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101/102

《101》

***




 陽子の着てきた浴衣というのは、黒に近い紺の生地に白の桔梗の柄が入っているものだった。桔梗は無作為に並んで咲いており、帯が紫色のものだったが、わきの辺など、帯に近い部分は、その色が反射して同じ色になっていたりした。


 髪型にもアレンジが施されており、螺旋にねじった束が、後頭部でまとまって、うなじが露わになっていた。


 宙、陽子、欧華、和子の四人は、欧華の運転する車でやがて加地家に着き、車は、家庭教師の頃そうされていたように、玄関前の、道路に対してはすかいになっている通路に止められた。


 想像より多い人数の来たことに、結香は最初とまどったが、結局人数が多い方が楽しいし頼もしいので、すぐに受け入れた。


 結香の方も、同じ高校の友達――ショッピングモールで宙が過日遭遇した時と同じ面々を連れてきていて、全員合わせれば十人近くなった。加えて、結香の親もいっしょに来るようで、花火のメンバーは大所帯になりそうだった。


 加地家に集う面々においては、結香とその友人たちが浴衣を着ていて、宙たちと合流することで、陽子の目立ち過ぎ感はすっかり薄らいだ。


 結香の浴衣は、陽子のものと比べると、同じ花柄なのだが、一つ一つの花が大きかったし、色もピンクだったしで、派手だった。彼女の友人の着る浴衣も、派手という点で共通しており、とはいえ、活発で若い女子高生の彼女等には、むしろ派手な柄の方が、しっくりくるようだった。


 皆は外に出て、各自好きに言葉を交わしていた。辺りは暗くなってきており、かろうじて残照が、空の底部をオレンジ色に染めているばかりだった。


 陽子と和子は、向こうの親と挨拶をかねて談笑しだし、宙と欧華は、結香とその友達と集まって話したが、結香以外とは面識がないので、ちょっと互いに気詰まりだった。


「久しぶり」、と宙。「わたしのこと、覚えてる? たった一回しか会ってないけど」


「覚えてますよ」、と結香。「ポスターの前でしたよね、会ったのって」


 結香はそばにいる、当時いっしょにいた友人たちに「ねぇ?」、と尋ねる。彼女等は頷いたり、気まずそうに顔をこわばらせる者がいたりし、全員覚えているというわけではなさそうだった。


 宙は思わず苦笑いし、一方で欧華は頭上に『?』を浮かべ、何のことかさっぱりという感じだった。


「わたしたち、ショッピングモールで前、会ったんです」


 結香が欧華に対して簡潔に説明する。


「そうなんだ」、と欧華。


「欧華さん、浴衣、着てこなかったんですか?」


「うん。ちょっと迷ったんだけど、何か恥ずかしくて」


「勿体ない」


 宙は彼女等のやり取りを何となく見ていたが、自分も着物を着てきていないので、内心、残念がられたい思いだったが、注意の向けられることはなさそうだった。


 結香と欧華はその内、結香の学校生活にまつわることについて話し始めたので、局外者の宙は参加出来ず、ちょっと孤立してしまった。


 だけど、何だか居心地は悪くなかった。というのは、まだ残暑の厳しい八月の末だというのに、涼しい風が通っていたからである。加地家の周辺は水田があり、風が遮られず、その肌ざわりがずいぶん柔らかだった。日中かいた汗がすっかり乾いていくようだった。


「宙さん、でしたっけ?」


 ふと、結香の友人が話しかけて来、彼女は放置されている宙に気を遣ってくれたようだった。


「覚えててくれたんだ」、と宙。


「えぇ、まぁ」


「今夜は花火どれくらい綺麗に見えるかな」


 そう言って宙は空を見上げる。夜に近付いていく夕空には、星が点々と浮かんでいる。


 同じように空を見上げると、友人は「きって綺麗に見えますよ」、と答えた。


「わたし、星にはうるさいから……」


「えっ?」


 宙の発言に、友人はきょとんとする。


「あぁ、違う違う」、と否定し、宙は両手を振ってジェスチャーして見せる。「花火のことだったね」


「宙さんは、この町の花火大会は初めてですか?」


「うん。初めて。存在は知ってたけどね。ちょっと遠いからって、ずっと来れずにきた」


「そうですか。この花火大会を境に季節が変わりますからね。毎年皆で見るようにしてますが、いつも見る時にしみじみします。あぁ、夏の終わりだなぁって」


「そっか……」


 そう言われて、宙は見上げている空に、花火のイメージを重ねてみた。ヒューという高い音と共に光の流れが尾を曳いて昇っていき、高空でドカンという音と共に弾けて飛散する。


 今見えている星影の煌き(スパークル)が、まるでイメージの花火の跡のようで、宙はちょっとじんと来てしまった。


「わたし、プラネタリウムで働いてるんだ」


 目線を空より下げて、宙が言う。


「へぇ。そうなんですね!」


 友人は驚いたように返す。


「だから、さっき星がどうだって口にしたんですね」


「そう」


 宙は苦笑と共に返す。


「プラネタリウムで働いてるって、素敵ですね」


「そうかな」


「綺麗なものを仕事に出来るって、素敵じゃないですか。世の中の仕事の大半って、わたしには、綺麗なものを欠いてるイメージがあるから、憧れます」


「プラネタリアンにも綺麗じゃない仕事は一杯あるよ。投影室の掃除だって、機械の整備だってしなきゃいけないし」


「でも」、と友人。「わたしの親は介護士ですが、綺麗なんてものとは程遠いです。わたしは出来れば、なりたくない」


 介護士という言葉が出た時、宙はチラッと欧華の方を瞥見した。彼女は気付いていないようで、ずっと結香と話していた。


 宙は少し考えた後、「いいんじゃない」、と言った。「人それぞれ、綺麗なもの、綺麗じゃないものっていっしょじゃないと思うし、自分が綺麗と思うものに従事しようとすれば、それで」


 宙は言いながら、思った。欧華はこれから衝く仕事についてどう思っているのだろう? 確かに、仕事は綺麗なものや綺麗ごとだけで成り立っているのではない。泥臭さやインチキが含まれて、複雑に成り立っている。


 介護士が、結香の友人にとって、親の影響でなりたくないものであっても、欧華にとってはそうではなく、彼女なりに、美点を見出した上で選択した答えなのだろうと、宙は推測した。


 しばらく見ていると、宙は欧華と目が合い、彼女が小首を傾げると、宙は微笑みかけ、その後、二人は頷き合った。その時、結香と友人は、どうしたのだろうと首を傾げたが、すぐにそれぞれの話に戻っていったのだった。




***

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