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強いられた結婚・娼婦ニーナ

 王が死んだ。信じがたいけれど、それは、たしかな真実だった。デミアン大公の手先に寝込みをおそわれたのだ。


 悪賢い大公はまず、王にとどめを刺した男を処刑台につれていって殺した。王の死に自分は無関係だと示すためだ。

 血統者の剣は王となるものを指し示す。大公は民衆の前に出ていって、血統者の剣をかかげた。民衆が新しい王となった男に熱狂する。人々をだまし、権力者たちを従わせるのには、それだけでよかったのだ。


 前王妃ソフィアは夫の死体のそばにひざまずいて、祈っている。大公が王の寝室に入ってくると、ソフィアは立ち上がって向き直った。黒い喪服姿と、青ざめた美しい顔。涙を流している様子はない。ただ、目を見開いて大公を見つめていた。


 大公がソフィアの冷たい手に赤っぽい大きな手を重ねた。前王妃がぶるっと身を震わす。大公の手は妙に温かい。


「ヘンリー前王のことは残念だった。あなたを傷つけるつもりはない。ただ、兄の妻として守りたい。私と結婚してほしいのだ」


「そうしてあなたが王に?」

 ソフィアが虚空を見つめて言う。

「でも教えてちょうだい。プリシラは無事なの?」


「プリシラは何者かにさらわれた。必ず見つけ出して、ここで私の娘として育てる。あなたの子どもは私の子どもだから」


 ソフィアは夫の蝋人形のように冷たくなった体を見ながら考えたはずだ。大公は果たして娘を殺したのだろうか。それとも宮廷から連れ去ってどこかに監禁しているのか。それとも本当に知らない誰かに誘拐された、行方がわからないのか。大公が夫を殺したことは確実だ。

 だが、娘がまだ生きているのなら、大公と結婚した方がよいだろう。そうすれば、娘は殺されないのかもしれない。



「あなたのお兄さま、私のことを憎んでいるんだわ」

 プリシラが陽光の中、噴水の水に足を浸して言った。


 トリスタンと王女は庭園で午後の時間を過ごしていた。公爵は王女を外に出すことに反対したけれど、屋敷の中で退屈していたプリシラのために、トリスタンがとりなしてくれたのだ。


「まさか。違うよ。憎んでなんかいない。兄さんは無愛想なんだ」

 トリスタンが優しく言う。


「いいえ。本当なんだから。私を避けてるし、本当ならずっと部屋の中に閉じ込めておきたいのよ」


 プリシラは噴水の中にひなぎくの花びらをちぎって投げ入れ始めた。トリスタンは優しい瞳でプリシラを眺めている。彼女の豊かな栗色の髪、濃い青色の瞳。なんて可愛らしく、美しいんだろう。彼女と結婚できるなんて、世界一の幸せ者だ。


「兄さんは気難しいのさ。でも、僕が君を幸せにしてあげられる。兄さんだって、僕の大切な人になら親切になるはずだ」


 プリシラは諦めたように、そうね、と言った。トリスタンはプリシラに夢中で甘い約束をしてくれる。結婚式は明日だ。


 逃げ場なんかない。今だって周りには至る所に衛兵がいるのだ。逃げ出そうとすれば、すぐに捕まって寝室に連れ戻されるだろう。

 時々、ピーター・ドールが助けに来てくれるのではないかと夢に見たけれど。


 翌朝目覚めると、ベッドの上に妖艶な女の人が座っていた。黒髪の美しい女だ。白い亜麻布を銀とトルコ石の留め具でとめただけの、ほとんど裸のようなかっこうをしている。胸が大きくて、布の上から形が透けて見えるので、思わずドキドキしてしまった。女は白い歯を唇からのぞかせて、放埒な笑みを浮かべている。


「私ニーナよ、お嬢さん」

 ニーナはそう言って自己紹介した。ぽってりとした、色っぽい唇だ。


「私はプリシラよ。ニーナさん、どうしてあなたが私の寝室にいるの?もしかして、あなたがここの女主人かしら」


「いいえ、まさか。私は公爵の妻でも姉妹でもない。トリスタン坊やと結婚したら、あなたがダーチャの女主人になるのよ」

 ニーナがからかうように言う。

「私がここにいるのはね、あなたをお風呂に入れるため。ダーチャには女中がいないからね」


 プリシラはニーナになされるがままに服を脱いで、風呂に入った。温かい湯だ。ニーナは鼻歌をうたいながら、湯をたしている。


「どうしてお風呂を用意したの?婚礼の朝は忙しいものでしょ」


 ニーナは嬌声をあげて笑った。

「あなた、うぶね。婚礼の夜に何があるか、なんにもわかってないんだわ」


 揶揄われるのに慣れていないプリシラは戸惑って、言葉を返せなくなってしまった。


「坊やが何を望んでいるのか知らないのね」


 ニーナはちょっと考えて、夫婦の間で何をなされているのかを説明した。初めてする時には痛むだろうこと、力を抜けば痛みがましになること。それは子をなすためにも必要な行為だということ。


「でもそれって暴行だって聞いたわ。侍女で家の主人におんなじことをされた人がいたもの。汚れた、道に反したことだって」

 プリシラがショックを受けて言う。


「結婚した夫婦の間なら、道に反したことでも、暴行でもないわ。たとえ、妻にとって苦痛に満ちた行為であったとしてもね」

 ニーナは嘘の慰めを言おうとはしなかった。むしろ、残酷なほどの真実を口にするのだ。


「トリスタンはきっとそんなことしないわ。昨日だって私を守って幸せにするって言ってたもの」

 声をうわずらせて言う。


「トリスタンは若いわ。だから我慢なんてできない。間違いなく望むことをするでしょうね。お嬢さん、嘘なんて言わないわ。私は彼の娼婦なのよ。あの坊やはね、ベッドの上ではこの上なく精力的なんですから」


 プリシラは急にニーナが嫌いになった。娼婦だったのだ。でも、ニーナを憎む以上に、今夜行われることが恐ろしかった。世界はどうして、あんなにも恐るべき真実を隠していたのだろうか。お父様も、お母様も、ピーターもみんな。

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