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星空のスパークル  作者: Yuki_Mar12
五月
24/54

《24》

***




 診察を終えた帰り、欧華は駐輪場にとめていた自転車に乗り、時間の余裕があるからと、家までの道を逸れ、フラッと海辺に寄った。五月の晴天の海辺は爽快だった。浴びる風が涼しいし、潮声が耳に心地よい。


 堤防に沿って自転車を漕ぎ進める欧華厳は、ふと空を見上げてみたが、眩しい太陽が、空の頂きに昇り詰めようとしていた。彼女は思わず目が眩み、片手でひさしを設ける。


 状態がよくなったと精神科の先生に安心してもらえて、欧華は嬉しかった。零落した生活が徐々に、活動的に、規則的に、健康的になっていることが感じられ、追い風が吹いているように、彼女には思われた。無意識に笑みがこぼれてしまうような幸運に恵まれた日というのは、たまに恩寵のように訪れるものだが、同時に、幸運の裏には不運が潜んでいる。幸運は不運のために存在し、その逆も然りである。


 ウキウキさせる昂揚感に口元を綻ばせる欧華においては、潜在的に、不運が意識されており、何かが待ち構えている気がした。漠然とした予感に過ぎないが、青空に夜空が、太陽に月が連想されるように、欧華は、今あるこの幸福感に潜む不運の種を掌中に捉えていた。




 ……。




 家に着き、広場に自転車をとめた欧華は、玄関の引き戸を開けて入ると、玄関にある固定電話で誰かと電話する和子の姿に出くわした。彼女は(かまち)に近い床で電話機の隣に正座し、片手で受話器を耳にあてがって別の手を口元に添え、何やら真剣に話し込んでいる。


 和子は欧華が帰ってくるとハッとし、欧華は何事かときょとんとしたが、あまり聞かないのがよさそうだったので、ただいまと言う風に頷きかけると、靴を脱いで、さっさと自室のある二階まで階段で上がっていった。




 畳に座り、折りたたんだ布団に背中を預けると、ひどくリラックスし、目を瞑ると、柔らかい綿の感触にウトウトしてくるようだった。


 だが、欧華が快眠に落ちてしまう前に、彼女の部屋に、電話を終えた和子が神妙な面持ちで現れ、どうも彼女に話があるようだった。


「欧華、ちょっと」


 目蓋をパチッと開けて、彼女は「うん」、と返す。


「今度ね、お父さんとお母さんが帰ってくるみたいなんだけど」


「えっ……」


 父と母が帰ってくる。この汪海町に、遠路はるばるやってくるということだろうか。


 にわかに欧華はソワソワする。


「今度っていつ?」


「ゴールデンウィーク」


「そんな急に? 何しに来るの?」


「勿論、欧華とお話しにじゃない」


「お話って、おじいちゃんはいいの? ケンカになったりするんじゃ」


「ケンカになるかも知れない。けど、皆、もう大人だから」




 父母が突如、すでに近くなっているゴールデンウィークに、帰省の名目で来るのだそうだ。


 欧華には不可解で仕方なかった。彼女の覚えでは、父母と暮らしていた頃、帰省というイベントは絶えてなかった。父母と祖父母の折り合いがあまりよくなく、特に祖父と父母がいがみ合っているためである。和子はまだ宥和的だが、憲一は頑なで、価値観の会わない父母と真っ向から対立しているのだった。


 欧華には推察された。父母はそうまでして、娘と向き合おうとしているのだ。しかし、仕事をやめて父母のもとを弾き出されるようにして去って以来、彼等とは関わりという関りがなく、絶縁状態で、欧華にしてみれば、見捨てられたのだと思っていた。




 夕方が迫り、アルバイトの時間が近かった。欧華は改めて出かけ、エプロン姿で勤務したが、なかなか作業に集中出来ず、常にゴールデンウィークのことがよぎり、イライラした。




 夜、九時の閉店時間の少し過ぎた頃合いに欧華は退勤して家に帰ったが、憲一はすでに寝床に行っており、和子だけが居間に残っていた。憲一の就寝時間は早く、欧華とのすれ違いは、さほど珍しいことではなかった。


 居間ではテレビが付いており、和子が片肘を突いてぼんやり眺めていて、欧華は取って置いてもらった夜食を遅れて食べだす。白ご飯に、魚の煮付けに、揚げ物に、お漬物という内容のメニューだった。


「ねぇ、欧華」


「うん」


 欧華は呼びかけられ、箸をとめる。


「おじいちゃん、やっぱり怒ったわ」


「今日の話?」


「そう。お父さんとお母さんが帰ってくるっていう話。おじいちゃんに、わしがいないのに、勝手に話を進めるなって呶鳴られちゃった」


 憲一が声を荒げるシーンは、何度か欧華は目にしていたので、和子の心労は推して知るべしという感じだった。和子は和子で、憲一のそういう態度に、長年の付き合いで堪え慣れているようではあったが。


「わたしも、出来れば顔を合わせたくない」


「欧華……」


「せっかく自分の力で停滞してた生活を少しずつ動かし始めたのに、また前みたいに親の指導で強制されて何かするなんて、嫌だもの」




 欧華は、何だか逃げ出したい気分だった。父母を避けるために、どこかに身を隠したかった。その思いは、真剣だった。


 ゴールデンウィークまで、そう遠くない。スーパーで勤務する欧華にとっては、平日も祝日もなく、連休中もシフトで入っている日は出勤する予定であった。


 彼女は、両親と会いたくないわけではなかった。ただ彼女が適当と思うタイミングと、父母が適当と思うタイミングに食い違いがあるのだった。今、父母は会いたがっているようだが、反対に欧華は、会いたくなかった。




***

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