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《65》

***




 結局、宙はショッピングモールの書店において、本来見るべき科学雑誌や天文学関連の学術書などはあまり見ず、旅行のガイドブックばかり眺めては、写真の風景などに自分を投影して旅行に行ったシチュエーションの妄想を膨らませていた。旅費も時日も用意しにくいか、あるいはまったく出来ない旅への儚い妄想は、現実味がない分、かえって捗るようだった。


 その内むなしくなって索然とし、宙はその時開いていたガイドブックを閉じてラックに戻すと、本来の目的に立ち返って店内を巡った。だが、売れ筋の商品から入荷する商業施設の書店において、科学雑誌はまだしも、宙が求める学術書などは置かれていないことが多く、その書店でもやはりめぼしいものは見つからないのだった。


 買うべきものがないと分かっても、宙は書店をグルグル巡り続け、あるコーナーで足をとめた。絵本のコーナーで、目に付くものがあるようだった。


『星の王子さま』。サンテグジュペリ著。


 書店に足を運ぶことが多い宙の、何度か見かけたことのある作品だった。ツヤツヤのコート紙の白い表紙に、小さい男の子が書かれている。彼の周りには黄色い星くずが散りばめられている。


 そのタイトルと可愛らしい表紙絵に惹かれながら、今まで読んだことがなかった宙は、初めて手に取ってよく見てみた。


 サンテグジュペリ……日本人の作品ではなく、外国人の作品の翻訳されたもののようだ。しかもそこそこ古く、戦前に書かれている。宙は絵本を開き、表紙の裏側のあらすじを読んでみた。


 ひょっとすると星座に関することなどが中に書かれているかも知れないと初め宙は思ったが、そういう記述はないようだった。飛行機が故障で不時着し、操縦していた飛行士が、星から来たという少年と出会う。作品には、飛行士が彼と過ごした短い日々のことが綴られていると、あらすじは教えている。


 宙は何となく立ち読みし、確かに天文学に関する記述はパッと見た限りなかったが、代わりに旅の記述があった。星から来たという少年が、彼のしてきた旅路を飛行士に語るのである。


 ちょっとだけ読んだ宙は、天文学ではないが、星のことと旅のことが結び付いているその作品に感激して気に入り、買うことにした。


 彼女は絵本をレジに持っていき、代金を支払い、ビニール袋に入れてもらった。


 宙にとっては思いがけない買い物だったし、彼女は普段、科学雑誌や学術書は読む一方で、小説はあまり読まないのだが、実際に読むかどうかはさておき、とりあえず満足が行った。




 書店を去り、陽子との合流までまだ時間があった宙は、ブラブラすることにし、フロアを移動しようとエスカレーターまで向かったが、そういえばと思い出されることがあり、エスカレーターの近くの柱を確かめにいくと、やはり壁に、あのポスターが掲示されていた。


 八月に予定されている花火大会のポスターだ。黒い夜景に花火が飛散する様が鮮やかである。


 汪海町はまだ梅雨明けしていないが、すでに七月であり、開催予定の時日まで後一カ月ほどである。


 ポスターの前で宙が、絵本の入ったビニール袋を指で引っ掛けるように持ち、ぼんやり眺めていると、ゾロゾロ通り過ぎていく人々の内の何人かが宙のそばで止まり、彼女と同じようにポスターに目を注いだ。


「花火大会のお知らせ、もう出てるんだ」、と一人。若い女子たちで、見た感じでは、制服姿でないので定かでないが、高校生のようだった。彼女等の口ぶりは、花火大会について知っている風だった。


「見に行きたいね」


「だけど絶対混むよ。息出来ないくらい」


「キャハハ。息出来ないくらいはヤバい」


 宙の陰気臭さなど露知らず、女子たちは花火大会について好き好きにしゃべって騒いでいる。


 宙は何となく居心地が悪く、元々ポスターに対して中ほどにいたのが、何となく気まずくなってこっそりズレていった。


 まさか話しかけられることなどあるまいと踏んでいた宙は、その想定に反して一人に話しかけられた。


「お姉さんは花火見に行くんですか?」


「えっ」


 思いがけず話しかけられ、宙はギョッとする。


「わたしは……」、と宙は言いかけるが、脇にいる女子たちの視線が一斉に注がれているのに圧倒され、自然と固くなる。


「わたしは、まだ考え中」


 あえてタメ口で返そうと考え、そうした。女子高生と思しき彼女等に敬語で応じると、かえってぎこちなくなりそうに宙には思われた。


 宙の返しに、女子たちはフンフンと納得するように頷いた。


「それにわたし、隣の汪海町に住んでるんだよね」


「そうなんですか」、と女子たちのリーダーと思しき一人に返される。「じゃあ参加するとなると、ちょっと遠いですね」


「けど、わたしの先生、同じ汪海町の人だけど、花火大会行きたいって言ってたよ」


 別の一人が言葉を挟む。


「先生って誰?」、とリーダー。


「カテキョーの先生。岬っていう人なんだけど」


 岬と耳にして、宙はハッとし、電撃的に欧華が想われたし、きっと実際、彼女のことなのだろうと推定された。


 宙は気になって思わず「ちょっと待って」、と言う。「その家庭教師の先生って、汪海町の人なんだよね」


「そうですよ。遠路はるばるこの町まで教えに来てくれるんです」


 仮に彼女の言う先生が欧華だとすると、欧華はわざわざこの隣町まで、車か何かで小一時間かけて家庭教師のアルバイトのために来ているのだろうか。


 思わぬ形で欧華の影と遭遇し、宙は戸惑うのだった、




***

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