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夫と騎士

 内密の結婚式の翌日、公爵の領地に一人の騎士がやってきた。豊かな赤毛に、頑丈でいかにも重たげな甲冑、馬の上でも長身なのがわかる。威風堂々とした男だ。


 新婚のカップルは同じ馬に乗って、仲良く中庭をまわっている。プリシラはトリスタンの腰につかんで、クスクス笑っていた。それがピーター・ドールを見ると、すんと笑顔をしぼませて、驚いた顔になる。やがて異様なほどの歓喜に輝く顔へと変わって……。


「信じられないわ!ピーター!ずっと、あなたが来ないかって祈っていたのに!」

 プリシラは夫の馬の上から飛ぶように降りると、ピーター・ドールと馬の方へと一目散に駆けていった。


「姫君、怪我は?」

 ピーターが低い声で聞く。


 誘拐された王女のことを心配しているのだ。


「怖かったけど、平気よ……。あなたがいるなら、もう安心していいものね」


「あの男は誰なんです?」

 ピーターはひらりと馬から降りて、不審そうにたずねる。未婚の王女に気安く触れていたのが気に入らなかった。


「トリスタンよ。カールセン公爵の弟なの」

 妙に明るい口調で言う。


 プリシラはピーターに結婚の事実を告げるべきか迷った。もし知ったら、ピーターは激怒するのではないか。公爵やトリスタンと衝突するような事態は避けたかった。


「舞踏会に来ていた青年ですね。まさか彼に誘拐されたんですか」

 ピーターはもう額に青筋を立てて怒っている。


「いいえ。駆け落ちしたの。私が計画を立てて、トリスタンをそそのかしたのよ。彼、優しいの。でも来なければよかった。もう帰りたいわ。だって、お父さまは……」


 目頭があつくなって涙が出てきた。父は死んだのだ!殺されたのだ!ピーターに会って、彼の優しい声をきいて初めて実感が湧いた。もう、あの優しい父には会えない。


「気の毒です」

 ピーターが沈んだ声で言う。


「父の葬儀にも行けないなんて。お城の人たちは無事なの?お母さまは?」

 プリシラがすがるような口調できいた。


「ソフィアさまは大公のところにいます」


 大公のところにいては、ピーターにも王妃の安否はわからない。


 その後、公爵とピーター・ドールの間で繰り広げられたやり取りは、ちょっとした見ものだった。ピーターは王女をさらった公爵に内心では怒っていたし、公爵は公爵でピーターの勢いに負けて、プリシラを引き渡すつもりはない。主導権を握っていたのは公爵だった。ピーターには金貨も従う兵士もいないのだから。



 トリスタンとプリシラが、夜気にあたりに寝室からテラスへと出てきた。プリシラは紫の薄い布地のドレスを風になびかせて、妖精のような姿だ。トリスタンは階段を降りる妻をいたわるように、その腰に手を添えている。金髪が月明かりに輝いて、とても神秘的だ。妻は夫を信じ切ったような、優しい目で見上げて微笑んでいる。

 生垣のかげの長椅子に座って盗み見ていたピーターは激しい怒りを覚えた。


「恐ろしいほど美しい夜だ」

 ピーターはすっと立ち上がって言った。


「まったく。静かな夜ですね」

 トリスタンが相槌をうつ。穏やかな、相手を信頼しきったような声で、ピーターの敵意にきづく様子もない。


「ピーター、あなたなんだか怖いわ。黙ってないで座りましょうよ。上手くやれば、ずっと遠くに白鳥が泳いでいるのが見えるんですから」


 プリシラはにこやかにそう言うと、二人の間に割って入って、長椅子の上に寝そべった。トリスタンはごく自然にプリシラの足元に座る。ピーターはおもむろに向かいに座って、女主人を眺めていた。


「一体、駆け落ちをしたっていうのは本当なんですか。姫君、どうして真実を隠すんです?」

 ピーターがしびれを切らして言う。


 プリシラは笑顔を取り繕えずに、顔を背けた。


「僕のせいです。プリシラは僕に誘拐されたんです……」

 トリスタンは罪の意識に駆られて、すべて伝えてしまおうという気だった。


「やめて、トリスタン。私、自分の意志でここに来たの。あなたが好きだったから。そのせいで、お父さまに会えなくなるなんて思いもしなかった……」

 プリシラがトリスタンをさえぎって言う。


 なぜトリスタンを庇ったのかわからなかった。ずっとピーターの迎えを待っていたはずだ。彼の助けを。


「結果的には、ここに来ていてよかったのですが」

 ピーターはプリシラを可哀想に思って言った。

「大公の捕虜にならなくて済みました。もう私が来たのだから、大丈夫ですよ」


「わからないわ、ここにいるべきなのかもしれない」

 弱々しい声で言う。


 ピーターと孤独な旅に出るよりも、トリスタンと一緒にいたかった。わけがわからないけれど、プリシラはトリスタンを愛していたのだ!

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