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57/102

《57》

***




 テーブルにお菓子と飲み物をサッと用意すると、宙は席に付き、個包装のクッキーの袋を開けて一口齧った。砂糖の甘さが砕けたクッキーと共に口内に広がった。


 咀嚼して飲み込むと、宙は「お菓子、用意したよ。大したものじゃないけど」、とソファの欧華に呼びかけた。


 欧華はソファより立ち上がると、テーブルまで来て宙の向かい側の席に、「ありがとう」と言って付き、同じように袋を破いてクッキーを齧った。


 彼女等は黙々とクッキーを食べ、居間ではクッキーの噛み砕かれる音ばかりがした。


 家に招いたものの、欧華に対して宙は、これといった用はなかった。陽子がたまたま外食でいないし、また科学館の仕事が休みだったので、宙は思い付きで欧華を誘ってみたのだが、彼女もアルバイトなどがなく、承諾した。


 だが、話せることはいくつか、あるいはいくつもあった。


「海外旅行はどうだった?」


 宙は訊いてみた。欧華の帰国後、未だに聞けずにおり、自分が海外旅行などのレジャーとは縁遠い生活をしているので、純粋に興味があった。


「旅行は、よかったよ」、と欧華は考えるように間を置いて言った。「気分転換になった。友達に会えたし、文化のぜんぜん違うところで生活するのは刺激的だった」


「わたしの職場に、同じところに旅したことのある人がいてさ。その人、大学時代に行って、乗馬したって言ってた。とにかく草原がめちゃくちゃ広いんだって」


「そう、そう」、と欧華は頷いて肯定する。「本当に広くて果てしない。わたしは手綱を握ったわけじゃないけど、馬にいっしょに乗せて貰って、永遠に真っ直ぐ走れるくらい広かった」


「いいなぁ」、と宙は両手で頬杖を突いて羨ましがって言う。「すごく爽快そう。後、馬に乗るっていうのが何かロマンチック」


「慣れちゃったらどうってことないし、向こうでは当たり前だよ。小さい子供が颯爽と大きい馬を駆る姿は恰好いいけどね」


 欧華はそう返すと、「ちょっと待ってね」、と言ってポケットをまさぐり、スマホを取り出した。


「手紙で送ったのとは別に、撮ってきた写真があるんだよね」


 スマホを操作して、彼女はデジタルカメラで撮影してその後スマホに移した画像データを探しているようだ。


「あった。見て、これ」


 欧華は画面いっぱいに画像が見えるようにし、スマホを見えやすいように宙の方にやる。宙はいささか前屈みになって、頬杖を崩し、彼女のスマホの手前側を支えるように持って見てみる。


「これは、星空?」


「うん」、と欧華は頷く。


 画面の背景は紺色だったが、絵の具のようにのっぺりしたものではなく、じんわりと光る紺色だった。そう見えたのは、空一杯を満たすほど全体的に散らばる星影のせいだった。画像の下の方、すなわち、この写真の視点の彼方に、低い丘陵の稜線が走っており、丘陵自体は夜のため、ただの真っ黒の陰となっている。


「やっぱり、綺麗だったんだ」


 宙がポツリと呟く。


「やっぱり?」


 欧華がきょとんとする。


「手紙の写真に映る青空を見た時に、ここの星空はきっと綺麗に違いないって思ってさ」


「うん。綺麗だったよ。宙が前見せてくれた、亡くなったお父さんのアルバムにあった写真と同じくらい」


 欧華にそう言われた時、宙は遅れて気付くようだった。


 スマホの写真を目にした時、まず綺麗という感想がパッと出てきたが、別の感想が加えてあった。恐らく懐かしさなのだろうと、宙には推測された。欧華が言及した写真を生前の父に見せて貰った時、幼い宙はきっと同じ感想を抱いたのだ。その頃の子供らしい素朴さで。


 欧華の見せてくれた写真は、あの写真とは違って堂々とした月がないかわりに、ぼんやり白い天の川が映っているが、見た時の感動の度合いはほとんど変わらなかった。


 宙においては、その写真に関しては、星空の美しさへの感激がまずあり、加えて、すでに亡くなって久しい父の面影が迫って見えることの驚嘆と懐かしさと寂しさがあった。


「何だか不思議」、と宙は呟き、スマホより手を離して姿勢を元に戻すと、目線を落とした。


「? 不思議って、何か変わったものでも写真に映ってた?」


 彼女はスマホをポケットに仕舞いこむと、きょとんとして宙を見つめた。


「わたしも、お父さんのアルバムを連想した。昔お父さんに見せて貰った時のことが、何となく思い返されてさ」


 そう言って宙は目線を天井まで上げ、考える様子になると、続けた。


「何でだろう。異郷の星空って、わたしの目には特別綺麗に見える気がする。遠い海の星空だって、そうだった」


「やっぱり」、と欧華。「こっちの写真を手紙に添付して送って上げるのがよかったね」


「別に」、と宙は微笑し、目線をまた下げる。「あの写真はあの写真でよかったよ。お母さんにも見せたけど、好評だったし」


「好評って、どういうこと?」


 欧華が気になったように尋ねる。少し後悔した、自己満足で送り付けた写真が『好評』だったというのは、彼女にとって奇妙だった。


「何でもない」、と宙。「ただ青空と欧華が綺麗だなぁって、それだけ」


 すると欧華は片手で顔の半分を覆い、いささか赤らんだ顔で、「ハァ」とため息し、恥ずかしがる様子だった。


「うぬぼれた自分がダサい」


 そう自嘲する欧華を、宙は微笑ましく、また感謝して見つめるのだった。




***

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