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93/102

《93》

***




 東京の大学を会場とする国立天文台の技師の採用試験と面接は、直前までのイメージほど、宙にとって悪いものではなかったように、彼女には思われた。


 筆記式の教養試験では、宙が名のある国公立大学に合格したことがあるだけに、難問という難問はあまりなかった。ただ、宙の予想とは裏腹に、技師の募集においては、天文学の知識は須要というわけでなく、むしろ機械の整備などの実務経験があれば尊ばれ、何より肝心とされたのは、やはり英語の能力であった。そして宙の中では、やむを得ないが、苦手としていた英語が全問題中でいちばん不出来なのだった。


 面接は、スターシップMINATOの館長の紹介が事前にあり、終始面接官との雑談みたいな形で進んだ。宙がプラネタリアンとして勤務する日常に関して、三人の面接官たちが質問し、彼女が回答するのだった。宙にしてみれば、確かに雑談の形ではあっても、面接官たちは、さりげない質問を通じて、プラネタリアンと、すばる望遠鏡の技師との間に、共通項がどれだけあるか探っているようだった。


「望遠鏡の技師とプラネタリウムの解説員というのは、かなり性質の異なる仕事同士でしょうが」


 と、面接会場の教室にて、一人の面接官が言った。椅子に座る宙が対面している、長テーブルの向こうの三人の内、真ん中の男だった。髪の毛をセンター分けにした、眉毛のいささか薄い男で、黒々とした髪が若々しいが、四十代半ばから五十くらいまでの年齢に見えた。


「天国さんとしましては、両者に関してどのようにお思いですか?」


 そう質問を投げかけられ、宙は機械的に「はい」、と応じるのだが、しばらく考えないといけなかった。彼女は少し目を伏せ、自問してみるのだが、自分に集中する三人の面接官たちの視線に、何とはなしに圧力を感じた。


「確かに、おっしゃる通り、二つの仕事は違うものです」、と宙は目線を上げて、緊張で微かにどもりながら言った。「望遠鏡は、生きた現実の星々を観察するものであるのに対し、プラネタリウムは、その現実の記録をドームに映し出すものです。ですが、両者とも、天体に携わる点では共通しています」


 宙の回答に、質問した面接官は、両隣の面接官と共にウンウンと無表情で頷き、「成るほど。ありがとうございます」、と結んだ。


 宙としては、通り一遍のものに過ぎない回答で済ました感じがあったが、あまり的外れでなく、無難であれば結構だった。


 採用試験と面接はお昼になる前に終わり、終わった時の解放感は、宙には名状しがたいものがあった。やれるだけのことはやったという感覚があり、後は結果の通知を待つだけだった。


 お昼になる少し前にやるべきことが済んでしまった宙は、何度かすでに来ているが、未だに物珍しい東京の街を巡ることにした。お昼ご飯は定食屋で食べ、渋谷、新宿、お台場などの名前のよく聞くところに電車で行き、道々ショップに入ってみるなどして、世界に冠たるフューチャーシティの趣きの、その洗練されたところや、また下品だったり粗野だったりするところを堪能した。


 その内夕方になり、宙は東京駅まで戻ってくると、窓口で新幹線の切符を買い、売店でお土産にするお菓子を買い、その時刻の新幹線に乗った。彼女は試験と遊びで心身共にくたびれたので、奮発して指定席のチケットを買い、混雑する自由席で長時間立ちっぱなしという憂き目を避けた。


 陽子にスマホのチャットアプリで『今、新幹線に乗った』、とだけ簡便に連絡すると、窓際のシートの宙は、枠に肘を突き、手でこめかみの辺を支えて、ぼんやり車窓を眺めた。


 暮れなずむ夕日に照らされる東京の街は、屹立するビル群に灯る細かい照明でまるで星空のように明るく、地方にはないエネルギーの充溢が実感されてくるようだった。


 そういえば、と宙はふと思い出されることがあった。欧華の父母が住まう彼女の実家は、東京ではなかったにしても、首都圏にあったはずだ。宙は、自分はこういうビル街の景色にノスタルジーは感じないが、あるいは欧華は感じるのだろうか、などと考えた。


 欧華は父母、及びこの街と訣別し、汪海町という寂れた地方で、独自の道を単身歩むことにしたのであり、その決断は、宙には凄まじいものに思われたが、欧華のイメージは、勇壮であると同時に、悲壮であった。


 夕空を飛行機が飛んでいた。滑空して下りていく動きが見え、空港に着陸するのだろう。ハワイに行くことになれば、宙は飛行機に乗るのであり、遠望されるその小さい機体のシルエットは、未来の象徴のようであり、またそうでないようでもあった。


 宙は、その日は有給を取らせて貰い、次の日はシフトでの休日だったので、二連休することになるのだった。夕方の新幹線に乗って、宙が汪海町に帰着するのは夜の九時とか十時になるし、東京まで行って帰ってきた次の日にすぐ仕事があるとなると、せわしないということで、館長が気を遣ってそのように調整してくれたのだった。


 陽子の『分かった。お疲れ様』という返信の通知が、マナーモードにしているスマホに静かに来、その表示を見た宙は、何だかホッとする気持ちになり、すると俄かに眠気がもたげて来、宙は目を瞑り、長い乗車時間を眠って過ごすことにしたのだった。




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