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星空のスパークル  作者: Yuki_Mar12
六月
39/54

《39》

***




 留守にしているという欧華の行方について、和子は聞かせてくれた。


「海外に?」


 宙が呆気に取られたように聞き返す。


「えぇ」、と和子は頷く。「二週間くらいって本人は言ってた。外国にいるお友達に会いに行くって」


 宙と和子は玄関で、差し向かいでしゃべっており、宙の傍らにいる陽子は、話が呑み込めずにポカンとして、蚊帳の外という感じだ。


「知らなかった。欧華が旅行に行ってるって」、と宙。


「旅行のつもりで行ったわけじゃないみたいだよ。あの子のこと、宙ちゃんはきっともうある程度知ってると思うけど、お友達に、悩み相談しにでも行ったんじゃないかしら」


 宙には、欧華のこれまでのことを聞き知っているので、和子の言及する悩み相談の意味が何となく察せられた。


 顎に手をやって考え込む宙のそばで、いつまでもポカンとしている陽子に、和子は遅れて注意が行き、ハッとすると、「ごめんなさい」、とないがしろにしていたことを謝った。


「天国さん、よければ上がっていってください。欧華がお世話になった恩がありますし」


「えっ」、と陽子は、出し抜けに話を振られて戸惑ったが、間が悪そうに手を振って遠慮する仕草を見せる。


「わたしたち、欧華ちゃんの顔を見に来ただけですから」


 陽子は肘で宙を小突くと、どうするか聞いた。欧華がいないのなら、特に長居する意味はあまりなかったので、宙は和子の勧めを断ることにした。


「そうですか」、と和子。「でしたら、またの機会ということで」


 結局家には上がらず、宙と陽子は和子と、互いに頭を下げ合い、慇懃に別れた。宙は欧華には会えずじまいだったし、彼女が海外に滞在していると知って驚いた。何の知らせもなく水臭いと思ったが、彼女の境遇を思えば責めることは出来なかった。




 ……。




 車中で、陽子は彼女のまだ知らない欧華のことを知りたがった。欧華が失職中であることはすでに知っていて、彼女の現況に関してはある程度推察していたが、彼女の来歴に関してはほとんど知らず、祖父母の家に寄宿していることさえ、陽子は知らなかったのである。


「欧華ちゃんって、昔海外に住んでたのね。道理で垢抜けてるわけだわ」


「国際機関の支部があるところは、たいてい栄えてるだろうしね」


 車中で二人はしゃべっているが、まだ慣れない宙は、やや前屈み気味に、両手でハンドルを持って恐々運転している。


「だけど、悩み相談のためだけに海外に飛べるなんて、大胆っていえばいいのか、悠揚っていえばいいのか」


「本人は旅行のつもりじゃないって言ってたみたいだけど、わたしは、旅行のつもりで行ったんだと思う」


「欧華ちゃんが嘘ついてるってこと?」


「嘘っていうことはないだろうけどさ」


「アンタ、まさか欧華ちゃんのことひがんでるんじゃないんでしょうね?」


「ひがんではないよ。そりゃ、海外旅行してみたいなぁって思いはあるけど」


 陽子はそれ以上追及しなかった。軽ワゴンを運転する宙は、科学館勤務。不定休で、海外旅行など不可能に近く、またその経験も絶無なのだった。高校生の時、修学旅行で北海道に行ったが、北海道以遠には行ったことがなかった。


 宙が車の運転に慣れれば、今より遠くまで行けるようになるだろう。だが、どれだけ運転がうまくなろうとも、車などでは海を越えての旅行は到底叶わなかった。そう思うと、宙は何だか気持ちが沈んでくるようだった。




 ……。




 インターネットのニュースでも、テレビのニュースでも、新聞の記事でも、現在継続中の戦争のことがセンセーショナルに伝えられていた。けれど、その事実を深刻に受け止める人の数は多くはなかった。関連性が少しもない人たちにとっては、戦争は、どれだけセンセーショナルであっても、対岸の火事なのであった。


 戦争は最初、出し抜けに始まった。小競り合いが大きくなったという具合だった。口喧嘩程度だったものが、暴力沙汰にまでエスカレートしてしまったのである。


 世の中には、自身がわざわざ関与しなくても沈静化する事件が多くある。それは、その事件を処理する責任のある者が存在するからであり、例えば殺人事件が起きれば警察が、火事が起きれば消防隊員が動員される。


 では、戦争が起きれば誰がその始末のために動員されるのか。……否、戦争を始末する専門家は存在しない。そもそも、戦争はどれだけセンセーショナルであっても、その性質において事件ではないのだ。戦争は、敵との間において、勝敗を分けるために行われる政治的手段であり、決着がつくまで、沈静化はしないのだ。


 宙は日本に生まれて日本に住み続け、戦争とは直接縁のない国の国民として生きてきた。そのため、戦争が身近でなく、テレビなどで報道に接しても、どういう風に受け止めればいいのかよく分からないのだった。宙は戦争について、絶対悪だと教えられてきたし、その教えに逆らう思想を持つことはなかった。


 世界の安寧に責任を有する国際機関では、この戦争と並行して、終息と解決のための議論が活発に行われているだろう。欧華はその議論のサポートを仕事として担っていたわけだが、政治の悪意が飛び火し、彼女は精神的に参っていった。




 海外に束の間行った欧華に関して、今回の旅行ではないと彼女のいういわば"遠征"が、彼女にとって吉兆の得られるきっかけにでもなればいいと、宙は祈るばかりだった。




***

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