私の可愛い婚約者様が婚約破棄したいそうです
ここは王宮内にある庭園。私はそこで、婚約者であるシャルル王子と親睦を深めるため、定期的にお茶会を行っているのですが。
「マーサ、お前と婚約破棄破棄する!!」
「シャルル王子……」
まだ十歳と、私より六歳も幼い私の婚約者シャルル王子は、久々に王宮で顔を合わせた私に対して、ビシッと指をさしてそう言った。
ああ……まさか、アナタがそんなことを言い出すなんて……。
「シャルル王子……アナタは一体どこでそんな悪い言葉を覚えられたのですか?」
「え……」
「そんなことを仰るような方では無かったはずです」
「そ、それは」
「誰からそうしろと吹き込まれたのですか、すぐに私へ教えてくださいませ」
「い、言わない……!!」
私が目を合わせて問いただすと、流石に気まずかったのか、王子はプイと顔をそらす。
あら、中々に強情ですわね……それならば、仕方ありません。
「そうですか、ではそんな悪い子には、今日のおやつはあげられませんね」
「!!」
「残念です、せっかくシャルル王子がお好きな木苺が入ったアップルパイと、チョコチップのたっぷり入ったクッキーがあるのですが、持ち帰ることにしましょう」
「ぁ……」
私がテーブルに置いたお菓子の入った籠を持ち上げると、シャルル王子は悲し気にそれを目で追う。が、私はそれに敢えて気付かないフリをして、彼に背を向ける。
「ま、マーサ……」
「はい、なんですか」
「……なさい」
「よく、聞こえませんね」
「ごめんなさい……!!」
「それは一体何に対しての謝罪でしょうか?」
「たぶん、マーサに嫌なこと、言っちゃったから……ごめんなさい」
そこまでの言葉を聞き届けると、私は改めてシャル王子に向き直る。そして腰を落として目線を合わせると、そっと肩に手を置いて優しく彼に声を掛けた。
「では、事情も話して下さいますね?」
「うん……」
シャルル王子を促して、椅子に座らせると今回の行動の動機について、ポツポツと語り出した。
「マーサは社交界でも褒めたたえられる優秀な淑女だから……婚約者もそれに相応しい紳士がいいって。本当は僕みたいに小さくて後ろ盾のない王子なんかよりも、もっと年の近い貴公子の方が良いだろうって、子守なんてさせられて可哀想だって……」
「シャルル王子……」
これは私とシャルル王子の婚約当初、4年前から囁かれていた噂だ。私の立場は婚約者ではなく実質的には世話係で、子守り令嬢などと揶揄されていることもしばしばありました。
王子の耳には届かないように配慮しておりましたが、ついにわざわざ伝える者が出てくるとは……許せません。
「だからもっとマーサの気を引かないとダメだって、何もしないでいたら、見捨てられるだけだって言われて……僕から婚約破棄だと言えば、マーサもきっと焦ってくれるって」
「それは一体誰に言われたのですか?」
「最近、新しく入ったメイドから……でも自分が言ったって言わないようにって」
「さようでございますか」
まだ幼いシャルル王子。彼は約4年前、王宮内での後ろ盾がないままに母親である前王妃を亡くした。そんな幼い王子に父王は無関心。新しい王妃は彼を邪魔に思っているのが明らかで、王宮の人間の多くはシャルル王子にどこかよそよそしい態度だ。
「シャルル王子、このマーサの言葉を信じてください。私は絶対に王子の味方です」
「でも……だって……」
「それとも私のことが信じられませんか?」
私が王子の目をじっと見つめ、真剣に声を掛ける。すると彼はプルプルと小さく首を振った。
「マーサは僕に嘘はつかないから……」
「ええ、そうです。王子にもそう仰って頂けて嬉しいです」
にっこりと笑顔を浮かべつつ、私はシャルル王子の小さな頭を優しく撫でる。すると今度は俯きがちなままの王子が、目を合わせずにおずおずとこう問いかけてくる。
「マーサ、僕のこと嫌いにならない?」
