密着三日目
この日、駄菓子さんと桑島さんによる対談が実現しました。開催場所として選んだ会議室に、集合時間の二時間前にやって来た桑島さん。やる気に満ちあふれています。駄菓子さんが来るまでの間、言いたいことを書き記したのであろう手帳を何度も見返していました。
駄菓子さんは開始十分前に到着。今日も上下黒の衣服です。
長テーブルを挟んで、向かい合うように座る二人。駄菓子さんとそのアンチファンによる一対一の対談が今、始まりろうとしています。念のため、二人には二メートルほど間隔を空けて座ってもらいました。これなら、殴り合いに発展しそうになっても、すぐに割って入れるでしょう。
桑島さんの顔には、すでに怒りが滲み出ています。眉間に薄くしわを寄せて駄菓子さんを凝視する様子は、まるで獲物を狙うジャガーです。一方、駄菓子さんの表情は冷静そのもの。入浴中のカピバラのように落ち着いています。
正反対な彼らの対談は、お互いが納得する形で終わるのでしょうか。
先手必勝とばかりに、桑島さんが口火を切ります。
桑島「駄菓子さん。いや、この場はあえて呼び捨てさせてもらう。駄菓子、お前は何らかの手段でファンをでっち上げている! 心の底からお前を支えようと思ってる人間なんてほとんどいない!」
早速アクセル全開な桑島さん。駄菓子さんに仕掛けました。挑発するのような口ぶりですが、駄菓子さんの表情は変わりません。淡々と返答します。
駄菓子「結論を先に言わせてもらうと、そのような事実はありません。が、頭ごなしに否定するだけでは水掛け論になるだけでしょうから、まずは桑島さんの話を聞かせてください。私がファンをでっち上げているとして、あなたが言う『何らかの手段』とは、何でしょうか?」
桑島「それは……わからない。でも今のお前が作ってるホラーコンテンツを怖がってる人間がいるとは思えない! 『同級生の家』もそうだが、怖い要素なんて一つもないじゃないか! 最近のお前が作るものは全部そんな感じだ! 雰囲気だけ!」
駄菓子「『思えない』や『感じ』などの言葉からして、私に向けられている嫌疑の根拠はなく、すべて桑島さんの感覚が発端という認識で良いでしょうか?」
桑島「いや、根拠はちゃんとある! 写真だ! 『同級生の家』には、同じ人間が何度も足を運んでいた! こいつらはお前が仕込んだサクラだ! ファンがいないからサクラを用意したんだろ!?」
駄菓子「イベントの参加については、一人一回までのような制限は設けていません。上限なく何度でも来場可能でしたから、リピーターもいたでしょう」
桑島「百人もだぞ!? 僕が見ただけで百人もの人間が何回も来てたんだ! 写真もある!」
駄菓子「累計来場者数八万人のうちの百人ですよ。充分にあり得る人数だと思いますが?」
桑島さんの切り札だった来場者の写真は、駄菓子さんにあっさりと論破されてしまいました。対談を開始してから、まだ五分と経っていませんが、駄菓子さんのペースになっています。
しかし、この程度で引き下がるようなら、桑島さんはアンチファンを自称していません。彼には、駄菓子さんに伝えたい想いが山のようにあります。かつての好意が裏返り、憎しみになってしまった桑島さん。駄菓子さんの大ファンだった分、桑島さんの憎悪の感情も膨大です。「ここでぶつけずに、いつぶつけるんだ」と言わんばかりに、桑島さんは感情を吐露し始めます。
桑島「最近のお前、おかしいぞ! あんなに素晴らしいホラーコンテンツを作ってた、昔の駄菓子はどこに行ったんだよ! お前が作る動画も、小説も、どれも怖くて面白かった! 何回も見た! それが何だよ、ホラーシーカーって! ただ何でもないものを『怖い、怖い』って言ってホラーにこじつけてるだけじゃないか! お前はホラーを突き詰めすぎて、何が怖いのかわからなくなっちまってるんだ! そうだろ!?」
駄菓子「論点をすり替えないでもらえますか? 質問に答えてください。私は、具体的にどんな方法を使ってファンをでっち上げているのか、とお聞きしましたが、まだ回答をもらえていません。桑島さんの予想でも構いませんので、お答えください。もしかして、私の声、聞こえてませんでした? なら今すぐ耳鼻科に行くことをお勧めします」
桑島さんの想いを込めた発言は、駄菓子さんに一蹴されてしまいました。確かに、駄菓子さんは桑島さんの疑問について、すべて答えを伝えました。しかし桑島さんは、激しく喚き散らすだけで、駄菓子さんの質問に答えていません。議論を進めるには、まず桑島さんが冷静になって回答を述べる必要がありそうです。
桑島「お金を握らせたか、弱みを握ったか、それか……洗脳したんだろ! そうだ! 洗脳したんだ! まさにホラーだのオカルトだのが好きなお前がやりそうなこと! お前は……そう、動画をたくさん作ってたから、そこにメッセージを潜ませて、見た人を洗脳したんだ!」
駄菓子「サブリミナル効果ですか。なるほど。……桑島さんは、私の動画を見てくれていたんですよね? しかもさっき、何回も見たとおっしゃっていた」
桑島「そうだよ! 大ファンだったからなあ!」
駄菓子「では、あなたが洗脳されていないのはなぜでしょう? 何回も見ていたのなら、あなたもサブリミナル効果で洗脳されていたのでは? それか、桑島さんは洗脳なんて通用しない、ものすごく強い信念をお持ちの方なんですかね? いや、そんなはずないか。さっきから声が大きいだけで、言ってることがぶれてて明らかに動揺してますし」
