血統者のつるぎ
大勢の貴族たちが並んで待っている中、王と王女が広間に入ってきた。姫様はまばゆいばかりの美しさだ。ピンク色のふわふわしたドレスを着て、いつになく幸福そうな、はにかんだような顔をしている。
「王女を見たかい?」
トリスタンがイーサンを小突いて言った。
「美人だな」
イーサンはトリスタンの声の調子にニヤリと笑う。
「俺もお前も花婿候補だけど」
「何か知ってるのか」
「花婿はもう決まっている」
トリスタンは驚いたような、怒ったような顔をした。
「決まってるって?」
親友の真剣な調子に、イーサンが笑いをひっこめる。どうやらトリスタンは本気らしい。恋やら王女やらに参ってしまったのだ。
「王と花婿で示し合わせてあるって、そういう噂だ」
「花婿って?」
イーサンは返事を少しためらった。
「パトリック・ドトーだ」
トリスタンはパトリック・ドトーを振りかえる。歳の齢三十ばかりの男だ。黒髪のたくましい人物だった。地位の高い者なのだろうか。それとも国王の信頼を得た人物なのか。
「王女には少し年寄りすぎじゃないか」
トリスタンはむっとして言った。
パトリック・ドトーは王女にふさわしくない。平凡な男だ。トリスタンは心の中でそう毒づく。
王女の後ろからビロードのケースに入った剣が運ばれてくると、広間は静まり返った。それは「血統者の剣」と呼ばれている聖剣である。この剣に選ばれた者こそ王者たる資格を得るのだ。もっとも、「剣に選ばれ」るとは、どういうことなのか、誰も知らないのだが……。
剣はもっぱら前王に指し示された者に引き継がれることになっている。
部屋に戻っても、トリスタンの気分は晴れなかった。
プリシラは王のそばにひかえて、笑っていた……。何かお茶目な冗談でも言っていたのだろうか。
「うかない顔だな」
イーサンが言う。
トリスタンは鋭い目つきで親友を見た。
「王女のことなんだ。彼女のことが頭から離れない……。王女の愛がほしいんだよ!」
「舞踏会があるさ。そこで口説けばいい」
「言葉や約束以上のものがほしいんだ。イーサン、俺は舞踏会で王女と踊って、夜城の外に連れ出す口実をつくる。それで……」
「王女をさらうのか?」
賢明な友人だったらトリスタンを止めただろう。村娘ならまだしも、王女を誘拐すれば、深刻な結果を引き起こすことがわかるから。だが、イーサンはスリルも危険なことも大好きな年若い男でしかなかったのだ。
二人は冒険でもするかのように、実行の夜について話し合った。王女さえ手に入れば、宮廷を抜け出して兄の領地に帰っていい。
自分たちの計画の凶暴なのに気づきもしなかった。頭にあるのはプリシラの天使のような笑顔だけだった……
ピーター・ドールは王女の騎士で、いつもそばに控えている。昼食のときも、馬にのって外出するときも、帝王学の勉強をするときも。
今だってプリシラが明々後日のドレスを選ぶのを、窓の近くで見守っていた。若い侍女は騎士と王女の間でドギマギしている。プリシラがピーター・ドールに恋心を抱いているのを知っていたのだ。
「ねえピーター・ドール、私の結婚相手についてどう思う?パトリックという方が一番の候補でしょう?」
プリシラが気取ったような愛らしい調子で話しかける。
「地位も名誉もある立派な方ですよ、王女様」
「そう」
王女はつまらなさそうに言った。
プリシラは心優しい娘だったが、気まぐれなところもある。ピーターはそういう気まぐれにしょっちゅう振り回されていた。それも辛抱強く、文句の一つも言わないで。
もし結婚相手を選ぶ権利があるのなら、ピーターを選ぶのに。
プリシラはそれでもわかっていた。父の治世が終われば自分が女王になる。王国の安定のためにも、勝手な相手と結婚するわけにはいかないのだ。
ピーターはプリシラが死ぬまで忠誠を尽くすだろう。何があってもプリシラを守るだろう。
それだけわかっていれば満足ではないか。たとえこの恋が成就することがなくても。