城門の死体
青空の下、行軍は続いた。どこまでも。女王の騎士の後ろには貴族の青年たちの騎馬隊、斧や鉄槌を持った農民たちの歩兵が歩いている。どの男も疲れ切った顔をしていた。
ピーターはエミリーの言葉を何度も何度も反芻した。まるで白昼夢のようだ。彼女の声、力強い黒の瞳。それから白いうなじ。ピーターの手に手を重ねたときの、なんとも表現のしようのない、美しく優しい顔……
何度も何度も思い出した。思い出すたびに幸福が呼び覚まされ、力がみなぎるのだ。
「ここで待ってますわ。あなたの帰りを、勝利を、ずっと、いつまでも……。待っています」
エミリーは辛抱強く、けれどたまらないほど切なそうに言った。
彼女の白い肌。風にはためく青のドレス。
ピーターは馬に乗る前に別れのキスをした。
「母を任せたよ。心優しい老いた母をね。エミリー、泣かないでくれ。必ず君のもとに帰ってくる。約束するよ、美しい人……」
エミリーのほほが熱い涙で濡れていた。とがった小さな鼻先が赤い。
最後に大きく手を振りながら、彼女は微笑んだ。馬は先は先へと進んでゆく。どんどん、無情に、殺戮の戦場へと。彼女の涙の光る、美しい笑顔がどんどん遠ざかっていった……
ピーター・ドールの率いる軍は十字の島から海を渡って大陸を横断していた。本来なら船で大陸の南側を進んで、ドトー卿の領地へ行く方が安全だったろう。しかし、ドール家は十分な船を持っていなかった。
大公の命令により、若い娘たちが連れ去られた街、カーニヴァルの近くを通りかかる頃。
ピーターは視察のために街に寄ることに決めた。兵隊たちは文句を言いながら、気乗りしない足を動かす。ひょっとしたら敵の重大な秘密を知れるかもしれない。保護を必要としている住人がいるかもしれない。ひょっとしたら食糧の補給ができるかもしれない……
遠くから、城門のすぐ下で何かが揺れているのが見えた。赤色の何か……
「ありゃなんだ。旗じゃねえぞ」
農民の男が言う。
兵士たちが不審がって声を上げる。
ピーター・ドールは後ろの騎馬隊を振り返った。すぐ後ろの貴族の出の青年、バートンも不気味がって顔をこわばらせている。
ピーターは馬を降りると一人で橋を渡った。
ギー、ギーっと不気味な男を立てながら、それはゆっくりと揺れている。風に揺れているわけではない。
それはやがて回転しだした。赤いドレスの女の死体。
兵隊たちは正体を知ると、義憤の声を上げた。なんてひどい、なんて卑劣な、なんて残酷な……!
大公の兵士らは娘たちをさらった後、武器をもたない住民たちを皆殺しにしたのだ。
街中が死体だらけだった。子どもも男も女もみんな殺されている。乳飲み子は母親の乳を口に含んだまま、老人は妻をかばいながら脳天をぶち割られて。ある少年は片方の足首に縄をまかれて、逆さ吊りになった状態で死んでいた。
「死の街だ、虐殺の街だ……」
バートンが呆然としてつぶやく。
突然、異様なほど静かな街に、赤ん坊の枯れかけた声が響き渡った。男たちが探し回る。死体をどけ、彫刻を壊し、死体をまたいで……
「見つけたぞ!」
城門の方から声が上がった。
男が赤いおくるみに包まれた赤ん坊を胸に抱いてやってきた。
赤ん坊は赤いドレスを着て殺された女の子どもだったのだ。それ以外に生き残っていた者はいなかった。
ピーター・ドールの軍隊は再び行軍を始めた。みながみな、復讐に燃え、力強い足取りで日がな一日歩き続ける。眉間にはしわが刻まれ、交わされる言葉の一つ一つに怒りが込められた……