剣はその主人を示す
大広間の深い青の引き幕は、ゆらゆら奇妙な具合に揺れていた。暗い場所だ。人は誰もいない夜。
オレグは神経質な男ではなかった。注意深い男であるけれど、臆病ではない。きわめて理性的な人物なのだ。
だから彼が揺れるビロードの帳に気を取られるのは、ちょっと変わったことだった。気取られないよう静かに近づく。
カーテンを開くと、女の後ろ姿があった。頭を黒紫の布でおおった女……
ゆっくりと振り向く。引き幕の裏、夕暮れの明かりでは女の顔は見えない。女はするすると布をはずして、オレグの目をまともに見た。その視線の嘘偽りのないところ、力強いのにオレグは思わず胸を打たれてしまう。
「王妃殿下」
オレグが言う。
「あなたを待っていました」
ソフィアがかすれた声で言う。
「人に見られるわけにはいきません。あなたのお慈悲におすがりしているのです……」
「しかし……」
二人は既にカーテンの中、密室にいた。何かを共謀するかのように。
「私の美しい、無垢な娘の命乞いをしに参ったのです。どうかこの憐れな母親の願いを聞いてください。名誉も幸福もすべてを失った女の願いを……。あなただけが私に希望を与えられるのですから」
王妃はそう言って足元にひざまずいた。
オレグはギョッとして、思考をめぐらす。
「やめてください、きさき殿下、高貴な方、ソフィア殿。あなたのような方が私の足元にひざまずくとは!
私には何も期待できないのですよ。何も!あなた方をお助けすることはできません」
冷たい、投げやりな返事だ。それでもソフィアはすがった。諦めはしなかった。
「あなたに人の心があるのなら!プリシラはなんの罪もない子なのです。悪い男たちが娘を操って戦争の道具にしようとしています。ああ、でもあの子は何もわかっていないのです。だってまだ無知な子どもなのですから。デミアンはあの子を捕らえて殺すでしょう。血眼になって姪を探して……」
「プリシラ様はわかってらっしゃいますよ。彼女は自らパトリック・ドトーのところに行ったのですから。わかっていて王への抵抗の道を、叔父との戦争を選んだのです。もう無垢などではありません。賢い、大変勇敢な方です」
ソフィアは必死の感情にとらわれてオレグの手をつかんだ。彼の冷たい手を……
オレグももはや手をひっこめはしない。まるで神を拝むかのような目で見上げ、手の甲に口づけするのにまかせた。呆気にとられていたのだ。
「私にも良心というものはあります。でも、生き残りたいのですよ。大公に反対した宮廷の者はみな残らず殺されました。私はヘンリー王を裏切った臆病者にすぎません。それに、このように勇気ある者が無差別に死んでいっては、勇敢であることになんの意味がありましょう?なんの意味があるとお考えなのですか?
私は王女殿下とあなたのために、多くのことはできないでしょう。それでも秘密をお教えします。『血統者の剣』は自らが選んだ主人を裏切りはしないのです」
ソフィアは呆然として立ち上がった。
オレグはそれ以上弁明しようとしない。王妃は再び紫の被り物で頭をおおった。
「それが希望なのですね?」
ソフィアはさっきよりもずっと落ち着いた調子でたずねた。
「ええ、それが秘密です」
しかし、ますます謎は深まるばかりだった。