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星空のスパークル  作者: Yuki_Mar12
五月
27/57

《27》

***




 宙がまだ寝ている最中に、陽子は早起きして出かけたらしく、起き出してきた時には、すでにいなくなっていた。いつもいる人がいないしんと静まり返った家が寂しげで、またいささか空恐ろしかった。


 土曜日だった。宙は出勤日であり、二泊三日の旅行に行った陽子は、月曜日に帰ってくる予定になる。


 宙が寝間着姿でボーッとした顔で階段をのそのそ下りてくる。カーテンが閉まった居間は薄暗いが、隙間より漏れてくる朝日が明るいラインを床に引いている。


 宙が窓際に行って遮光カーテンを開け、レースのカーテンを露わにすると、遮られていた光が一気に居間に差し込み、思わず目が眩む。




 キッチンにて宙は、トースターに食パンを一枚入れてダイヤルを回し、五分間ほど焼く。待っている間にコーヒーを淹れ、余った時間はポケットのスマホを取り出してチェックする。


 ――昨夜の夜の十時頃、欧華より宙に連絡があった。例の『お出かけ』に関するものである。恐らくアルバイトが終わった後のタイミングなのだろうと宙には推測された。


『今度の日曜日はどうでしょうか? 明後日になりますが』


 その日はシフトが入っておらず、宙は休みだった。


『空いてます。朝昼夕方、いつでも』


 あまりあけすけヒマであるとアピールするのはかっこ悪いものだが、欧華に見栄を張る意味は宙にはなかった。


『では、日曜日のお昼に会いましょう』


 宙にしてみれば、ちょっと急という気がするが、無碍に断るべきではないし、何より欧華と話したいと日頃思っていたので、今回の誘いは渡りに船だった。


 チン、というトースターの音が鳴る。パンが焼けたようだ。蓋を開いて取り出したパンは、キツネ色に仕上がっている。


 宙は熱々のパンにすぐに齧り付くと、その状態で昨夜の連絡の記録を再見した。


 宙は出来ればみずから連絡してたかったが、中々うまい文句が見つからず、ウダウダいたずらに悩み続け、結局、欧華に機先を制される形となった。主導権を握られたようで、何だか情けないと思わないではなかった。


 待ち合わせの場所は宙と欧華それぞれの知るスーパーに決まった。他に都合のいい場所としては、スターシップMINATOがあったが、欧華の家が遠く、都合がよくなかった。


 お出かけの内容はドライブのようだった。宙はいささか呆気に取られたが、後に欧華が祖父母の家に寄居しており、祖父の車を借りるのだと分かると、合点が行った。


 宙が焼いた食パンを齧ると、パンくずがボロボロ零れる。キッチンにもたれて食べているので、下に敷かれたマットに散らばって汚していく。陽子がいれば行儀が悪いなどと注意されるところだが、彼女は不在である。家に一人きりというのは確かに寂しいものだが、一方ではそこそこ気楽だった。


 何も付けないプレーントーストと、砂糖を入れて乳飲料と混ぜたコーヒーが朝食だった。


 パンと共に飲み込んだコーヒーは、まだカップに余っていて、宙は手に持っているカップの中の浅い薄褐色のコーヒーを何となく見下ろす。


 ――スーパーでの欧華の誘いに混じっていた微かな、だけど確かな切実さが、宙には気になった。あの時の欧華の切実さ、真剣さ、ひたむきさというのは、勿論その多くは、宙と親しくなりたいという動機に由来するのだろうが、それ以外にも由来するものがあるようだった。まるで欧華が、別の場所に居場所を見出そうとしたがっているような……。


 宙はカップの底を眉をひそめて睨むように見下ろすと、残りのコーヒーをグイッと飲み切り、空になったカップをシンクに置いた。




 大型連休初日。旅行や帰省などで人々の移動が始まる。皆こぞって移動するので、新幹線を始めとした公共交通機関は混雑するだろうし、高速道路は渋滞するだろう。欧華とドライブに行く日曜日の状況はどうだろうか。ドライブの詳細は、宙は聞いていないのだけど。




 その内、出勤時間が迫ってきた。宙は朝食を終えると自室まで着替えに行き、リュックサックを背負ってまた居間に下りてきた。開いたカーテンを閉じ、戸締りチェックし、問題がないと確認すると、玄関に行った。誰もいないのに行ってきますと言い、宙は外に出て程なく、言わなくてもよかったと気付くのだった。ひょっとすると父、瑛地の霊がいるかも知れないなどと想像してみたが、宙は自身の無邪気さに苦笑いが零れるばかりだった。


 朝はまだ涼しく、空は青く晴れ渡っていた。


 宙は正面の芝生の自転車のカギを外し、道路まで取り回して跨ると、ペダルを漕ぎ出した。


 通勤の時間帯だが、土曜日の朝は平日と比べて圧倒的にひと気が少ない。歩いている人も、自転車・バイクに乗る人も、車も少ない。宙が就職したての頃は、不定休になかなか馴染めず、ひと気がすくない中通勤するのに不公平感があったものだが、いつの間にか慣れて、彼女はほとんど何も感じなくなっていた。


 母、陽子は今頃どこにいるだろうか。道程のどこまで進んだだろうか。宙は思いを馳せてみた。病院の陽子の同僚が、参加したアンケートの賞品の旅行券に抽選で当たったのだそうだ。一組二名までカバーする旅行券であり、たまたま予定が空いていて、その同僚と日頃仲良くしているというわけで、陽子がいっしょに行く運びとなった。


 好天気に恵まれた旅行日和であり、宙はやはり、旅行に行った陽子のことを羨ましいと思うのだった。




***

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