《37》
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五月の大型連休に企てられた宙と欧華のお出かけ――ドライブは、日曜日の朝に始まり、夕べに終わった。お昼、彼女等がショッピングモールのフードコートでランチを食べ、その後家具や衣服など物色して回り、最後に夜ご飯に食べるものを食料品売り場で買いだして、帰る段になると、外では雲の層が厚くなっており、雨が降っていた。
天国家までの帰途、欧華はその晩も泊めてほしい旨を伝えた。岬家にはまだ父母がおり、娘のことでピリ付いているそうだった。宙としては、陽子がまだ家に帰ってこないので特に拒む事情はなかった。だが、次の日彼女は帰ってくる予定であり、その晩までが限界だった。そのことは欧華もよく承知していた。あまり荷厄介になりたくないという遠慮の感情は、失職中の彼女にとって馴染みのものだった。
父母がいつ去るのか、欧華が和子に電話で聞いてみたところ、和子曰く、彼等は連休最終日の前日の夕に発つということだった。
陽子と入れ違いになる形で天国家を離れた欧華は、また海岸道路の駐車場に車で行き、そこでどうしようか熟考した。
父母が帰るという時日まではまだ数日あり、天国家を離れて以後、欧華に転がり込める宿はなかった。彼女の動向を心配する宙の連絡があったが、欧華は大丈夫の一点張りで通した。
父母に予告された絶縁に関して、欧華はすでに自身の意が分かっている感じがした。そこまで迫られても歩み寄ろうとしないのは、畢竟、絶縁の是認に違いなかった。
欧華は何度か反芻するように熟考した後、とうとう心を決め、和子に電話で、絶縁を受け入れる覚悟を伝えた。和子はたいそう動揺したが、欧華の意志は堅かった。やむを得ずそのように伝えると和子が電話で答えて程なく、早々と観念したのか、父母が帰ったという知らせが来た。
欧華は、半ば憂愁に沈み、半ば胸を撫で下ろして、父母のいなくなった家に帰った。結局欧華は、天国家を出た月曜日の昼頃に電話して、父母がその後帰り、夕べには家に帰り着いたので、車中泊は一度もしなかったことになる。彼女にとっては幸いであった。
連休が終わり、五月の日々が過ぎていった。春の気候は影を潜め、夏っぽい気候が露わになってきた。最高気温は徐々に高まり、日が出ている時間が長くなっていった。
他方、宙においては、陽子の話、及び欧華とのお出かけの影響があってか、教習所に通ってみようとの考えがにわかに浮上し、地元の自動車教習所に連絡を取り、運転免許取得を目標に、ドライブのレッスンを受けることにした。二十万円ほどの高い料金が費え、また免許取得までにかかる時日や手間も決して短くも易しくもないものだったが、運転免許というのは、そのコストに値するもののようだった。運転が出来るようになるだけでなく、免許は身分証明書としても使える。宙としては、欧華に感化されたということと、陽子に車を運転して欲しいときがあると言われたことが、免許取得の動機付けとなっているのであるが。
さて欧華だが、特にやる気もなくアルバイト生活を惰性で続けていた。シフトに入っていないオフの日は、家で本を読んだり、ゲームで遊んだりと、むなしく過ごした。同居する祖父の憲一と祖母の和子はそういう孫娘を不満に思うようで、しかし気遣って、特に何か説いて聞かせるなどはしなかった。
欧華のスマホには、折に触れて昔の仕事仲間のメッセージが送られてきた。海外にいる友人のもので、皆揃って元気かどうか尋ねてくるのだった。現地での彼等の生活の模様が分かる写真が添付されていて、欧華は閲覧して微笑ましく思うのだが、ひどく気後れして元気だと、すげなく返事するだけだった。退職したにも関わらず連絡をくれる彼等のマメさ、懇ろさに、欧華はじんと胸温まるものを感じるのだが、同時に、申し訳なさと情けなさで苦しかった。
そういう罪悪感や、寄居させて貰っている祖父母に対する気後れなどの負の感情は、欧華をどんどん孤立する方へと追いやり、彼女は次第に家での口数が少なくなり、宙とのやり取りも頻繁ではなくなった。彼女とは会う用事がなければあえて会おうとせず、そうなると、滅多に顔を合わせる機会がなかった。
欧華はその内、旅に出たいとぼんやり思うようになった。過日の宙とのドライブの時のように、漠然とした願望だった。ここではないどこかに行きたいという……。
戻りたいと思わない苦しい過去、茫漠として捉えどころのない覚束ない未来、まるで満足の行かない醜い現実、その狭間で、欧華は迷っており、袋小路に入り込んだ気分だった。
眠れない夜が、欧華にはしばしばあった。就床して一時間ほど輾転反側し、寝られないと断念した彼女は、暗闇に慣れた目で朧気に見える天井を見、虚無感に襲われる。どうすればいいのだろう。何が正しいのだろう。じき五月が終わり、六月に入る。その内梅雨時期になり、長雨が上がって、真夏になり……そういう風に風霜が過ぎ去っていく中で、自分はいつまでも淀んだ滓に深く沈み、未来に向かっていくことが叶わないという気が、欧華においてするのだった。
だが、ふと思い返される情景があった。あのショッピングモールの、エスカレーターのそばの柱に掲示されていた、花火のポスター。八月に隣町で行われるという花火大会の予告のポスターの写真がそうだった。
あの花火大会の花火を一目でも見てみたいという思いが、この汪海町より徐々に遊離しようとしている欧華を繋ぎとめていた。
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