「なりませんよ、こんなにも大好きですもの」
「……見捨てない?」
「そんな訳ありません、私はずっとシャルル王子のお側におりいます」
私の言葉を聞いたシャルル王子は緊張の意図が切れたのだろう「うわぁん」と声を上げながら、大粒の涙を流し始めた。
そんな王子の涙を私はハンカチを出して、優しく拭ってあげる。
「ごめんなさい、シャルル王子がこんなにも不安だったのに気付けなくて」
「ちがう……ひぐっ、マーサは悪くないもん……!!」
そんな風にわんわん泣く王子のことを優しく宥めて、落ち着いて来た頃、私は彼に一つこのような提案をした。
「シャルル王子、よろしければ今日は我が公爵邸にお泊りになりませんか?」
「え?」
「実はもっと王子と一緒に過ごしたくなってしまったのです」
「い、いいの?泊まりに行っても……」
「ええ勿論、シャルル王子がお越し下さるなんて、こんなに嬉しいことはございませんわ。国王陛下にはこちらから許可を取って置きますので」
「……行く!!」
全身から嬉しさが滲んだ様子のシャルル王子の様子を見て、私も嬉しくなる。
「では、すぐに参りましょう」
そうして私はシャルル王子の手を取りながら、近くに控えさせていた優秀な従者へ目配せをして、必要な準備や連絡などをするように促す。
王宮の者は基本信用できないので、お茶会中は側に置いておらず、最低限いるのは王宮の庭園の出入口など、要所要所に配置された警備兵くらいだ。その者たちも基本私のすることに干渉はしないので、近くを通る際に彼らが礼を取るだけ。それらを横目して、私はシャルル王子と我が公爵家の馬車に乗り、堂々と王宮を抜け出したのだった
「マーサの家、行くの久しぶりだから楽しみ!!」
「ええ、私もとても楽しみです」
本来であれば、予定が詰まっているはずの第一王子を急に連れ出すことなど出来ないだろう。しかし、シャルル王子は現王妃との対立から予定が極めて少ない。更に国王の無関心も相まって、婚約者であることを理由にした、我が公爵家の申し出がほぼ無条件で通ってしまう現状がある。
王子本人のことよりも有力な家門である、我が公爵家からの意見を聞く方が余程大事なのだろう。これこそがシャルル王子の今おかれている状況を如実に示している。
常に周りの都合に振り回され、シャルル王子本人のことを真摯に考えてくれる人間など、王宮内には存在しないに等しい。だからこそ、私は彼を守りたかった。
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シャルル王子と私が出会ったのは約4年前。当時十二歳の私が弟を亡くして一年経たない頃であり、まだ六歳のシャルル王子は母である前王妃様を亡くして、それほど経っていない時のことだった。
その時には既に国王陛下は今の王妃を妻に迎えており、そのせいもあってシャルル王子の王宮内での立場は、難しいものになっていたらしい。と、後からの話で知った。
弟の喪中でしばらく屋敷にこもっていた私は、用事があった父に連れられて王宮に来た。弟が居なくなって以来、ずっと塞ぎこんだままの私の気分転換にとでも思ったのだろう。
「王宮の庭園は今の時期バラが特に美しいらしい、折角だから私が用事を済ませている間に見てきなさい」
などと、庭園に置いて行かれたのだ。気乗りはしないものの、一人で時間もあるので仕方なくバラを見ようと庭園を歩いていたところ、綺麗に整えられた生垣の根元でうずくまっているシャルル王子を見つけたのだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
流石に慌てて近づくと、私の声に反応した彼は顔を上げた。その目は泣きはらしたように赤く腫れている。
「え、えっと……何かあったんですか?」
まだデビュタントも済ませていない六歳のシャルル王子を、当時の私は知るわけがなく。どこかの貴族の子息が、理由は分からないが何かあって泣いていると判断して声を掛けたのだ。
