密着五日目
後日、桑島さんから「光のチャーペンソンに入信できた」と連絡をもらいました。私たちも光のチャーペンソンへの接触を開始します。団体の広報担当者へ「大成功に終わった『同級生の家』の裏側に密着していて、イベントに協賛した企業・組織にもお話を伺っている。普段はどのような活動をしているのか取材させてほしい」と説明。メリットを感じてもらえたのか、想像していたよりもスムーズに取材許可をいただけました。
光のチャーペンソンの活動拠点である京都へ向かいます。桑島さんは三日前から団体が所有する施設にて、他の信徒と共同生活をしているとのこと。桑島さんと私たちがつながっていることは、光のチャーペンソン側には秘密。あくまで私たち独自の取材であると伝えています。もし桑島さんと接触する必要がある場合は、団体の人たちにバレないよう注意しなければなりません。
光のチャーペンソンが持つ施設は、二つの建物に分かれています。一つは居住用の「寮」。団体に所属する人たちが暮らす、七階建てのマンションです。もう一つは、古いお寺のような建物で、「道場」と呼ばれています。中は畳張りの広い部屋になっており、信徒全員、約二百人が入れるそう。ここでは、光のチャーペンソンの活動目的である「恐怖心やトラウマに打ち勝つ強い心を手に入れる」ための修行が行われているとのこと。
駄菓子さんとの関係性を探る前に、まずは光のチャーペンソンとはどのような団体なのかを、より詳しく知る必要がありそうです。私たちの取材に、団体の代表であるナラト・テルミさんが自ら対応してくださいました。黒い和服を着た、六十代の女性です。
ナラト「私たちが目指しているのは、信徒各自が抱える恐怖心やトラウマを克服することです。これらは時として、私たちの思考や行動を強く抑制します。恐怖のあまり、日常生活が満足に送れなくなってしまうこともあるほどに。そうやって苦しむ人々を救い出すことこそ、光のチャーペンソンの主な活動なのです」
信徒は皆、何かしらの事象に強い恐れを感じるあまり日常生活に支障をきたすようになってしまった人々だと、ナラトさんは語ります。この状態を信徒自身の力で終わらせ、恐怖を乗り越えたと実感してもらうことこそ、光のチャーペンソンの活動目的なのだそう。
ナラト「恐れは我慢すればするほど心の中で大きくなるんです。まるで塵のように積もっていきます。これをなくすには、あえて恐れるんです。自分の中にある恐怖心を認めてあげて、思い切り発散する。体内の恐怖をすべて外に出す。これを毎日実践することが、信徒たちにとっての修行となります」
恐怖心を無理に抑え込むのではなく、怖いものを我慢せず恐れる。そうすることで、恐怖心も自分という人間の一面であると認め、受け入れる。これが、光のチャーペンソンが目指す「恐怖心やトラウマに打ち勝つ強い心を手に入れた」状態なのだそう。修行の結果、恐怖を乗り越えられた信徒は光のチャーペンソンを卒業していきます。
ナラト「うちは、信徒をいつまでも抱え込むなんてことはしておりません。寮で寝泊まりしながら修行する期間は、最大でも三年とさせてもらってます。高校みたいな感じですね。さっきも言ったように、私たちが目指すのは、信徒たちが恐怖を克服すること。そして恐怖に負けることなく日常生活を送れるようになることです。ずっとここで、社会から隔離するように暮らさせるというのは、その目標に反することになります」
三年以内に脱会するというルールがありますが、光のチャーペンソンには常に二百人前後の信徒が在籍していて、共同生活をしながら修行に励んでいるとのこと。それだけ、自分の中にある恐怖心を乗り越えたいと考える人は多いのだと、ナラトさんは言います。
ナラト「過去に遭遇した事件や事故から、ほんの些細な人間関係の亀裂まで、人々が恐怖を覚えるきっかけは世の中にあふれています。恐怖を一切感じることなく生涯を終えられる人間はいません。では、人間が恐怖を覚える原因をこの世からすべて取り除けるかというと、まず不可能でしょう。恐怖に屈することなく健やかに生きるには、私たちの受け取り方を変えなければならないのです」
恐怖を乗り越えるための活動をしている光のチャーペンソンにとって、恐怖の因子を積極的に見つけようとするホラーシーカーの駄菓子さんは、対極の存在のように思えます。なぜ駄菓子さんが主催した『同級生の家』に協賛したのでしょうか。
ナラト「恐怖は病気と似ていて、初期段階で治療を始めたほうが早く克服できるんです。駄菓子さんの取り組みによって、彼のファンが『自分はこんなものに恐怖を感じるんだ』と自覚できたとします。これはまさに、恐怖を初期段階で発見できた状態と同じですね。もっとショッキングな出来事が起きて、深いトラウマになってから恐怖を自覚した場合、克服するのには時間がかかります。駄菓子さんが提供するエンターテイメントの中で恐怖を見つけ、深刻化する前に光のチャーペンソンに入って修行をすれば、本当に恐ろしい思いをすることなく楽しい人生を送れるはず。そういう意味で、私たちの活動と駄菓子さんの活動は親和性が高いと思ったので、協賛しました」
