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《79》

***




 二つの鍋の中身がいい塩梅に出来上がり、ご飯がステンレスの食器によそわれ、その上にカレーがかけられた。その他串打ちされた焼き鳥などがクーラーボックスに入っていたが、宙たちはとりあえずカレーだけ先に食べることにした。


 夜の六時半を回り、辺りはそろそろ薄暗くなりかけていた。


 二人はタープまで食器を持っていくとテーブルに置き、椅子に座って食べた。市販のごくありふれたものだったが、外で食べるカレーは、家で食べるカレーとはまた趣きが違うようでいて、他方では気のせいという感じがした。


 テーブルの上の電気のランタンが、LEDの白い光を放っていた。


「何か、フツーだね」


 宙が食べながら、不服といった感じで言う。


「違うといえば違うけど、フツーのカレーの味」


「うん」、と欧華はものを口に含んだ状態で頷いたが、飲み下して続けた。


「隠し味も何もないし、ほとんど箱に書いてある通りに作ったからね。けど、だからこそ変じゃなくて、フツーにおいしいよ」


「出来るひとだったら、たとえば川魚を釣ってその場で捌いたりするんだろうね。そういうユーチューバーの動画、見たことある」


「宙、そういうの、やってみたいの?」


 欧華がいたずらっぽい笑みを浮かべて訊く。


 すると宙は苦笑して小首を傾げ、「いや」、と否定するように返す。「釣りも、魚捌くのも出来ないし、料理の知識もさほどないわたしにしてみれば、とても無理」


 その内カレーライスは平らげられ、二人共多少おかわりし、それぞれの鍋にあるご飯とカレーは、次の日の食事のために残すことにし、まだ日射があったので、彼女等はクーラーボックスにある焼き鳥などの食材を粗方消費してしまうことにした。


 焚火台の焚火はすでに消えたので、その後の調理にはバーナーの火が用いられた。


 お腹がいっぱいになるまで食べて飲んだ宙と欧華は、汚れた食器をキッチンペーパー等である程度きれいにすると、テーブルに置いて、またLED照明を消してタープの外に出、灯りのための焚火を改めて焚いて、その火を挟んで椅子に座った。お香のにおいが漂っていたが、市販の渦巻き型の蚊取り線香が置いてあるのだった。


 彼女等の前方には望遠鏡があり、三脚が展開され、夜空を向いて設置されており、宙が鏡筒の側面に付いている、目の高さより低いところのファインダーを、前屈みになって片目で覗き込んでいた。


 辺りはすでに暗く、時刻は七時半過ぎ。空は結局、夜になっても曇っており、宙が望んだ天体観測は難しそうだった。


 欧華は腿の上に肘を突き、背を曲げて手で頬を持つという姿勢で宙と同じく、だが、彼女の場合は肉眼で曇った夜空の雲間にチラチラ見え隠れする月を見ていた。


「もどかしいね」、と宙が言い、ファインダーより目を離す。「月以外よく見えないや」


「月はよく見えるんだ」、と欧華。


「見てみる?」、と宙は振り向いて誘う。


 欧華は「うん」、と頷いて宙のそばに行くと、宙がしていたように、背を曲げて前屈みの姿勢でファインダーに片目を付けて見てみた。


 丸いファインダーを通して見えるのは、ゆっくり流れる雲の黒っぽいモヤモヤと、黄色っぽく照る月が主だった。星々は見えなくはないが、月影と雲にほとんど紛れてしまっていた。


 望遠鏡で見る月の姿は、ほとんど目前に迫るくらい間近に拡大されて、またくっきりとそのクレーターまで見えたので、欧華は、案外がっかりしなかった。


「確かにもどかしいって感じはあるけど」、と欧華がファインダーに目を付けた状態で言う。「じゅうぶん綺麗。やっぱり望遠鏡って、よく見えるんだね」


「思い付いた」


 宙が唐突にそう言いだし、欧華は気になってファインダーより目を離すと、彼女の方に振り向き、なぜか得意そうに腕組みしているその態度にきょとんとする。


「思い付いたって?」


「旅行の新しいアイデア」


「どういうアイデア?」


「ずばり、宇宙旅行」


「雲がなくて星がよく見えるから?」


「そう」


 宙の与太話を聞き、欧華は「ハァ」、と呆れたように肩をすくめ、再びファインダーに目を付けた。すると今度は、たまたま雲の広い切れ間が出来たタイミングで、月と星々がよく見えた。


 欧華はいささか興奮して「宙」、という呼びかけと共に振り向いたが、彼女はいなかった。


 怪訝に思っていると、どこかに行っていたのだろう、暗がりから宙が現れ、その手にビニールに包まれた、平たいものを持っていた。


 欧華が変わらず不思議そうにしていると、宙はその何かを両手で持ち上げて見せた。


 極彩色に彩られたビニールの包装がどぎついが、中にはたくさんの細いスティック状のものがズラリと並んでいて、何かというと、市販されている手持ち花火なのだった。


「花火なんて買ったっけ?」、と欧華が、覚えがないという風に尋ねる。


「家から持ってきた」、と宙が答え、その場にしゃがみ込み、ビニール袋を裂いて中の一本を取って欧華に「はい」、と言って差し出し、欧華は望遠鏡を離れて受け取った。そして宙は自分用に一本取って手に持った。細い頼りないその二本は、両方とも、色紙を撚って作った線香花火だった。


 宙はまず自分のものに着火しようとし、安物のガスライターの火で、火薬が包まれた下端を炙った。


 すると火薬の部分に小さい火の玉が出来、無数の火花が放射状に散った。そして次第に火花の数が少なくなり、その勢いが弱く衰えると、最後は火の玉が落ちて消えた。


「……」


「……」


 暗がりに舞い散る火花は美しく、その余韻に浸って宙と欧華はしばし無言でいたが、やがて耐えられなくなり、宙がプッと噴き出した。


 欧華も釣られて笑い、「いきなり線香花火を選ぶんだ。渋いね」、と言った。


「そう?」、と宙。「この花火の手のひらに収まる感じのささやかさが好きなんだよね。ドカンと派手な打ち上げ花火も好きだけどさ」


 その後欧華にライターが渡されて二本目の線香花火に火が着けられ、宙のと同様に火の玉が出来、火花がパチパチ弾けて消えた。


 二本の線香花火の観賞が終わると、袋の中身が次々と取り出され、火を着けられていった。後の花火のほとんどはスパーク花火で、水流のように厚い火花が噴射するように散るものがあれば、線香花火の激しくなったようなものがあった。


 宙も欧華も、視界の良好でない曇天の天体観測は大方断念し、すっかり童心に返って手持ち花火に夢中になった。


 花火の彩りに興じ、火薬の焦げ臭いにおいを鼻に吸う二人は、それぞれ口にこそ出さないものの、八月に予定されている花火大会のことを想っているのだった。




***

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