葉が飛び交う。それもまた高橋遥を蝕んだ。
涙が頬を伝い、手の震えが止まらない。
その光景に、司会の神崎は、ふう。と息をついた。
そして、手に持ったマイクを、おもむろに振りかぶる。
『ガゴィン!』
スピーカーから流れる強烈な音色に、スタジオの誰もが目を見開いた。
何事かとステージを見ると、神崎のマイクが、赤くどろりとした液体に濡れていた。
そして、いじめっ子の一人である吉岡大樹が、頭から鮮血を噴きながら、ビクンビクンと痙攣して倒れていたのだった。
「舐めてんじゃねぇぞ、クソガキ共が……!」
怒りに満ちた神崎の表情が、痙攣する吉岡大樹を見下ろしている。
「き、きゃあああああああああああああああああああ!!!」
加害者の女生徒が悲鳴を上げた。
だが、その悲鳴はたちまち観客の歓声にかき消されたのだった。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!! 神崎さああああああああん!!! あんた最高だぜ!!」
「あんたは男だ! 神崎拓也!」
拍手喝采。神崎は手を挙げてそれに答え、深々とお辞儀をした。
血濡れのマイクを口元に近付ける。
「えー、皆さん。勝手ながら、私、神崎が、『私刑代理人』としてまず刑の執行をいたしました。あ、これは事前に高橋さんに許可を取ってますので、そこはご了承ください」
さて。と神崎は高橋遥に向き直る。
突然の出来事に、すっかりパニックも収まった彼女だが、神崎の変貌ぶりに恐怖心を抱いていた。
だから神崎に見据えられて、肩を震わせた。
そんな彼女に優しく微笑みかけて、神崎は、頭を下げた。
「すみませんでした。勝手な真似をしました。ですが、高橋さん。こんな番組に出てまで私刑を……復讐を果たしたいと決心したのなら、こんなところで躓いてはいけません。あなたのその気持ちは、決して、私に代行させたとしても、必ずわだかまりが残ります。あなたの復讐は、あなた自身の手で行うべきです」
神崎は高橋遥に手を差し伸べた。
ゆっくりと彼女を導き、その手に、一本の木の棒を握らせる。太さはペットボトルくらいで、樫の木を材木として作られたかなり頑丈なものだ。
「で、でも……わ、私、ち、力が、弱くて……」
この木の棒で叩けと暗に言われたと思い、高橋遥は否定的な言葉を並べた。
しかし、神崎の思惑は違う。はははと笑い、首を振る。
「高橋さん、これはですね。こう使うものですよ」
神崎はおもむろに、その木の棒を取り上げると、未だに血まみれでピクピクと小刻みに動く吉岡大樹の臀部……つまり肛門に、それを突き立てた。
「うっぎ、ぎやあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
失神していた吉岡大樹もたまらず飛び起き、大絶叫。
あれだけ太い棒がしっかりと突き刺さっている。吉岡大樹は頭に続き、肛門まで血でまみれた。
神崎はそれを引き抜いて、また高橋遙に手渡す。
「さ、この実験台で練習しててください。私は、残りの四人を寝かせておきますので」
そう言って残りの加害者四人を睨む神崎。
加害者は恐怖に顔をひきつらせた。女子二人は仲良く失禁し、足の震えが止まらない。
「さあ、どうする? お前ら。こいつみたいに、一度ぶん殴られてから言うことを聞くか? それとも今、素直に寝そべってくれるか?」
「た、助けてください……」
加害者の男が言った。
そいつは神崎に股間を蹴り上げられ、パチュンと水風船が割れたような音と共に、白い体液をぶちまけながら泡を吹いて倒れた。
それを見て加害者はみんな、泣きながら、舞台の上に寝転んだ。
「さあ、こちらは準備ができましたよ、高橋さん。そちらはどう……」
「えいっえいっえいっ。えへ、えへへ……」
神崎が振り向いた時には、高橋遙はもう、何度も何度も木の棒を吉岡大樹に刺しては抜き、刺しては抜き、その度にビクビクと痙攣する彼の仕草を楽しんでいた。
「もう、準備万端のようですね」
そして高橋遙は、他の四人にも次々と木の棒を差し込んでいき、スタジオを赤く染めていった。
響き渡る加害者の悲鳴をバックに、エンドロールが流れていくのだった。
「さあ、宴もたけなわではございますが、今週もここでお別れです。いやあ、被害者の方がこれで前向きに人生を歩めることを願って、来週もどうぞよろしくおねがいします! せぇ~の!」
神崎の合図と共に、会場の皆は右手を高くつきあげて、決め台詞を言い放つ。
高橋遥と加害者の面々は、未だに私刑に勤しんでいるために参加こそしなかったが、その阿鼻叫喚こそ引き立て役となる。
『私刑でドン!』
満面の笑みを浮かべて、神崎は締めくくるのだった。
「どうもありがとうございました!」
――いつもなら、ここで番組は締めくくられて、CMに移行する。
だが、神崎がいくらカメラに向けて手を振っても、一向に画格がフェードアウトすることはなく、また、観客の拍手も鳴りやまない。
神崎の頭にクエスチョンが浮かぶ。
やがて観客の拍手は一定のリズムを刻むようになっていき、それは規則的な手拍子へと変動していった。
まるでライブのアンコールのように。
神崎は知らない。台本にこんなのは書いていなかった。
ふと、カンペが目に飛び込む。
『スクリーンを見て!』
神崎が振り返る瞬間、陽気なBGMが会場を沸かせた。
テッテレー!
