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迷い子たちの帰還  作者: やす。


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第五章 迷い子たちのその後

無事に帰還を果たした二人は、その後…

第一節

迷い子たちのそれから

 「奇跡の帰還」と呼ばれた、二人の宇宙での逆転劇から、数か月が経過していた。帰還後、メディカルチェックの為、数日間の入院を余儀なくされた太一と退助だったが、退院後の彼らを待ち受けていたのは、いつの間にやら自分たちを、一躍時の人として祀り上げた世の中だった。

 テレビや、ネット番組への出演をはじめとして、講演に新聞、雑誌の取材と、ありとあらゆるマスメディアへの、寝る暇も無くなるほどの対応を求められながら、その後の期間は、次の任務までの待機期間という扱いで、別の仕事も、こなさねばならなかったのだが、それはまた、違うお話。

 穏やかな浜辺。最近になって、やっと通常の日々を取り戻し始めた太一と退助は、ようやく大事な約束を果たす為に、海の見える小さなレストランを借り切っていた。遂に挙式の日を、迎えたのである。

 少しだけ招いた友人と同僚たち。宇宙服ではなく、軽いスーツ。潮風。誓いの言葉は、長くない。

「順番じゃない。」

退助が言う。

「交代でもない。」

太一が続ける。

「一緒に生きる!!」

二人の声が、重なる。

 拍手。波の音。遠くの空に、昼の月が薄く浮かぶ。あの深宇宙は、確かにあった。迷子にもなった、でも帰ってきた、二人で。完全な救済。ちゃんと、生き延びた。

第二節

迷い子たちの始末記

 あの帰還から数年間。二人は約束どおり、あと何度か宇宙へ向かった。短期軌道任務、深宇宙補給試験、火星中継ステーションの整備。

 かつての“賭け”のような航海は、もうない。だが、常に最前線。それでも……宇宙開発機構からの内示を受け、ある日太一が静かに言った。

「そろそろ、若いのも育ってきたな。次に渡す時期かな?」

退助は少しだけ考えてから、うなずく。

「順番じゃないけどな。」

太一が応じる。

「交代でもない。」

二人で笑う。そして正式に、第一線を退いた。

 種子島の訓練施設。巨大なプールでの船外活動訓練。模擬コックピット。若い訓練生たちの緊張した顔。

教官席に並んで座る二人は、かつての英雄だ。

 だが本人たちは、そんな自覚はない。退助は実技担当。

「酸素残量を“数字”で見るな。呼吸で感じろ。」

若い隊員が戸惑う。退助はヘルメット越しに軽く叩く。

「宇宙は静かだ。でも自分の心臓はうるさい。それを基準にしろ!」

言葉は少ない。だが、重みがある。

 太一は理論と危機管理を教える。シミュレーション室。モニターに表示される“最悪ケース”。

「教科書通りにいく任務はない。」

静かに言う。

「二人で迷子になったことがある。」

ざわめき。だが彼は詳細を語らない。ただ最後に付け加える。

「帰る方法は、最後まで探せ!」

若い瞳が、まっすぐに彼を見る。

 ある日の夜。任務後の自宅。海の近く。縁側に並んで座る。湯呑みから湯気。波の音。宇宙の静寂とは違う、やわらかい音。退助が言う。

「若いやつら、眩しいな。」

太一は目を細める、

「怖いもの知らずだからな。」

退助が返す。

「お前もだった。」

太一も負けずに

「お前もな!」

 沈黙。心地いい沈黙。太一が空を見る。星がひとつ、ふたつ。数えながら言う

「なあ」

「ん?」

視線を退助に移し、顔を見つめながら。

「俺たち、迷子だったよな?」

退助は笑う。

「今もかもな。」

でも、その声は穏やかだ。行き先の分からない漂流ではない。選んで進む、余白のある時間。

 やがて。二人は共同で講義を持つようになる。テーマは――“帰還不能からの設計”。教科書には載らない判断。感情と理性の両立。そして“順番じゃない”という哲学。

 ある若い隊員が質問する。

「もしまた、同じ状況になったら?」

二人は顔を見合わせる。退助が言う。

「まず、隠すな。」

