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食欲探偵  作者: 柊春三
1/1

1件目

『ピッ、ピッ、ピッ』

「合計、458円です。」


くたびれた格好の男が顔に笑みを貼り付けた。

新人警察官の高槻は男をちらりと見る。

三十代後半に見える髭面の男と目が合う。

この年でコンビニ店員なんて訳ありなんだなと思った高槻はちょうどの金額を乱雑に置き、商品を掴む。


「ありがとうございました。」


そういう男の声を背中に受けつつ高槻は無言でコンビニを出た。


「おいおい、今のはねえんじゃないか?」


そう声をかけて来た中年の男は高槻の上司の安富巡査部長だ。

少し悲しそうな安富巡査部長は高槻を咎めるように見る。


「ないとはどういうことですか?私は彼に何の危害も加えてませんよ。」

「そういうことじゃねえんだよな。もっとこう…思いやりがさ。」


よくわからないと言ったふうの目線を送る高槻に安富巡査部長は困ったような顔をする。

これは安富巡査部長が指導をする予備動作のようなものだ。

何か話があると高槻は姿勢を正す。


「まあ、とりあえず今は急いでいるからな。とりあえず、戻るか。」


話をしないことに驚いている高槻を横目に安富巡査部長は先へと進んでいく。

急ぎの用事は何もなかったはずだ。

疑問に思った高槻は安富巡査部長に話しかける。


「急ぎの用事はなかったはずですが…。」

「うーん。まあさっきちょっとできたんだよ。」


さっきというとコンビニで買い物をしていた時だろう。

そうなればと急いで高槻は安富巡査部長を追いかけた。







「刺殺事件?」

「まあ死亡者がいないから刃物を使った傷害事件だな。」


警察署に戻るとそこには新しい現場の資料があった。

人通りの少ない橋の上で白昼堂々、女性が刃物を持った人物に切り付けられたらしい。

幸い女性の命に別状はなかったが二針を縫う大怪我だったらしい。

ちらりと見た安富巡査部長の顔は険しい。

確かこれくらいの娘さんがいるんだっけ?


