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星空のスパークル  作者: Yuki_Mar12
四月
8/48

《8》

***




 散歩という名目で外出した欧華は、彼方に見える白い船舶のある辺りまで歩いていこうと最初思ったが、存外距離が遠いようだと後で気付き、一旦家に帰って、自転車を漕いで行くことにした。家の隣が砂利の広場になっていて、物干しのスペースや、駐車場、駐輪場が集約されており、欧華が小遣いで買ってまだ間もないシティサイクルは、そこに停まっていた。籠付きで実用的だが、ハンドルがバーハンドルでややスポーティな趣きがあった。


 欧華は自転車で、坂道を重力に任せ、速度超過に注意して下り、海岸線に沿って走っていった。途中、彼女が目星を付けたアルバイトの募集元であるスーパーがあり、フラッと通り過ぎるだけ通り過ぎた。実はそのスーパーは、祖父母のよく利用するところであり、また欧華も何度も買い物で行ったことのある馴染みのところだった。だが、彼女にとって、買い物に行くのはたやすくても、そこでアルバイトで働くと考えると、印象がガラッと変わり、気重にさせるのだった。そこは地元に根付いたスーパーで、夜九時には閉店する。水産物関連の商品が充実しているという点を除くと、他は大手とあまり変わらない。


 自動車が海岸線の幹線道路を行き交い、乗用車に混じって、路線バスがエンジンを唸らせてゆっくりと走っていく。窓に透けて見える、車内の座席に座る乗客たちは、ゆったりとして、ずいぶん楽そうだ。


 彼等のその姿を見るともなしに見て、バスで行くのがよかったかも知れないと、自転車を漕ぐ欧華は、額に汗していささか悔いるのだった。




 そう言えば――と欧華は気付くことがあった。




 欧華の自転車より速いバスが停まり、そして離れた停留所に、彼女が遅れて着くと、彼女はそこにあるバス停看板の時刻表を見た。


 人口が流出していく傾向にあるこの海辺の町――『汪海町(おうみちょう)』を運行するバスの本数は、さほど多くなく、もし乗りたい便を逃すと、次までの待ち時間が長いため、不便である。


 さて、時刻表には路線バスの経路が併記されており、欧華は、ひょっとすると、あの船舶のある辺りまでバスが行っているのではと思い、自転車に跨った状態で、確かめてみた。


 ところが、汪海町の詳しい地理にまだ疎い欧華には、知らない停留所名ばかりで、あまり得られるものはなかった。どこがどこだかさっぱりで、欧華は離れていく路線バスを見遣ったが、その行き先は、ちょうど彼女の目指す船舶のある方と同じだった。




 ……。




 自転車を一直線に濃いで、欧華はやがて船舶の辺まで辿り着いたが、コンクリートで埋められた埠頭の鉄柵の案内板を見て、呆気に取られた。『スターシップMINATO』。科学館のようだった。(スターシップ~という目に付く館名の下に、汪海町科学センターという別名がフリガナのように小さく併記されている。)




 海を渡る船ではなく、船の形をした科学館……?




 てっきり海を周遊する客船か何かだと踏んでいた欧華は、予想が外れてどこか索然としてくるようだったが、興味がないことはなく、案内板をしげしげと観察してみた。簡易の館内図があり、入館料、開閉館時間、休館日などが表示されている。


 とりわけ欧華の目を引き付けたのは、プラネタリウムだった。プラネタリウムに関しては、科学館とは別個に掲示がされており、鉄柵に張り付くようにあるガラスケースの内側に、ポスターが掲示されている。曰く、このスターシップMINATOのプラネタリウムでは、ハイテク投影機による本物さながらの高精度の星空が観覧出来るそうだ。




 星空や、宇宙や、銀河など、欧華は、プラネタリウムにまつわるものを次々と思い描いてみた。暗い背景に、数多の星宿の光芒。無重力空間を漂う淡彩の雲状のガス。広い暗黒と無数の光明とが織りなすくっきりしたコントラスト。




 一度観覧しに行ってみたいという気が、欧華においてした。ちょうど目の前にあるスターシップMINATOは、開館時間中である。だが、遅くに摂った少ない朝食が、その後の自転車を漕ぐという運動で早々と消化され、彼女はすでに空腹になっていた。外食出来るほどの金銭は持ってきておらず、お腹を満たすには帰らねばならなかった。




 ――アルバイトの応募の前に、ちょっと観に行ってみよう。




 そう欧華は思い付き、アバウトに近々の予定を練ることにした。彼女は自転車の向きを転じ、地についていた片脚をペダルにのせると、元来た道を家まで帰るため、再び自転車を漕ぎだした。




 その後程なく、欧華は自転車を止め、スマホを取り出し、今どういう状況か確認のため、家に電話してみた。すると祖母が出、孫娘が今から帰ると言うと、昼食を用意して待っていると返した。電話が切れ、欧華はスマホをしまうと、再び自転車を走らせ、いささか強い紫外線と向かい風をたっぷり浴びて進んだ。振り向いて見える船形の科学館が、段々と遠のいていく。


 自転車を漕ぎながら、欧華はふと、家庭教師の求人がなかったろうか、と思った。彼女は学校を首席で卒業するほど優秀であり、教えることが苦でなかった。


 確かにこの海辺の町、汪海町では、人口の流出する傾向があり、学生の数が都市部と比べて少なかったが、単に少ないだけの問題に過ぎなかった。汪海町の学生においては、あるいは後継ぎとして、あるいは新入りの弟子として、早々と学業を終えて漁師になる者が多かったが、中には、進学を希望する者が一定数いた。




 家庭教師の求人があったかどうか、改めて求人情報誌を確認してみるのがいいかも知れない、そういう風に、帰路を行く欧華は考えるのだった。




***

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