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53/102

《53》

***




 たびたび催される国際会議の場が、近年勃発した戦争を機に険悪になったというのはあり得ることだろうが、では戦争以前は融和的だったのだろうか? 


 宙は釈然としなかった。彼女を始めとした日本人の多くにとって思考の対象としてはその問題は身近でなく、明瞭に思い描くのは容易でなかった。食料問題や環境問題や別の戦争の問題など、論じられるべき事柄は山積みであり、個々の問題には必ず国民感情のもつれが伴い、快刀乱麻というわけには行かないのだった。


 夜、照明の消えた真っ暗の自室のベッドで仰向きになり、両手を掛布団に組んでいる宙は、ぼんやりと天井を見るともなしに見つめていた。辺りの静けさは沈思黙考するには適度だった。次の日も仕事だったが、多少の夜更かしは必ずしも悪くなかった。


 欧華はその経歴から海外に知り合いと友人が多く、彼等との繋がりを大切にしたい思いで国際機関の職員になったという。世界各国にはそれぞれ社会問題があり、内内の問題もあれば外国の問題もある。そういう問題は、まずは話し合いというアプローチで解決が試みられ、欧華はその話し合いの場にコーディネーターとして参加したのだった。


 欧華は自身の職業をそのように称したが、ふと宙には、思い出されることがあった。




 ……。




「ピースキーパーになりたいって思ってさ」、と欧華が言った。


 五月の連休のある日のことだった。欧華が天国家に宿泊した日だ。彼女等は居間の食卓に付いて対面していた。


「何それ?」、と宙は聞く。彼女は英語が苦手だったが、構成する単語がありふれたもののため、何となくその意味は察せられる気がした。


「ピースをキープする人。その名の通り、平和を守る人。戦争で荒廃した地域とか、インフラの整ってない発展途上国とかの医療従事者、重機オペレーターの人がそう呼ばれるんだけどさ、このピースキーパーって名前の響き、格好よくない?」


 欧華に問われた宙は、満幅の賛意はなかったが、否定するほどではなく、「うん、まぁ」、と曖昧に肯定した。


 確かにその響きは戦隊ものとかヒーローものに出てくる正義の味方のように男の子好きのするものという気がしたが、職業と称するには何か足りないか、欠けている気がした。


「欧華は、それになりたいんだ」


「うん」、と彼女は頷く。「でも、わたしは重機の操縦とか現場の仕事は出来そうにないと思うから、ただ憧れるだけなんだけどね」


「平和って、仕事になるんだね」、と宙。「わたし、初めて知った。戦争を仕事にするっていうのは、武器商人とか製造者とか、簡単にイメージが出来るけど、平和を仕事にするっていうと、宗教人くらいしか思い付かなかった」


「わたしも、最初は同じだったよ」、と欧華。「けど、そういう名前があるんだって知って感激したし、感激したからこそ、憧れるようになったんだろうね」




 ……。




 宙は元々これといった主義主張も思想もなかった。戦争に関しては、何となくよくないことでやらないのがいいとの考えだったが、その根拠は、単に学校でそう教えられたし、そういう風にテレビなどで言論人が説いているからというものだった。


 だが欧華においては、平和の意志は宙と比べて明確であり、その背景には、彼女の来歴があるようだった。


 欧華の友人には、戦地の者が含まれており、その友人とは戦争勃発後、連絡が付かなくなったという。同じ留学先に来て同じ学校に通っていた同い年の女の子で、互いに同じ境遇で、心を開き始めた十代半ばの欧華とは昵懇の仲だった。


 そういうわけで、欧華は世界各国の事情が、宙とは違って実感を伴って理解されるし、現地の問題がニュースだけでなく、現地人のメッセージとして伝わってくるのだった。(退職して以後は、彼女の生活範囲は極度に狭められ、ほとんど一人ぼっちになってしまったが。)


 もし、そういう素質や意志を持っていたら、欧華は例えば自衛官などになって現地に赴き、あるいはテロリストと武力闘争し、あるいは負傷者や病人の手当てをし、あるいは重機を駆って瓦礫の撤去などしたのだろうか。


 宙は想像してみたが、華奢な欧華のイメージにはまるで似つかわしくなく、思わず苦笑をこぼしてしまった。


 欧華は悩んでおり、現況に関して自身の納得の行くものとして肯定出来ないが、かといって全否定するというのでもないようだった。


 宙のイメージでは、国際機関に属し、あちこち飛び回って世界の諸問題の解決のために有力者や有志をサポートする欧華の姿は颯爽として鮮烈でいいと思ったが、一方で、今のように内面の問題と取り組んで時にはフラッとドライブなんかに出かける欧華のスローペースな姿も、勿論、ずっとそのままというわけにはいかないけど、それはそれで、人生の一局面として否定するほどのものではないという気がした。




 ふと、宙は気になって枕元の充電ケーブルに繋がれたスマホの画面を付けてみると、時刻が夜中の一時半になっていた。零時前には彼女はベッドに入っていたのに、知らぬ間に物思いに一時間以上も費やしてしまったらしい。


 これ以上はよそうと思って宙は考え事をやめ、仰向いていた体を横向きにすると、目を瞑り、そして、いつもより遅い眠りに付いたのだった。




***

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