「現場に向かいますか?」

「…そうだな。」


そう言って2人は警察署を出てさっきのコンビニの前を通って大通りに出る。

そう言えばさっき買った飲み物を置いてきたななんて呑気なことを考えながら高槻は安富巡査部長の後を追いかけた。


大通りから少し歩いたところで川に出た。

川の大きさに対しては小さな歩行者だけが通れる橋がかかっていた。


「ここが現場ですね。」

「ああ、そうだ。にしても変な橋してんな。」

「確かここ付近には監視カメラはありません。」

「聞き込みするしかねえな。高槻、足で稼ぐぞ。」

「わかりました。」


高槻はふと辺りを見渡す。

防犯カメラのない閑静な住宅街。

人気のつくような場所でもない。

これは長くなりそうだと思った高槻はため息をついた。


「え?ほんとか!?」


いきなり安富巡査部長が素っ頓狂な声を上げた。

どうやら電話に出ているようだ。

驚いた顔の安富巡査部長が携帯から耳を逸らしてこちらを見た。


「犯人らしき人物が見つかったぞ。」

「え?」









暗い取調室の中で犯人らしき男は虚な目をしていた。

見るからに憔悴しきっていてずっと何かに怯えている。

少し離れた位置からでも唇が震えているのがわかった。

資料を見ると、あの橋の近所に住んでいて近所の寝ぼけたお爺さんが見た顔と似ているらしい。

何とも曖昧な話だと思う。

それにどうやらその近くの監視カメラにはその男は映っていないらしい。

マジックミラー越しに男の問答を見ているとこの男は犯人は犯人ではないのではと思う、

ちらりと隣の安富巡査部長の顔を見るといつも以上に険しい顔をしていた。



「だぁからぁ、俺はないって…言ってるだろ!」


不定期に強くなる語尾が男の不安定さに拍車をかける。

睨め付けるように目の前の人間全てを見つめる。


「じゃあ、その日何をしていたんだ!」

「…その日は八条さんとこでぇラーメン食ってたかなぁ?」

「八条さん?」

「なぁもういぃだろぉ?返してくれよぉ。」

「高槻、そのラーメン店を調べろ。」

「はい。」


そう言われた高槻は急いで八条さんと言われたラーメン屋を調べる。

するとラーメン八条という店を少し離れたところに見つけた。


「遠いな…。」


もし男の証言が本当なら、この距離を交通機関や監視カメラに映らずに移動するのは不可能だ。

やっぱりこの人は犯人ではないんだろうなと思ったまま高槻は警察署を出た。

なぜか部屋を出る前のドアの窓に映った安富巡査部長は不安そうな顔をしていた。






「すみません。」

「おお、いらっしゃ…警察?」

「はい、少しお話を伺いたくて…。」

「何も悪いことしてませんよ。」

「あの、このお店って監視カメラってあります?」

「そんなん置いてないよ。やり方わからんからね。」

「そうですか…。じゃあこの人ご存知ですか?」

「ん?」


カメラがなかったのは予想外だったが、とりあえず男の写真を見せる。

店主は首を傾げて写真を凝視したと思ったら、こめかみを抑えて何かを唸っている。


「見たことある気もするんだが…あータクシーで来てたにいちゃんかな?」

「タクシーですか…。あの、昨日この方このお店に来られましたか?」

「昨日?昨日は人多かったからな〜。」


そうやってまた店主はこめかみを抑えて唸り出した。

店の奥から店主の妻らしき人物が心配そうに見ている。

監視カメラ映像に全て頼るつもりだったのに想定が全て外れた高槻は次の動きをどうするべきか、少しの笑みを貼り付けた顔で考えていた。


チリンチリン


ドアが開いて誰かが入って来た。

少し昼時を過ぎたが客のようだ。

後ろを振り向くとだらしない服を着た男が立っていた。

男は高槻の顔を見て少し驚いた顔をした。


「あら、テツさん。」


今まで黙っていた奥さんがパッと笑みを浮かべて男に話しかけた。

どうやら常連のようだ。

テツさんと呼ばれた男は顔を綻ばせ、会釈をした。


「いつもの?」

「はい、いつもので。」


そう言って奥さんはニコニコ笑いながら厨房に引っ込んでいった。

その後ろ姿を見ていた男はハッとなりこちらを見る。


「あ、大将今大丈夫?」

「大丈夫だ。ちょっと話聞かれてただけで、やましいことなんてねえしな。」

「へえ。お疲れ様です。」

「どうも。」


お疲れ様と言われて何だか自分が認められる気がして少し嬉しく思う。

目線をずらすと、男と目があった。

どこかで会ったことがあるような気がする。

一瞬首を傾げた高槻だったがすぐに答えがわかった。


「あ、コンビニの。」

「覚えててくれたんですね。」


そうだ、あのコンビニの店員だ。

高槻が冷めた目を向けた。

そう思うと一気に居心地が悪くなった。

目を少し逸らしながら、店主の方を見ると店主は何か思いついたように手をポンと叩いた。


「警察さん、テツさんに聞けばいいさ。」

「え?」

「テツさんはすげえんだ。頭がいいからきっとわかるさ。」

「いや、頭がいいとかそんな…。」

「協力できるならさせてもらいますよ。」


そう言って男はにこりとこちらに微笑んだ。

店主は名案を思いついたように自信ありげにこちらに顔を向けてくる。

正直頭がいいに大した信頼はないのだが、ダメ元で聴くことにしよう。


「あの、昨日この店に誰が来たかとか覚えてますか?」

「昨日?ああ、昨日は俺は一時すぐにここに来たんだけど、その時には窓際のカウンター席に味噌ラーメンを食べてる三十代くらいの女性が1人、醤油ラーメンとチャーシュー麺の半チャーハンセットを食べている親子が受付横のボックス席に1組、醤油ラーメンの餃子セットを食べている四十代のサラリーマンっぽい男性がそこの真ん中の席に1人、ネギラーメンを食べている高校生らしき五人の男の子が窓際のボックス席に、その向こうに天津飯食べてる七十代くらいの老夫婦がいましたね。俺はそこの席でラーメンセット食べてました。」


男は口を開くとまるで目の前でその状況を見ているように話し出す。

呆気に取られている高槻を見て、男は不思議そうな顔をした。


「メモとか大丈夫ですか?」


その一言を聞いた時に高槻は慌ててさっきの話をメモする。

その横で男は店主の奥さんが差し出したラーメンセットを見て目を輝かせていた。

まるで宝物でも見つめるようにうっとりとラーメンを見つめる様は食欲をそそり、思わず唾液が溢れる。

一通りメモし終えボールペンを手帳に直そうとした時にクシャッと音がした。

そこには男の写真があり、その写真を見せていないことに気づいた。


「あ、あのこの人見ましたか?」

「どの人ですか?」


男は写真を一瞬見たあとああと言いながら頷いた。


「昨日でしょ?見ました。ここから少し言ったところにコーヒーショップ米山っていうところがあるんですけど、そこでサンドイッチとコーヒー飲んでましたね。あのたまごサンド美味しそうだったな。」

