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85/102

《85》

***




 自身の将来に対する期待や不安などのために、宙と欧華は、足しげく互いの家に通い、愉快にまた睦まじく交流していたものの、その心中が吐露されることは避けられ、しかし、伝えたいという思い、伝えなければという友人としての誠実さは確かにあり、葛藤が生じていた。


 汪海町は連日のように酷い暑さだった。気温は三十五度に近いことが多く、それでも、四十度に迫るほどの内陸部や平野部と比べれば、まだマシだった。汪海町の面する海の水が、気温の高くなり過ぎるのを抑止しているのだが、水辺が近いことで、湿度は高い傾向にあった。


 こういう時期に、欧華は家庭教師のアルバイトの傍ら、就職活動しているのであり、企業の面接などにスーツなどで正装して出かけるのは、なかなか骨の折れることだった。彼女は基本的に公共交通機関を使って移動するため、ずっと激暑に晒されるわけではないが、歩いて移動する時間は、どれだけ短くても、辟易した。


 希望する労働条件に合った企業に応募するわけだが、欧華は、多くの就職活動者がそうするように、端から一つだけに絞らず、ある程度条件の共通した複数の募集元に応募しておいて、後で精選するつもりだった。とはいえ、彼女の希望職種は介護士で、彼女がアクセス出来る範囲の介護施設は限られていて、たくさん応募したせいで東奔西走しなくてはならないということはなかった。


 どこに行っても、欧華は若いからか、あるいは高学歴だからか、歓迎され、面接の時点ですでに採用される気配が濃厚にあり、彼女としては、張り合いが抜けるようだった。


 ある日の午前中、欧華は予定されていた介護施設での面接を三十分程度で終え、帰路に付いた。後の用事は、夜からの結香の家での授業だけだった。


 面接が終わった帰り道、朝の十一時頃だったが、スーツ姿の欧華は、乗ってきた路線バスのバス停に行かず、コンビニに寄るつもりでその辺を歩くことにした。海に近いエリアだった。


 七月の梅雨が嘘だったかのように晴れが続き、昊天の太陽は思う様、その光輝と暑熱を発散していた。


 スカートでなくパンツスーツを着用している欧華は、手提げバッグを腰の後ろで両手で持ち、考え事でもするように俯いて歩いていた。太陽のアスファルトからの照り返しがきつく、ブラブラせずに早く帰るのがいい気がした。


 その内看板が見え、地方によくある駐車場のやたら広いコンビニに入店すると、欧華は、店員の「いらっしゃいませ」に迎えられ、ガンガン効いているクーラーの涼しさに癒された。


 店内には、平日の昼間だからか、ひと気は多くなく、現場作業員っぽい泥だらけの作業着の、頭にタオルを巻いた男たちが少数散見され、彼等には、仲間っぽい女が付き添っており、彼女は、スーツ姿の欧華とは対照的で、染めた茶色の髪で、化粧が濃いのだった。


 どちらかというと美人で幼少時よりやってきた欧華に、男たちがちょっと色目をチラチラ使うのに対し、けばけばしい女は、決して醜くないのに、なぜか敵意のこもった据わった目付きでキッと睨んで来、欧華はバツの悪い気持ちになり、あまり近付かないようにした。


 程なく女は、買ったばかりの大量のお菓子の入ったビニール袋を提げ、男たちに合図を送ると、いっしょになって退店し、それぞれ駐車場に止めてあるトラックに乗り込み、女はドライバーだったのである。


 欧華は意外に思ってマガジンラック越しにガラス壁より、女の駆るトラックの運転席にずっと目をやっていた。


 トラックの運転手を始めとして、そういう現場仕事の職人で、女性はもはや珍しくない。欧華はだが、旧来のステレオタイプがあったので、彼女にとっては、女のトラックドライバーは珍しく、好奇の的だった。出来れば話を聞いてみたかったが、あの敵意のこもった彼女の目付きを思い返すと、叶わない願いであるのは明白だった。




 よく冷えた五百ミリリットルのスポーツドリンクを一本だけ購入すると、欧華はコンビニを出、再び炎天下を歩きだし、十分ほどかけて、海辺の公園まで行ってみた。


 住宅街の細い道を歩いていくと、低い木の柵が両脇に出現し、彼方には階段で登れる低い土手があり、その向こうには、水平線が、土手にほとんど遮られていたが、見えた。


 土手の先は広場になっており、小汚い下草が隙間より生えてきていてあまりいいロケーションとはいえなかったが、海を一望出来るのはすぐれた点だった。


 熱気を含んだ強い潮風が通っており、欧華の長い髪は煽られてなびき、むちゃくちゃに乱れ、彼女は一々手で直さなくてはいけなかったが、紺碧の海原の広大さには胸がすくようだった。


 ちょうど、近くにバンを停めて、施設の利用者と思しき高齢者と、介助者が広場にいて、高齢者は車いすにのって押されていたが、この炎天で、日傘が取り付けられていて、彼等はレクリエーションにでも来ているようだった。


 欧華は彼等の様子を遠目で見、介助者に自分を重ねてイメージしてみた。仮に欧華が応募した企業に採用されれば、介護士として、彼等と同じ仕事に携わることになるのであり、そう思うと、楽しみのようで、同時に不安でもあった。


 この暑く熱風の吹く中、外での活動は、特に体の衰えた高齢者にとっては危険であり、早々に彼等は広場を退き、バンに乗せられて去っていった。


 走っていくバンの排気音が完全に聞こえなくなる頃、額に汗を浮かべる欧華は、半分くらいになったすでにぬるいスポーツドリンクを一口飲むと、改めて海原を眺め、その風情に浸り、満足して元来た道を戻って、今度はバス停を目指して歩きだしたのだった。




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