密着一日目
二○二五年十月から十二月までの三ヶ月間、東京都目黒区にて、体験型ホラーイベント『同級生の家』が開催されました。学校ではいつも身近にいて、よく知っているはずの同級生。しかし、彼ら彼女らの自宅に一歩入ると、そこには「異空間」が広がっていた。そんな経験をしたことがある人は多いでしょう。知人が持つ「見知らぬ一面」と、その一面が出来上がったルーツである「家」をコンセプトにしたイベントです。
会場は、平成初期から中期ごろを思わせる、ごく一般的な家庭の内装を再現した二階建て住宅。お客さんはその中に入って異空間を体験します。隠れているオバケが飛び出す、なんて仕掛けはありません。見知った物しか置いていないただの家なのに、なぜか自分が知らない世界に来てしまったように感じる。そのギャップが生み出す「恐怖」や「違和感」を楽しむイベントなのです。
開催期間中の累計来場者数は、なんと八万人。ホラー系のイベントとしては異例の数字を記録しました。
実際に訪れたお客さんに感想を聞くと、多くの人が大絶賛。
女性客「小学生のとき、友達の家に初めて行ったときのことを思い出しました! 自分の家じゃないと、どこに何があるのかとか、誰がいるのかとかがわからないじゃないですか? だから、ちょっと物音がしただけでも過剰にびっくりしちゃったなって! 完全にあのときの感覚に戻りました!」
男性客「僕のウチにはなかったんですけど、中学の同級生の家には仏間があって。仏壇とか遺影とかが置いてあったのが、何だか不気味だったのを覚えてます。同級生は慣れっこだから何とも思ってない感じも、妙に怖くて。当時のことがフラッシュバックしましたね」
大盛況に終わった『同級生の家』。このイベントを企画・プロデュースしたのが、駄菓子さんです。彼についてわかっていることは、二十八歳の男性ということと、『ホラーシーカー』という職業であることのみ。本名、出身地、過去の経歴などは、一切不明です。
今回の密着では、謎に包まれた駄菓子さんの素顔に少しでも近づきます。
駄菓子さんのトレードマークは、その服装。人前では必ず上下とも黒一色の衣服を身につけています。「エサを求めて街を飛び回るカラス」をイメージしているそう。ホラーシーカーとして活動することは、まさにカラスと同じなのだと彼は語ります。この日も、取材用に借りた白を基調としたレンタル会議室と真逆の色合いの出立ちで現れました。
まずは駄菓子というお名前の由来、そしてホラーシーカーがどのような仕事なのかについて聞いてみます。
駄菓子「名前の由来は、子供の頃の私が無類の駄菓子好きだったからです。ビッグカツとか、酢だこさん太郎とか、よく食べてました。そしてホラーシーカーの仕事とは、その名のとおりホラーをシーク、つまり『恐怖を探究する』ことです。人を怖がらせるために作られた物ではなく、別の意図で作られたごくありふれた物、あるいは現象の中に恐怖心を引き起こす因子を見つけ出します。その『恐怖の因子』を人々にわかりやすく伝え、ホラーコンテンツとして楽しんでもらう。これが仕事です。『同級生の家』というリアルイベントは私にとって初めての試みでしたが、いつもは映像や書籍を作ることが多いですね」
たとえば、ゾンビの覆面は見た人に恐怖心を覚えさせることを目的に作られています。そういったものではなく、私たちが普段使いしている物や日常生活で起きる現象の中から、隠れた恐怖の因子を見つけ出すことがホラーシーカーの仕事なのだと駄菓子さんは語ります。それでも少しわかりにくいので、具体的な例を示してもらいました。
駄菓子「『同級生の家』でも展示しましたが、固定電話ってあるじゃないですか。本体と受話器がコードでつながれた電話ですね。これって、鎖鎌みたいな凶器になるんですよ。本体の部分、あるいは受話器の部分を投げて他人を攻撃する。その後、コードを引っ張って手繰り寄せる。こうして使えば、まさに鎖鎌と同じ仕組みの凶器ですよね。これ、怖いでしょ? ただの電話が、殺傷能力を持つ凶器に様変わりしてしまうんですよ。こういう風に、顕在化していない恐怖の因子を探すのが私、すなわちホラーシーカーです」
非常に珍しい仕事だということと、現在はまだ職業として確立されていない仕事だということがわかりました。ホラーシーカーとして活動することで、駄菓子さんは生活できるだけの収入を得られているのでしょうか。
駄菓子「最初は無収入でしたし、今も『恐怖を探究すること』自体に金銭は発生していません。誰も気づかなかった恐怖の因子を見つけて、それを何かしらの『創作物』として形にして、価値を見出してくれた人々に購入してもらう。これで初めて私の収入になります。『創作物』というのはさまざまです。映画とか、小説とかのこともあれば、イラストや石膏像を作成するなんてこともありますね」
こうして聞いていると、ホラーシーカーの活動はアーティストに近いように思えます。
