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思惑

 しばらく裸のままでベッドの前に立っていた。暗い部屋。寝台をおおう緑のくすんだカーテンにガラスのシャンデリア。金属の部分は金箔がところどころ剥がれて、青錆ができている。


 暑い。とても暑い。女中に暖炉の火を消すようお願いしたのだけれど、忘れてしまったようだ。


 やがてプリシラは鏡の前に立って、赤い夜着を羽織った。薄い、けれど瑞々しい彼女の胸。まだ誰も触れたことのない、一人として男は見たことのない……


 ひょっとして、本当にパトリック・ドトーと結婚することになるのだろうか。


 胸が苦しくなった。そんな馬鹿げた考えは頭から追い払わなければならない。ピーター・ドールと彼の軍が迎えに来る計画なのだ。それまでは気を強く保たなければ。


 もう夜も遅かったので、寝床に入った。ずっしりと重い毛布に包まれて寝返りを打つ。


 万が一パトリック・ドトーと結婚することになったら、彼はプリシラに触れようともしないだろう。まるで人間じゃないみたい。人形みたいに……!


 プリシラは毛布を蹴ってベッドから出た。あまりにも暑すぎる。シャベルを探して暖炉の火を消さなければ。


 しゃがんで寝台の下を覗き込むと、隣の部屋から言い争う声が聴こえてきた。パトリックの寝室だ。プリシラの寝室と扉をはさんで繋がっている。


 扉に駆け寄って耳を押し当てた。


「他の男の子どもを妊娠している娘と結婚するなんて、感心しないわね」

 マーガレットの声だ。


 プリシラのあの暴露以来、マーガレットは冷たくなっていた。いかにもマーガレットらしい態度だ。プリシラは元から彼女が好きではなかったので、嫌われてホッとしたのだが。


「マーガレット、結婚は決めたことだ。政治のための結婚だったろう?」

 パトリックが言う。苛立ちをギリギリのところで抑えているような声だ。


「ええ、でもあの時はプリシラはいい子だと思っていたの。それがあんな裏切り、あんなふしだらな……」


「俺は一度も王女が出来のいい娘だと思ったことはない。そんなことはどうでもいいんだ。結婚したら他の男と浮気しないよう監視をつけることもできる。少なくとも石女うまずめではないしな。花嫁が子どもを産むことができるなら、跡継ぎの問題も出ないだろう。マーガレット、理解してくれよ。彼女と結婚すれば世界を支配することができるんだ……」


 プリシラは扉から耳を離した。彼を待たなければならない。ピーター・ドールを。

 彼が来なければ、彼が約束を守ってくれなければ、プリシラは冷酷な男の妻になってしまうのだ。


 窓を開けた。まばゆいばかりの月明かり。肌をひんやりと冷やしてゆく風。


 ふっと思い出した。こんなふうにして、私が窓の外を眺めていた時初めてトリスタンを見たのだ。白馬の上の彼。夢見るような、天使のような瞳でこちらを見上げている。ハンサムな青年だった。


 トリスタンがもう一度、あんなふうに見てくれるのなら……

 たまらなく寂しかった。どうしようもなく……

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