《50》
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欧華は求めるものの多い親に対して従順だった。ああしなさいこうしなさいという指図に背かず、あくまで子供の責務として忍従した。
その裏では、欧華はいつも背きたい、逃げたいという感情に突っつかれていた。親の望みでなく、自分の望みにのみ付き従って生きたいと思った。とはいえ欧華において、親の望みに比べれば彼女の望みは、曖昧模糊として希薄で、信頼するに足るものではなかったのだった。
逃げ場があれば、よかったのかも知れない。だが、彼女に用意された帰るべき場所は、親の家だけであり、通っていた学校は学業のためだけに存在して家の代替にはなり得なかったし、学校でおしゃべりするようになった友達は、うわべだけの薄い付き合いに終始した。
欧華にとっては毎日が課されたものであり、苦役であった。心細い自分の仲間としてご褒美に買って貰ったぬいぐるみの数々が並ぶ自室のベッドが唯一の逃避場所だったが、所詮かりそめのものに過ぎなかった。
青春という言葉が、欧華はあまり好きでなかった。この言葉は、若い時代を華やかで明るいものと決め付けて全面的に肯定しているが、ずっとより強きものに屈従して愛想笑いばかりしてきた彼女には、うさんくさくて仕方なかった。彼女の幼少時、十代の時代は青春の言葉の響きやイメージが相応しくないほど、不協和音に満ちて灰色だった。
欧華が十歳になるかならないかの頃、彼女は賢二の仕事の都合で海外に移り住むことになり、以来、十五歳まで当地で過ごした。
日本とは異なる文化圏で過ごすことは、明るさに乏しい欧華の生活の光明になってくれる可能性があったが、結局のところ、海外においても親元で暮らして学校に通う生活は同じで事情はあまり変わらなかったし、そもそも最初の頃は外国語が不自由で人とのコミュニケーションがままならず、食べ物の味も違うしで、欧華は鬱に近い状態まで陥った。その内欧華の努力で適応していったが、面白味のない苦しい時期は続いた。
だが必ずしも、欧華の思い出が苦々しいものばかりとは限らず、中には麗しいものもあり、そういう胸ときめかせる場面に遭遇することが、彼女の人生のよい面を見る目を曇らせずに保ってくれた。
十四歳の初夏の時期、欧華は修学旅行に行った。海外在住時のことで、三泊四日の国内旅行だった。ツアーが組まれていて、彼女はクラスメイトと共に自然公園や歴史的建造物など見て回ったが、ある夜高原に行くことになった。
芝生の広場があり、生徒たちはそこに集められた。周りには群生する高い針葉樹の尖ったシルエットの樹冠が夜空を突き刺すようにあり、空には大小の星屑がきらめいていた。
しばらくの間待っていると、欧華たちの正面に突如、花火が上がり、ドカンと盛大に放射状に弾け、ピンク色の火花が散った。生徒たちは目を奪われ、その場に陶然と立ち尽くし、次々に打ち上げられる花火のコンビネーションに夢中になった。まるで流れ星が重力に逆らいでもするように、地上付近より空高くに上り詰め、そこでパッと閃光と共に弾け、黄色だったり緑だったりする色の華を咲かせるのだった。
花火の美しさに興奮して、欧華のそばに寄ってきて気安く肩を組んでくる女の子の友達がおり、彼女はやかましいくらいの歓声を上げたが、その頃には、欧華は外国語の運用能力がじゅうぶん身に付き、また、心を開ける間柄の相手が何人か出来ていた。苦しかったりツラかったりする状況の中でも、子供の欧華は成長する機を逃さずに捉え、踏み潰されてても折れない花々の茎のように、決して萎れずに太陽の光を信じて健気に伸長したのだった。
その夜見上げた花火は印象深く、頬を涙で濡らして当地の友人たちと別れなければいけない十五歳の時、欧華はすでにかなり大人びていて、もともと小さい蕾だったのが、大きい蕾に成長していた。父母は相変わらず厳格で狭隘だったし、欧華は不安のためにぬいぐるみを抱き締める癖が治らなかったが、いつまでも腐らずに、あくまで従順という態度は変えないで自分のあるべき立脚点を認識し、また向かうべき行き先を見据え、肯定的に物事を捉えられるようになっていた。
……。
食卓で、祖父の憲一に旅の感想を聞かれた欧華は、少し俯いて考えた後、顔を上げ、「行ってよかったです」、と笑顔で答えた。
「そうか」、と憲一は、どこか安堵したように微笑んだ。欧華の隣の和子も、同様の表情だった。
食卓には魚の煮付けと、小松菜の和え物と、白ご飯と、ゴボウの味噌汁が置かれている。
「これ、向こうで撮ってきた写真」
欧華は憲一のそばに行ってしゃがみ、デジカメを持ってディスプレイを見せる。ディスプレイには、満面星空の画像が表示されている。
「ほぉ」、と憲一は画像を見て感心する様子だ。「すごい星空だなぁ。欧華が気に入ったのが分かる」
「でしょ」、と欧華は嬉しそうに答え、デジカメを憲一より離す。
「だが俺としては、写真より魚を獲ってきて貰いたかったなぁ」
憲一がニヤニヤして言う。
「あなた」、と和子が困ったように彼に注意するが、欧華は快く笑い、「おじいちゃん、草原じゃ魚は獲れないよ」、と返し、憲一も同じように笑い、そして、和子もその中に入って頬を緩めるのだった。
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