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星空のスパークル  作者: Yuki_Mar12
五月
18/48

《18》

***




 幽霊みたいだと言われるほどミステリアスで暗い印象を与える容貌の宙は、幽霊を始めとした超常現象に対しては、その印象とは似つかわしくなく懐疑的だった。


 そういうものを肯定的に捉えている人は、そもそも世の中に多くない。年を重ねて認知機能が発達すれば、ますます幽霊のように客観的に認識することの出来ない存在の肯定は難しくなる。仮にその存在を信じているなどと主張すれば、相手に気でも(ちが)ったかと敬遠されるか、想像力が豊かだと皮肉られるのが関の山である。




 海辺の町、汪海町では四月が過ぎ、五月になった。気温がグッと上がり、真夏日が続出し、まれに猛暑日となることもあった。まだ朝晩は冷えたが、日中は汗ばむ陽気で、服装の選択が悩まれた。木々の緑が初夏の風に青々と輝くようになった。




 テレビでは、連日戦争のニュースが絶えなかった。ヨーロッパのある国々の間で、領土争いに端を発して対立が激化し、紛争が起こり、そして戦争にエスカレートした。その二国はなまじ国境線を接しているために揉め事が多く、これまで何度も諸問題を巡って火花を散らせてきており、ここ最近の世界情勢の不安定さがそそのかして軍事衝突に至った。戦争している二国それぞれには、イデオロギーによって世界を分断する大国及びその同盟国が支援と銘打ってバックに付き、数々の思惑を絡み合わせ、問題の様相を複雑化させている。




 さて、五月の始めのある日曜日。雨がしたたかに降っていた。せっかくの日曜日だが、天気予報によれば、一日中雨は降り続くという話だった。




 正面が芝生の天国家。その玄関ドアが開いて陽子が現れた。ジーンズにロンTという出で立ちの彼女は、雨雲の覆う空を細目で睨むように見遣ると、目を元に戻し、玄関と芝生の前庭を繋ぐ九十九折の短い階段を下りていき、駐車してある軽ワゴンのそばまで向かった。スマートキーでドアを開け、運転席に乗り込むと、スイッチを押してエンジンを始動させた。


 雨が白いワゴン車のルーフを打ち、窓を流れる。ワイパーがその内フロントガラスに動き出す。四月の日光と雨でいささか成長した正面の芝生は、雨粒まみれになっている。


 しばらくして、宙が遅れて出てくる。彼女は白のTシャツとグレーの綿パンという出で立ちだ。彼女は玄関ドアを施錠すると、片手で頭上をカバーして、階段を駆け下り、ワゴン車の助手席に乗り込んだ。彼女等は出かけるようだった。時はお昼を過ぎた頃。天国家の周縁は、休日ということと雨のためか、ひと気が乏しく、ひっそりしている。




 ……。




「――芝生、伸びてきたね」


 助手席の宙が言う。


「そうねぇ。ゴールデンウィークにでも刈り込もうかしら」


 アームレストに肘を突き、物憂げに片手でハンドルを握る陽子が返す。


「雑草もちょいちょい混じってきてるし」


「うちに造園屋さんに頼めるお金があれば、頼むんだけどねぇ」


 ワゴン車は幹線道路を走っていた。道路を行く車がことごとく、路面の水を跳ねさせている。


「そういえば」、と陽子。「アンタの科学館って、ゴールデンウィークはどうなってんの?」


「シフト制だから、出勤したりしなかったり」


 彼女等はスーパーに向かっているのだった。これといった予定がなく、明るい内に食料品の買い出しに行ってしまおうという算段だった。


「宙、そろそろ車の免許でも取ったら?」


 車が交差点で右折待ちしているタイミングで、陽子がそう提案する。


「免許……要るのかなぁ」


「この町では免許持ってた方がいいと思うよ。電車もバスも通ってるけどさ、決まったところにしか行かないし、それに、アンタが運転出来たらなぁって思うことあるしね」


 運転免許の取得については、宙の何度か考えたことのあるテーマだった。だが、イマイチ必要性を感じないし、何より車の運転に不安があった。ちゃんと駐車出来るだろうかとか、間違った車線を走らないだろうかとか、ぶつけて事故を起こさないだろうか、等々。




 母子が話している内、車はスーパーに着いて駐車場に進入し、駐車した。地元のスーパーなので、天国家からは車で十五分程度の距離にあった。




 店内に入ると、宙と陽子はそれぞれ別々にスーパーのカゴを持って買い物に向かった。二人がいっしょに買い物する時は、基本的に会計は個別で済まされるのだが、会計前に合流し、カゴの中に被っている品物があれば、陽子が親のメンツのために買う慣わしになっている。




 店内のひと気はあまり多くなく、客より作業する店員の姿の方が目に付いた。




 宙は、この前の漬け丼がうまく行かなかったリベンジがしたくて、やはり鮮魚コーナーにマグロの切り身を探しに行った。空っぽのカゴに真っ先に入れるのが傷みやすい生魚であるということは、さほど問題視されなかった。彼女のいちばん初めに思い付いた欲しいものが、マグロの切り身だったというだけに過ぎなかった。


 二階建てになっているスーパーの一階では、主に食品が扱われており、精肉のコーナーや、農産物のコーナーや、鮮魚のコーナーがあるのだが、鮮魚のコーナーの商品棚を見て回る時、宙は、品物をのせたカートを押す一人の店員とのすれ違いざまに、「いらっしゃいませ」、と女性のか細い声で挨拶され、ありふれたことだけど、妙に引っかかるものがあった。


 気になった宙は振り返り、カートを押すその店員を背後より見てみた。白い作業着の上にエプロンを着、ベレー帽を被るという恰好だが、帽子よりはみ出る髪色に注目された。既視感のある青だった。このスーパーの店員はマスクで鼻と口を覆っていて、帽子と共に顔の大半を隠し、人相はよく分からないのだった。


 ひょっとして、と宙が思っていると、店員がその視線を察してか振り向き、二人は目が合った。




「あっ――」




 二人共、同じように口を半開きにし、目を見開いた表情で驚き合った。本当にびっくりして、彼女等はその場で凝然と立ち尽くした。




 店員は宙を知っており、宙は宙で、その店員が過日プラネタリウムで出会ったあの少女、岬欧華に違いないと、マスクと帽子の先に認め、やはり意外という念に打たれて戸惑うばかりなのだった。




***

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