駄菓子「確かに私のことをアーティストと呼ぶ人もいます。しかし私の自認として、ホラーシーカーの真の役割は恐怖の因子を見つけることであって、アーティストのように表現するのは二の次なんです。だから、発見した恐怖の因子を私自身の手で表現しないこともあります。他の誰かに『これはこういう視点で見ると恐ろしく感じますよ』という助言だけして、どう表現するかはその人にお任せする、みたいな」
今回の『同級生の家』ではイベントの企画・プロデュースに携わったため、代表者としてメディアなど人前に出ることが多かった駄菓子さん。しかし普段は、ホラークリエイターたちのアドバイザーのような立場で裏方に回ることが多いそう。
駄菓子「ホラーシーカーは、とにかく地味な仕事だと思います。あまりに地味すぎて、これから私がどれだけ活動しても仕事として認められないかもしれません。けど、それでいいんです。私の使命はあくまで『日常に潜む誰も気づかなかった恐怖の因子を見つけ出すこと』ですから。それをホラークリエイターたちに伝えて、ホラー業界全体の創作活動を活性化させる。そんなことができれば満足なんです」
スポットライトが当たることの少ないホラーシーカー。なぜ駄菓子さんは、このような活動をしようと決めたのでしょうか。
駄菓子「ごくありふれていますが、根底には『幼少期からホラーが好きで、作り手に憧れていたこと』があります。映画、アニメ、漫画、小説、ネットの匿名掲示板など、あらゆる媒体でホラーに触れてきました。だから漠然と、将来はホラーに関係する仕事をして、たくさんの人を怖がらせたいと思っていたんです。しかし、私が幼い頃は、ホラーを仕事にできる人は限られていました。映画監督になるとか、作家になるとか、狭き門を潜り抜ける必要があったと思います。でも、今はそんなことをしなくても、個人があらゆる方法でホラーコンテンツを創作できますよね。実際にホラーを主戦場としている個人クリエイターは増えてきています。中には、私が持っていないスキルを使っている人もいます。そういう人たちの力がなければ、私が見つけたホラーを人々に適切な形で伝えられないこともあるんです。だから、その人たちと共創できる立場にもなれるホラーシーカーの道を選びました」
自身が見つけたホラーを、最適な形で表現して人々に伝えて怖がらせる。自分の手に限らず、他のクリエイターの力を借りてでも伝える。それが、駄菓子さん本人も「地味」と評価するホラーシーカーとして活動すると決めた一番の理由でした。彼自身が持つ表現手法だけでは足りないくらい、恐怖の因子を無数に見つけてしまうのだそう。
駄菓子「小さい頃から、親や先生に『洞察力が高い子』と言われることが頻繁にありました。私が育つ中で、その洞察力が加速度的に鋭くなっているという自覚もあります。これがホラーシーカーという仕事に役立っているのは間違いありません。街を歩くだけで、さまざまな恐怖の因子が見つかります。今日、家からこの会議室に来るまでの間だけで、四十七個も見つけました」
それほどハイペースで恐怖の因子が見つかるのであれば、駄菓子さん自身の力だけでは表現しきれず、他のクリエイターの力を借りる必要があるという話にも頷けます。
駄菓子さんは、どのようにして恐怖の因子を発見しているのでしょうか。実際に見せてもらいます。会議室が入っているビルから渋谷の街に出ると、その瞬間、駄菓子さんが「もう活動が始まりましたよ」と口にしました。
駄菓子「私の服装、エサを求めて街を飛び回るカラスをイメージして全身黒にしていると言いましたよね。ホラーシーカーとしての私は、まさにカラスなんです。恐怖の因子というエサを求めて、街中を彷徨います。長い日は、十二時間くらい歩き続けることもありますね。散歩しているだけのように見えるかもしれませんが、建物、看板、すれ違う人々、その人たちの会話、植物などあらゆる物事に全神経を向けています。私にとって街を歩くことは、カラスがエサを探すのと同じ。いわば狩りなんです」
ビルを出ておよそ一分後、駄菓子さんの足が止まりました。そして牛丼チェーン店を指差します。都心部だけで数百店舗はあろうチェーン店です。ごくありふれたものですが、これにも恐怖の因子を見つけたと言うのでしょうか。
駄菓子「牛丼に乗せるお肉とかの具材って、熱々じゃないですか。あれをご飯ではなく、うつ伏せのまま動けないよう拘束した人間の背中にかけたら、大火傷しますよね。かければかけるほど皮膚が焼けただれ、筋肉や内臓にも致命的なダメージを及ぼすと思います。こう考えると、美味しい牛丼の『具』が、拷問器『具』になるんですよ。人間牛丼の出来上がりです。これ、怖いでしょ?」
牛丼の具を人間にかけ、人間牛丼にする。牛丼が持つ恐怖の因子を見つけ出した駄菓子さん。この発見もいつか、ホラーコンテンツとして何かしらの形になり、発表されるのかもしれません。
これがホラーシーカーの仕事なのです。
駄菓子「ホラーシーカーとして私がやっていることは、大して奇異なことではありません。誰にでもできることです。私たちが暮らすこの世界は『恐怖』で満ちています。無数にあります。それに意識を向けられるかどうかの違いだけなんです」
さらに三十分ほど街を歩く中で、駄菓子さんはなんと一○四個もの恐怖の因子を発見しました。