光のチャーペンソンの活動を聞く中で、駄菓子さんとの関係性も見えてきました。彼の活動を支援することは、光のチャーペンソンの信徒を増やせるというメリットがあるようです。桑島さんの言うように、「信徒を駄菓子さんのファンとしてでっち上げる」ことで駄菓子さんが人気者であるかのように見せる。これにより、駄菓子さんの活動に触れる人を増やし、新しい信徒の予備軍を生み出している……そんな想像もできます。ただ、確証はありません。この日のナラトさんへの取材では、そこまで深くお話を伺うことができませんでした。
これから信徒たちの修行が始まるとのことで、見せてもらいます。
およそ二百人の信徒が道場に集まりました。彼らは全員、柔道着のようなものを身につけています。その中に、桑島さんの姿もありました。
畳の上に正座する信徒たち。彼らの視線の先には、木製のロッキングチェアに座るナラトさんがいます。彼女の両隣には、黒いスーツを着た男性外国人が一人ずつ。どちらも身長二メートル近い、体格の良い方です。ボディガードなのかもしれません。
突如、ナラトさんが、爆弾が破裂したかのような大声を発します。
ナラト「これから『恐撃日証』を始めるう! 貴様らあ! 怖いものはあるかあ!?」
信徒たち「「「あります! あります! あります! 恐ろしくてたまりません!」」」
ナラトさんの問いかけに、信徒たち全員が首に筋を浮かべながら声を張り上げて応えます。
ナラト「怖いものがあったらあ! どうすればええんやあ!?」
信徒たち「「「吐き出し! 認め! 許し! 受容します!」」」
ナラト「怯えることなく生きたいかあ!?」
信徒たち「「「生きたいです! しかし私たちにまだその資格はありません!」」」
ナラト「よし! ほんなら『吐き出し』をやろかあ!」
建物が崩れそうなほど大きな声でのコールアンドレスポンスが終わりました。静まり返った空気の中、ナラトさんが一人の信徒を指差します。その信徒が立ち上がりました。二十代前半くらいの、華奢な男性です。背筋をまっすぐに伸ばし、ナラトさんを見つめます。
ナラト「あんたが恐れているものは何や?」
男性「私は! ビー玉を恐れています! 恐ろしくてたまりません!」
ナラト「理由は?」
男性「喉や耳、鼻、肛門など、体の穴に入ると塞いでしまうからです! 人体の機能を失わせる可能性があるビー玉に、強い恐怖を感じます!」
男性信徒が答えると、ナラトさんは自身の右側に立つ黒スーツの男に視線を送りました。スーツの男は胸ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を男性信徒に見せます。表示されているのは、フリー素材だと思われるビー玉の画像です。
ナラト「もしあんたの目の前に突然このビー玉が転がって来たら、なんて言う?」
男性「……こ、怖いよお!」
男性は表情を歪めながら、叫びました。彼なりに精一杯考えて絞り出した答えなのでしょうが、それを聞いたナラトさんは不満そうです。
ナラト「あんたさあ、たとえば、幽霊見たとするやろ? そんときの第一声、『怖いよお!』か?」
男性「……いいえ、違います」
ナラト「せやろ? 本当に恐ろしいもんを見たときのリアクションは『きゃあああ!』だよなあ? まず『怖いよお!』なんて言葉は出てけえへん。自分の感情を誰かに説明しとるみたいで、不自然やわ」
男性「はい……」
ナラト「あんた、『吐き出し』失敗するの、これで何回目やっけ?」
男性「四回目です……」
ナラト「四回目。じゃあもうええわ。おしまい。開いちゃって」
ナラトさんの「開いちゃって」という言葉の直後、両隣のスーツの男たちが動き出しました。男性信徒に近づき、彼の両腕を脇でがっしりと挟みます。
男性「ま、待ってくださいナラト様! もう一度チャンスをください! 次は必ず! 正しく怖がりますから!」
ナラト「そう言うて四回ミスっとるんやろ? 私、仏さんよりチャンスあげてんで。なのに成功せん人間の言うことなんて、疑うことを知らん赤ん坊でも信用でけへんわ」
男性「お願いします! 開くのだけは! 開くのだけは勘弁してください! 開くのだけは! いやだあああ!」
ナラト「その怖がりっぷりをさっき出せてれば、百点満点やったんやけどなあ」
泣き叫ぶ男性信徒の懇願は受け入れてもらえず。道場の外へと連れて行かれてしまいました。
ナラト「ほんなら次は……あんた」
ナラトさんは、別の信徒を指差します。今度は三十代後半くらいのふくよかな女性が立ち上がりました。このように信徒を一人ずつ指名し、それぞれの恐怖の対象を見せて思い切り怖がらせる。これが光のチャーペンソンで行われている、「恐撃日証」という修行の一環のようです。
この日の修行は、朝十時から夜九時まで続きました。