スクリーンに映る『ドッキリ大成功!』の文字。
神崎は「え? え?」と笑いながら会場を見渡した。
「え? これは一体、どういうことですかあ!? もしかして私、ドッキリ仕掛けられてたんですか!? え、いつ!? まったくわからない!」
会場は爆笑の渦に巻かれた。
観客もスタッフも皆、笑い転げる勢いだ。
神崎も、その場の雰囲気につられてニヤニヤと口角を上げはするが、目は笑えていない。
状況を理解できない。
――暗転。
会場は暗くなり、スクリーンだけが鮮明に映し出された。
ナレーションが響く。スクリーンの画面が、再現VTRに移行する。
『神崎拓也、56歳。テレビ業界に三十年も務めたベテランアナウンサーの彼は、熱い語り口で世の中の不条理を批判する「正義の人」として脚光を浴びた――』
そうか。彼は思いついた。
神崎がこの業界に勤めて、今年で三十周年。
それを祝うための演出だったのか。
そう、誤解した。
そしてその勘違いはすぐに否定される。
再現VTRは彼の紹介を終えると、たちまち、雲行きの怪しい様相に移り変わった。
番組の最中、彼の手は、新米女性アナウンサーの臀部を撫でた。
会場はたちまちブーイングの嵐となった。
『神崎卓也はその地位を確立すると、後輩のアナウンサーや新米タレントに近付き、白昼堂々とセクハラをし始めたのです』
「ち、違う! そんなことはしていない!」
神崎の否認はスルーされ、VTRは続く。
被害者の供述へと移り変わる。
『俺と寝たら冠番組もたせてやるぜ。そう言われて、私は彼に身体を預けました……耐え難い屈辱でした……! しかも彼には、そんな権限なんてなかったというのに……!』
「ひどい! このクズ野郎!」
「何が『正義の人』だ! このエロオヤジが!」
罵声が神崎の体を叩く。
VTRはさらに多くの被害者を映し出し、その数は三十二名にも及んだ。
その頃には神崎は、これから自身の身に起こることを想像して、ガタガタと震える事しか出来ずにいたのだった。
「ち、違う……たすけて……」
小さくうめく。その声は誰にも届かない。
ナレーションが、会場に語り掛ける。
『会場の皆さま。お席のお足元に「制裁棒」があります。あとはご自由に、ご自身の正義に従って下さい』
観客は一斉に屈みこむと、先ほど、神崎や高橋遙が使用していた、ペットボトル大の太さがある樫の木の棒を手に取った。
さらに、スタッフらは、高橋遙の加害者面々を抱え起こし、彼らにもそれを握らせた。
神崎の背筋が凍る。
咄嗟に「やめろ!」と口を開いた瞬間、その横っ面を制裁棒でぶん殴られた。
「うぎゃあ!」
生暖かい感触。どろりとした鉄臭さ。
だが、これは神崎のものじゃない。
見上げると、高橋遙。
「神崎さん。私に勇気を与えてくださって、ありがとうございます。この勇気を、今度は自分の為だけじゃなく、他の被害者さんのために、奮わせてください」
満面の笑みで、高橋遙は再び制裁棒を振り上げた。
誰かに助けを求めようにも、誰も助けてはくれない。
会場の皆が押し寄せてきている。
全裸の加害者たちもニタニタと醜悪な笑みを携えて制裁棒を振り上げる。
――後日、SNSで「これは過剰私刑」だったのではないかと議論が持ち上がったが、司法がそのように判決することはなかった。
これを機に、日本国内では私刑がさらに浸透し、その凄惨性は加速していくこととなる。