「コーヒーショップ米山…。」


急いで高槻はその場所を調べる。

すると徒歩十分でその橋に辿り着ける場所だ。

確かこの付近には監視カメラは少なかったはず。


「その店に行ったことないけど、なんかオーナーがミーハーらしいですよ。だから監視カメラとか置いてるかも。」

「ミーハーは置くのか?」

「きっとここから監視カメラってすっごい普及していくと思いますよ。大将も使ったら?」

「俺はこのままでいい!」


なんて会話を聞きながら高槻は急いで安富巡査部長に電話をかける。


「安富巡査部長、コーヒーショップ米山です。そこを調べてください。」

「わかった。ご苦労。」


それだけだったが確実に自分を誉めてくれた言葉を高槻は噛み締めた。

するとここまで言っておいて男の名前を聞いていなかったことに気づく。


「あ、あの。お名前を教えてもらってもいいですか?」

「俺?松林哲夫です。連絡先は待ってくださいね、紙に書きますね。」


はいと言って連絡先も書いた紙を手渡す松林の顔を見て高槻は居た堪れない気持ちになった。

高槻はこの男を蔑んだ目線で見ていたことを後悔した。

しかしそんな気も知らずに松林はさっさとラーメンセットを平らげて会計していってしまった。

一つため息をついた高槻は捜査の協力感謝の言葉を言ってラーメン八条を後にした。


結果としてその男は本当にコーヒーショップ米山で食事をとっていた。

オーナーの米山は監視カメラを導入していてその映像が証拠になり、そこから少し離れた住宅に移動する様子を近所の住人が見かけておりそのことを男に話すと簡単に自供した。


男は被害者女性に付き纏い行為をしていたらしい。

刃物で刺したのは、コーヒーショップ米山で男とランチをしているのを見たかららしい。


「魔が刺した。」


そんなふざけたことを男が言っていたらしい。

このことは安富巡査部長に聞いたことだ。


「まさか、あんな決定的な証人連れてくるとはなぁ。」

「運がよかったです。あの松林さんの記憶力がなければもう少し時間がかかっていたと思います。」

「松林ねぇ。そんな能力持っててフリーターか…。」

「警察になればよかったのに。」

「…まあ人には理由があるんだろうよ。」


そう言って安富巡査部長は飲み終えたコーヒーの缶をゴミ箱に捨てた。

ゴトリと音がなり、飲み口に溜まっていたコーヒーがゴミ箱の口を汚した。

高槻は大きな事件の捜査に関われたことで胸がいっぱいになり大きく息を吸い込んだ。









「いらっしゃいませ〜。」


コンビニ店員がいつもの挨拶で客も迎える。

高槻はいつも買う、鮭おにぎりと緑茶を持ってレジに持っていく。

ポケットを漁り、財布をゴソゴソと取り出す。


「いつも同じで飽きないんですか?」


ふと話しかけられ顔を上げるとそこには松林がいた。

レジのカウンターの向こうでいつもの笑顔を貼り付けている。


「あなただって、いつもラーメンセット食べてるんでしょ?」

「週一ですよ。あの時は特別に2回行っただけで。」

「特別?」


ふふっと松林は笑った。


「はい。フリーターを下に見る新人警察官を笑顔で対応しきれたので。」

「…すみませんでした。」


何と気づかれていたとは。

安富巡査部長によく言われる態度に出ているとはこのことだったのだろうと思った。

あとは、意外と人はお前のこと見てるぞだったっけ?

目線を泳がせながら、まるで母親に悪事を告白するような気持ちで松林を見る。

松林は笑っていた。

まばらに無性髭の生えた口元を歪ませ笑みを浮かべていた。


「怒ってませんよ。でも、もしよければ仲良くしてくれると嬉しいですね。」

「仲良く…。わかりました、よろしくお願いします。」

「はい、お仕事頑張ってください。」


そんな軽い調子でフリーターと警察官の不思議な友好関係は始まった。

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