黒岩平原Ⅲ トム・トルン
――「あなたはしばらくここでお待ちください。」
「くそったれがぁぁ!!」
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大きな門が轟音とともに開き、先端のラッパが華々しく響き渡る。
床ごと滑るように動く慣性転移ザルによって、新兵たちは一歩も歩くことなく、乱れない姿勢のままホール中央へと運ばれた。
彼らが視線を上げると、その正面には黒岩の要塞――カストル軍最高指揮官フリードリヒ・フォンが威厳を湛えて立っている。
その横には六人の指揮官が並び、新兵の両脇には整然と並ぶ兵士たち。まさに威風堂々たる儀礼の光景だ。
「新兵諸君! この黒岩の地、カストルは、先人たちが血と汗で守り抜いてきた歴史ある砦である。戦略的にも極めて重要な拠点だ!
そして今、この時代はまさに諸君のものとなりつつある。
故郷を守り、歴史を紡ぎ、先人の思いを未来へと繋ぐ――その役目を担う者として、諸君は選ばれたのだ!」
「うぉぉぉぉー!!」
最高指揮官の声が響き終わるや否や、会場全体が熱狂の渦に包まれた。
周囲に合わせ、セイリクも大声を張り上げる。
しかしその胸中は複雑だった。何が「時代は諸君のもの」だ。所詮、年寄りたちにこき使われるだけの駒に過ぎない――そんな鬱屈が胸に渦巻いていた。
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「こんにちは。私はベルク・ライトと申します。本日、こちらの城内でお待ちのお客様のもとへ伺いたくて――」
「許可証はございますか?」
「こちらです。」
役人が書類をひと目見ると、にっこりと微笑んだ。
「ライトさんですね。ようこそカストル城へ。お入りください。」
商人ベルク・ライトは、何年ぶりかの城内に足を踏み入れた。迷路のように複雑な通路を抜け、ようやく辿り着いたのは「L2-C-R11」――お客様の居室。彼は胸の高鳴りを押さえ、扉をゆっくりと開けた。
「エリンコ・エレストラさんはいらっしゃいますか?」
「何だ、エリンコ・エレストラは俺だぞ」
入隊式前のエリンコの家族は、既に仕事に行っていた。家の中には二人きり。ベルクは笑みを浮かべた。
「何の用だ?」
「石のありかを聞きに。」
「絶対教えねぇ。てか、なんで石のことを知ってんだよ。」
「教えてくれないのか。仕方ない。」
ベルクの正体はトム・トルン。痩せ型の三十代の男である。
トム・トルンは唐突にナイフが襲いかかった。
エリンコはかわすと一瞬でトムを押さえ込んだ。駆け引きは一瞬だった。
「で、石をどうするつもりだ!」
問いかけるエリンコ。しかしトムは一瞬のうちにエリンコの腕をすり抜けて、エリンコは気づくと壁際に追い詰められていた。トムはエリンコの右目にナイフの刃を近づけ、動かない。
「ただ“石”のありかを聞いているだけです。」
「教えるもんか! 死んでも教えねえ…っ!!」
トムはゆっくりと、確実にナイフを眼球へと近づける。血の気が失せそうなエリンコ。
「わかった、わかったから!教えるからやめろ!黒翼ホールの地下、聖廟の奥、隠し扉の先だ! お願いだ、やめてくれええ!!」
ナイフが離れると同時に、エリンコは膝をついた。
「ご協力感謝します。あなたはしばらくここでお待ちください。」
「くそったれがぁぁ!!」
トムは冷ややかに微笑み、去ろうとする。しかしその背後から、静かに声が響いた。
「おっと。」
「最後に言っておきます。私はトム・トルンだ。」
そして次の瞬間、エリンコの意識は深い闇に覆われた。
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黒翼ホールの地下、聖廟の奥、隠し扉の先――あの少年がどうしてその場所を知ったのか。
誰かの入れ知恵なら、間違いなくカストル内部の者。先を急がねばなるまい。
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入隊式は相変わらず退屈そのものだった。偉い連中の長々とした演説が続き、セイリクはただ終わりを待つばかり。だが、その瞬間――
“ドン!!”という轟音とともに、床全体が激しく揺れたのだった。