《20》
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日曜日の夜八時頃になって、それまで降り続いていた雨がようやく上がった。予報によると、月曜日からは晴れる予定である。
宙は自宅の居間のソファに仰向きになり、肘掛に頭をのせるという恰好で携帯ゲーム機で遊んでいる。宙の職場はシフト制で、日曜日が出勤日の場合があるが、日曜日の夜特有の雰囲気に当てられて、月曜日を目前にした憂鬱は、彼女の場合も例外ではなかった。テレビが付いており、陽子はキッチンのコンロで、鍋でパスタを茹でている。
ふと宙はゲーム機を置き、そばに置いておいたスマホを手に取って、消灯した画面をつけてみた。すると、ちょうどそのタイミングでメッセージが届き、宙はハッとしたが、送信者は『彼女』なのだった。
すぐさま宙はメッセージを確認してみる。
『送らせてもらいました。岬欧華です。よろしく』
メッセージが既読になり、宙は返事を勘案する。
『天国宙です。メッセージありがとう。こちらこそよろしく――』
宙においては、これだけで返事が終わるのはどこか物足りない気がしたが、これ以上どうやってチャットを重ねればいいのかよく分からなかった。また、欧華が忙しい可能性があるし、今はシンプルに終わらせても、また次の機会を待てばいいという思いもないではなかった。
『――またプラネタリウムに来てください。いつでも歓迎しますので』
そこまで書いて宙が返信すると、あっという間にその返信が既読になり、欧華がチャットを注視しているのだと推察され、宙は何だか緊張してくる気がした。
『機会があれば、ぜひ行きたいものです。またじかに会える機会があると嬉しいです。では』
別れを告げられ、宙の緊張は一気に霧消した。張り合いが抜けるという感じだった。また、プラネタリウムに来て欲しいという宙の思いは率直なものだったが、欧華の返事は、その文言とは裏腹に、どこか遠慮しているように思われた。
何だか索然として、宙はスマホを脇に置くのだが、かといってゲームを再開しようという気分ではなかった。ただ仰向けに、天井をポカンと見つめているばかりだった。
「宙?」
陽子がキッチンより声をかけてくる。
「あの子とは連絡先、交換したの?」
「したよ。今やり取りしてたところ」
「ふうん」、という陽子は、嬉しそうにニヤニヤする。「じゃあアンタたち、もう友達ね」
「友達……どうだろうね?」
が、宙は陽子とは反対に、無感情だった。思わずハァ、とため息が漏れる。陽子はきょとんとして、イマイチ反応のよくない宙の方を見遣るが、特に拘泥はしなかった。
宙は、欧華との間に壁の存在を感じた。連絡先を交換したとはいえ、近しくなるにはまだ努力が必要のようだった。だが、プラネタリウムに当分の間来ないだろうと思われる欧華と、どうやってより接近するためのアプローチをすればいいのか? スマホのチャットアプリは、それだけでは誰かと親しくなるツールとしては足りないけど、その方策を模索するすべとしては有用であり、それを介して欧華と繋がれたのは、やはり意義深いことだった。
夜食の準備が整い、宙と陽子はテーブルに付いていた。陽子はミートソースのパスタとサラダで、宙はというと、同じメニューだった。もともと宙はスーパーで買ったマグロの切り身を使って料理するつもりだったのだが、にわかに気力が萎え、陽子に頼んで二人分作ってもらったのだった。
「で、あの子は何者なの? 岬欧華ちゃん、だっけ?」
フォークに巻いたパスタをズルズル食べて飲み込んだ後、陽子が尋ねる。
「まだ名前以外知らないんだよね」
野菜サラダを箸でつまむ宙がぶっきらぼうに返す。
「せっかく連絡先交換したのに?」
「まだお互いに知り合ったばっかりだし、わたし、チャットで色々聞きだすのってあんまり好きじゃないんだ」
「じゃ、直接会う約束を取り付けないとね」
「でも、プラネタリウムには当分来ないみたいだし、どういう口実で会えばいいんだろう?」
「別に、お話したいからでいいんじゃない?」
「お話だけ……」
サラダをつまむ宙の手が、考え込むように止まる。
「小難しく考える必要なし。アンタたちきっと同じくらいの年齢だろうし、互いに興味持ち合ってるでしょ」
「わたしはそうだけど、向こうもそうとは限らないよ」
「いやいや、わたしの見立てでは、欧華ちゃんも結構アンタに興味津々だったわよ」
テレビでは番組が進んで終わり、別の番組が始まり……そういう風に、時間の流れが明白であった。月曜日の接近が否応なく思い知らされ、負の印象と共に労働がイメージされ、宙の憂鬱は増していくようだった。
……。
頭にタオルを巻くという恰好で、お風呂で湯船の湯にどっぷり浸かって、宙はぼんやり考え事に耽っていた。
直接会う口実が思い付かなかったけど、陽子は話したいという理由だけで充分だと言った。その助言は宙にとって参考になったが、どこで話せばいいのか迷った。今は五月で日中が少し暑くなってきているが、浜辺で海を眺めながら話すというのはひとつの案だろう。また、宙はそういった娯楽とは無縁で来ているので詳しくないが、おしゃべりするのに都合のいい喫茶店か何かが汪海町にあって、そこでコーヒーでも飲みながら話すというのも悪くないだろう。
考えを進めていると、欧華を誘い出すのはさほど難しいことではないように宙には思えてきた。ある程度案がまとまったら、チャットアプリで呼びかけてみようと、そのように彼女は決めたのだった。
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