駄菓子さんに図星を突かれたのか、黙り込んでしまった桑島さん。もし駄菓子さんが自身の創作物で人々を洗脳していたとしたら、熱心なファンだった桑島さんが洗脳されていないのは、確かに不自然です。またも論破されてしまいました。
勢いが弱まった桑島さんに、駄菓子さんが畳み掛けます。
駄菓子「昔から、私のやっていることを虚業だの、センスがないだのと揶揄する人は、桑島さん以外にも大勢いました。そもそも私自身、万人に受け入れられるとは思っていません。私が水なら、弾き合う油のような人も存在するはずです。ならば、無理に混ざり合おうとしなくていいじゃないですか。気に入らないのなら、関わらなければいい。お互いに放っておけばいい。それだけの話では?」
桑島さんは俯きます。やはり、答えが見つからないようです。反面、駄菓子さんの追撃は止まりません。
駄菓子「私はホラーシーカーであると同時に、クリエイターでもあります。クリエイターは今までと同じことやり続けるだけでは生き残れません。常に新しいことを追い求め、生み出していく。そうして生み出したものが世間から理解されず、叩かれることもあります。だとしても、めげずに突き進む。その姿を応援してくれる人がいるならば、その人たちの期待に応えるべく努力する。私も他のクリエイターと同じように、ただそうしているだけなんです。私が作ったものが桑島さんの舌に合わなかったにも関わらず、売買という形でお金をとってしまったのだとしたら謝ります。返金もします。それで、私とお別れするわけにはいきませんかね?」
桑島「……僕はただ……お前の、怖くも何ともないホラーが賞賛されているのが意味不明なだけで」
駄菓子「うんうんうんうん」
桑島「おい、今の……あのさあ、目上の人に対してその相槌はないだろ? せめて『はい』じゃないのか?」
駄菓子「あー、やっぱり言ってきましたね。私、今あえて失礼な相槌を打ってみたんですけど、思ったとおり責めてきました。桑島さん、もう言い返す言葉がないんでしょう? だから、こんなわかりやすい釣り針に食いついちゃったんだ」
桑島「ちが……お前が礼儀を欠いてるから」
駄菓子「礼儀を欠いていると言うのなら、桑島さんは初っ端から私のことを呼び捨てにしたり、『お前』と呼んだりしていますよね? それとも桑島さんが生まれ育った国では初対面の相手を『お前』と呼ぶのが礼儀なのでしょうか?」
桑島「ああ! くそお! 揚げ足取りやがってえ!」
桑島さんは完全に、駄菓子さんの手のひらの上といった状態です。二人で話し合い、双方が納得できる落とし所を見つけるものかと思っていましたが、駄菓子さんは桑島さんを封殺しようとしている様子。
怒りのあまり、桑島さんは拳でテーブルを叩きます。大きな音での威嚇。それでも、駄菓子さんが屈することはありません。
駄菓子「ちなみに、この対談が始まってから私は、桑島さんの中に恐怖の因子を六つ見つけました。いずれも、暴力や暴言といった文脈の恐怖ではありません。そういうのはあまりに短絡的で、私がターゲットとしているユーザーには刺さらない。要は、恐怖としてありきたりで、コアなホラー好きの欲求を満たせるほどの面白みがないんです。そうではなく、私がやったのは、桑島さんの人となりから日常生活を想像し、それを因数分解した上で恐怖の因子を抽出すること。すなわち、桑島さんの日常をあらゆる角度で切り取って、そこから最大公約数の人が共感するであろう恐ろしい出来事を見出すということをしました。あとは、見つけた恐怖の因子を、私が持つホラー表現のフォーマットに当てはめればコンテンツが完成します。これが今の私、ホラーシーカーとしての駄菓子の活動です」
桑島「うるせえんだよ! そういう屁理屈が恐怖心を薄れさせるんだよ! この御託野郎!」
駄菓子「御託のように聞こえたのでしたら、すみません。ですが、こうして自分の分析結果を口にしないと、忘れてしまうんです。なぜなら、私は恐怖の因子を次々と見つけてしまうので、一つ一つの印象が薄まってしまって」
桑島「黙れ! お前はそうやって小難しい言葉を並べて! ホラーが何かわからなくなった自分を正当化するための暗示をかけてるだけだ! 違うか!?」
駄菓子「うんうんうんうん、そうそうそうそう。……小難しい言葉を排除してみましたが、いかがでしょうか?」
桑島「あああああもう! うるせえ!」
桑島さんは勢い良く椅子から立ち上がります。そして椅子を蹴ると、会議室から出て行ってしまいました。追いかけようとしましたが、外の廊下を猛スピードで走る彼に追いつけそうにありません。そのまま、行方をくらましてしまいました。
この対談は、駄菓子さんが圧勝したということになるでしょう。実際にアンチファンと話してみてどう感じたのか、お話を聞いてみます。
駄菓子「あんなに食ってかかってくる人は久しぶりでしたから、私も少しスイッチが入ってしまいました。でも、桑島さんが言っていることに、少し納得させられたんです。あの人、『お前はホラーが何かわからなくなっている』って言ってたじゃないですか。確かになあ、とも思うんですよ。ホラーが何かわからない。だからこそ、あらゆるホラーの可能性を探っている。それがホラーシーカーなんだなって。恐怖の真理みたいなものを見つけてしまったら、その時点でホラーシーカーとしての私は価値を失ってしまう。自分の活動の意義を自覚できたという点では重要な時間だったと思うので、やって良かったです」