太一が続ける。

「一人で決めるな。」

そして最後に、二人同時に言う。

「隣を見ろ!」

教室が静まり返る。

 春。あの海。式を挙げた浜辺。二人は裸足で歩く。宇宙服の重さも、任務の緊張もない。ただ、波打ち際。退助がふと立ち止まる。

「なあ。」

「ん?」

「もう一回くらい、宇宙行きたくならないか?」

太一は少し考える。そして、退助の手を握る。

「ならない。」

退助は、ちょっと呆れ顔で。

「即答かよ!」

「今のほうが、重力がちょうどいい」

退助は笑う。

 空には、昼の月。あの時見た、薄い月と同じ。でも今は、帰る場所が決まっている。二人で育てた若者たちが、次の深宇宙へ向かう。

 そして二人は、ここで見送る。もう命を賭けなくてもいい。ただ隣にいる。名前を呼べば、返事がある。

それだけで満たされる時期を越えて。今は――呼ばなくても、そこにいる。

第三節

迷い子たちの真実

 休日の午後。海風がやわらかい日だった。二人が訪れたのは、市立図書館。小さなカフェが併設されている、木の匂いのする建物。

 午後の光が本棚の背を照らしている。退助はカフェでコーヒーを受け取り、

「ゆっくり選べ。」

と笑う。

 太一は、あてもなく社会学の棚を眺めていた。そのとき。まるで、引き寄せられるように。一冊の背表紙に、指が止まる。『同性婚の制度化に関する背景資料』、ページをめくる。法改正の経緯。海外の事例。日本における議論の歴史。さらに奥へ。

 資料編。『昭和初期の男性同士の私的関係の研究』古い新聞の抜粋。日記の断片。匿名の手記。太一の視線が、ある一文で止まる。

「言葉は交わさずとも、分かり合っていた。隣に立てるだけで、十分だった。」

息が、止まる。たった一行。名前は出ていない。時代背景の説明も曖昧。

“ある港湾労働者による手記より抜粋”。

 本人の死後、発見された文章。世間の理解はなかった。制度もなかった。それでも。

“隣に立てるだけで十分だった”。

ページを持つ指が、わずかに震える。

 その時、後ろから退助の声。

「読みたい本、見つけたか?」

太一は本から目を上げる。何も言わず、本を差し出す。退助が読む。数秒。ほんの数秒。そして、ゆっくり顔を上げる。

 目が合う。言葉はいらない。分かる。それは、確実に二人の事だった。時代も、立場も違う。だが。同じ重力。同じ選択。

“隣に立てるだけで、十分だった”。

退助が、小さく息を吐く。

「俺たち、資料になったか。」

太一が苦笑する。

「名前が出てなくてよかったな。」

「出てたらどうする?」

開かれたページを眺めながら

「いっそ講義で引用するか?」

二人で、静かに笑う。カフェからコーヒーの香りが漂う。外では、子どもたちの声。世界は、何事もない午後を続けている。

 でも。太一は、もう一度その一文を読む。

“十分だった”。

昔はそうだった。名前を呼ぶだけで満たされる時期。隣に立てるだけで十分だった時代。今は違う。制度がある。祝福がある。式も挙げた。

 だが本質は、変わらない。退助が静かに言う。

「なあ」

「ん?」

「今も、十分だな」

太一は本を閉じる。そして、迷わず答える。

「うん」

それ以上でも、それ以下でもない。二人は本を元の棚に戻す。歴史の中に、そっと帰す。

 外に出ると、海からの風が吹く。退助が歩き出す。太一が隣に並ぶ。肩が、触れる。特別なことは何もない。宇宙もない。警報もない。ただ、同じ歩幅。

 太一は思う。あの深宇宙の迷子も、この穏やかな午後も、全部つながっている。

“隣に立てるだけで、十分だった。”

そして今。隣に、いる。


それが、二人の真実。



 はい、無事に還ってまいりました。とりあえず、二人のお話は、これでおしまい。昭和の二人の結末を、ほんのちょっと和らげたかったので、書き始めたんですが、いかがだったでしょうか?

 作者のそんな我儘に、付き合って下さったあなたに、心から感謝します。


 ありがとうございました。 

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