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星空のスパークル  作者: Yuki_Mar12
五月
25/57

《25》

***




 旅行が趣味という人は少なくない。読書や音楽鑑賞などと並んで、メジャーな趣味の一つであると言える。海に、山に、古跡に、自然遺産に……日本には名所が数多くあり、観光が盛んに行われている。日本人にとって旅行というのは、かなり生活に馴染んだものである。




 陽子は決して旅行が嫌いだったり苦手だったりするわけではないが、あまり頻繁に行く性質(たち)ではなかった。瑛地の生前は、宙がまだ小さかったのもあり、家族総出であちこち言ったが、瑛地が亡くなり、宙が不定休の仕事に就いた現在は、休みの時機がバラバラになり、自然と家族旅行は減っていった。




 ゴールデンウィークを目前に控えたある日のことだった。シフトが入っておらず仕事が休みだった宙は、Tシャツにジャージのパンツという恰好で二階の自室で机に向かい、星座の配置を復習したり、科学雑誌で解説されている理論を読んだりして、勉強に励んでいた。途中彼女は注意が逸れ、スマホで動画を見たりすることがあったが、基本的には勉強に打ち込んでいた。網戸にしている窓にかかるカーテンが、時折風になびく。


 宙、と扉の方で呼び声が聞こえ、彼女はハッとして振り向き、椅子の背もたれに片腕を置く。


 部屋の扉が開き、陽子が顔を覗かせる。彼女は寝間着姿で、頭がタオルでグルグル巻きになっている。顔の肌がテカテカで、きっと保湿用のオイルを塗ったばかりなのだろう。


「お風呂、上がったよ」、と陽子が報告する。


「うん。分かった」と、宙は淡々と返す。


「ゴールデンウィークなんだけどさ」、と陽子が続ける。「職場の友達に誘われて、旅行に行くことになったんだ。その人が、旅行券に当選したみたいで」


「そうなんだ」


「二泊三日で、連休初日から行く予定」


「いいなぁ」


「アンタも来る? 自腹になるけど」


 陽子が二ヤついた顔で挑発的に言う。


「じゃあダメだね」、と宙は憮然と返す。「大体その日は出勤日と被ってるから、まず行けないし」


 一口に連休と言っても、人によって日数が違うものである。労働条件の恵まれたところは、従業員が有給を消化して十何連休と休めるのに対し、そうでないところでは、本当に祝日しか休めない場合がある。そもそも宙の職場はシフト制なので、そういった話とは縁がないのだが。


「そういうわけだから」、と陽子は話を切り上げる感じで言う。「その間、家のことはよろしく」


「オッケー」


 話が終わって陽子が去り、扉がパタンと閉められる。


 その後、宙は開き戸の扉を見つめていた。陽子の不在中は、宙が留守番することになる。これまですでに何度か経験しているので、これといった不便もないが、やはり一人きりになる不安は否めなかった。




 ……。




 陽子の後にお風呂に入り、湯に肩まで深く浸かっている、頭にタオルを巻いた宙は、両脚を向こうのバスタブに上げて、湯気の濛々と立ち昇っていく天井を見上げながら、考え事に耽っているようだった。


 ――ゴールデンウィーク。『彼女』はどうしているだろうか。


 岬欧華のことだった。彼女のことについて宙は、まだほとんど無知に近いが、地元のスーパーでアルバイトしていることは知っている。宙と同じくシフト制で出勤したりしなかったりしているわけだが、果たして欧華はゴールデンウィークは、どうするつもりだろう。


 この機会に彼女にメッセージを送ってみてもいいかも知れない、と宙は思った。最初のやり取り以来、絶えてメッセージの送受信がない。せっかく連絡先を交換した意味がないというものである。


 宙は「ハァ~」、と長いため息を吐くと、「旅行か」と呟き、鼻まで湯に沈めて中で息を吐き、ブクブクいわせた。科学館では二連休以上のまとまった休みが中々取れず、行きたくても旅行に行きにくいのだった。宙にとっては、率直に陽子が、何連休も休める世間の人たちが羨ましかった。




 ……。




「そういえば」、と陽子が言う。「この間、また病院で欧華ちゃんを見かけたわ」


「ふうん」、と宙。


 居間にて、母子はテーブルに付いていた。陽子はお皿のカットリンゴをフォークでサクサク食べており、お風呂上りの宙は、濡髪を乾かすために、正面にスタンドミラーを置き、ドライヤーをコンセントに繋げた。


「何だか血色がよかったように見えたけど、何でだろう?」


「さぁ、どこか悪かったところでも治ったんじゃない?」


「アンタ、知らないの?」


「何でわたしが……知らないに決まってんじゃん」


 ぶっきらぼうにそう返し、宙はドライヤーを付ける。送風音がし、宙は手を使って器用に髪を乾かし始める。自然乾燥など到底出来ないほど、宙の髪は厚く、ヘアドライは必須だった。


 ドライヤーの送風音で無理矢理話を断ち切り、宙は陽子がよくなったように見えたという欧華のことを考えた。――彼女は一体どういう事情で病院に通っているのだろう。スーパーで会った時には体が悪いようには見えなかったし、そもそも体が悪ければアルバイトなんてしていないだろうし……。


 その時、欧華は事情があってアルバイトしていると言っていた。生活費のためにしているとの説明だったが、宙にはどこか奇妙に思われ、謎があるようであった。


 そういうことはあまり詮索するものではないし、それに、今後宙が欧華と接する機会が増すにつれ、多くの未知のことや謎は、おのずと明らかになってくるように予想された。




***

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