「みんな……僕のことが邪魔みたいだから……」
「邪魔……?」
「お母様が亡くなってから、王宮のみんなの態度が……ひぐっ」
そこまで聞いてようやく理解した。彼はつい最近母親を亡くした、第一王子のシャルル様なのだと。
「前はみんな優しかったのに……今は無視されることも多くて……」
これも使用人たちの王子への態度を指していると、すぐに分かった。国王陛下が再婚した事だけは、喪中で外の情報に疎くなった私の耳にも入っていたから。
使用人たちは新しい王妃がやってきた今、シャルル王子への接し方をはかりかねているのだ。
この幼い王子と親しくして、新しい王妃の不興を買ってしまわないかと。
「お母様もいなくて、僕ひとりぼっちみたい……」
そんな言葉をぽつりとこぼしたシャルル王子の姿に、私の胸は酷く痛んだ。
亡くなった弟よりも更に小さな子が、辛そうにしている現状がただそれだけで悲しかった。
「シャルル王子殿下、私はペンドラ公爵家のマーサと申します」
いきなり私が名乗ったことに理解が追いつかないのか、シャルル王子は「ペンドラ公爵家……」と言いながら首を傾げている。しかし私は構わず続けた。
「ええ、そうです。よろしければ私と婚約なさいませんか?」
「え……」
「そうすればシャルル王子は、ひとりぼっちではなくなります」
国内でも有数の権力を持つペンドラ公爵家。その家と婚約を結ぶことができれば、王妃の存在があったとしても、シャルル王子が目に見えて虐げられることはなくなるだろう。
「私がアナタをお守りしますので」
「本当……に?」
「ええ勿論です」
「婚約……する」
「……ありがとうございます!!」
そうしてシャルル王子の同意が得られた私は、すぐさまお父様にその話をして婚約の話を進めたのだった。しかしそれもスムーズには行かず、王妃やなんとお兄様にもシャルル王子との婚約を反対されることになった。まぁ最終的には全てどうにかなりましたが。
##
我が公爵邸に到着したその後。シャルル王子とは一通り遊んでから共に夕食も済ませ、彼が早めに眠ったのを見届けてから私は部屋を出た。
「さて、余計なことを吹き込んだ新しいメイドとやらの詳細は分かったかしら?」
「恐らくは王妃派の回し者だと思われますが、そこの正確な繋がりは掴めませんでした。ただこの為に金を掴まされていたのだけは、間違いありませんが」
「いつも通り上手くやっているわね……この前暗殺者を送り込んだ時もそうだったし」
こんな時の為に用意した、情報収集担当者から話を聞きつつ、私は深いため息を漏らす。
この4年間手を尽くしてきたのに、シャルル王子周りが未だに完全に掌握しきれなかった。定期的に密偵が送り込まれたり、暗殺者が送り込まれたりの繰り返しでキリがない。
証拠さえアレば、すぐにでも首謀者を引きずり降ろせるのに……。
「メイドの処置はいかがいたしましょうか」
「こちらもいつも通りよ。二度と私の大切なシャルル王子に近づけないようにしておいて」
「かしこまりました」
そうして指示を出したものが去っていく背中を見つめ、私は「ふぅっ」と息をつく。
これで王宮も綺麗になるだろうし、明日はまた王子を王宮に戻しても問題ないだろう。出来ることなら婚約者として、私も王宮に住めればいいけれど、我が公爵家の力を持ってしてもそれは流石に難しくてどうにもならなかった。
「大丈夫ですよシャルル王子、アナタのことは私が必ず幸せにしますからね。例え相手が誰であろうとも、アナタを傷付ける者は決して許しません」
亡くなった弟と同じ年になったアナタへ、亡くなった弟が得られなかった未来と幸福の全てを捧げましょう。アナタの幸せを見ることこそが、他でもない私マーサの幸せなのですから。
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