ばら色の氷の城壁
この薔薇色の門には血塗られた歴史があるとか。古代の王が城の建設をまかせた建築士を門の中に生き埋めにし、彼と共に城の秘密を封印した……
冬の厳しい風が吹き荒れていた。あたり一帯は雪で真っ白だ。遠くから若い男が馬の背に乗ってやってくる。
青年は目の前に立ちはだかる城壁を目を細めて見上げていた。氷でおおわれた、ばら色の壁。堅固で途方もなく高い壁である。
城壁のはるか向こうに塔の上を警護する兵士の姿が見えた。鎧兜を身につけ、険しい顔をして退屈そうに歩いている。
それにしても宮廷とは不気味なところだ。青年はそう考えた。
この青年が暖かい地方から遥々やってきたことは、すぐにわかる。金髪の巻き毛に天使のようなピンク色の頬。夢のような優しい鳶色の瞳。
ごく若い青年だ。少年といってもよい年頃だろう。端正な顔立ちに、男性らしい健康的な体型。由緒正しき貴族といったところだろうか。
それにしても、なんて呪わしい門だろう!薔薇色の堅固な門。こんな寒い場所の呪われた城に住む王女はどういう人物なのだろうか。今日彼がここにやってきたのは、王女の婿探しのためというけれど……
格子状の門が上がると、トリスタンは雪の中の静寂のうちに入城した。
使用人たちが忙しそうに立ち働いている。にんじんの束をもったあかぎれだらけの手。死んだ鶏の羽をむしる少女。5、6人でのそのそと歩く兵士たち。
正面に四角形の建物が見えた。巨大な建物だ。壁はすすで黒くなっている。なんて巨大で、殺風景な城だろう。
トリスタンはこの不気味な城に住んでいる住人たちを気の毒に思った。王も王女も、乞食もみんな。
「若様、馬を預けて挨拶に行きましょう。王が待ってらっしゃいます」
老いた従僕が言った。
が、トリスタンの耳には彼の言葉は入ってこない。空に近い場所、殺風景な建物の窓の一つに少女の姿が見えたのだ。目を離せなくなった。美しい少女だ。透き通るような白い肌に、深い青の瞳。長いつややかな髪。
少女と目が合う。驚いたような顔をし、にわかに微笑んだ。まるで天使のような少女。荒野に咲く一輪の花のようだった。
長い髪を窓からたらし、粉雪に手を伸ばして笑っている。無邪気な笑顔だ。
トリスタンは彼女から目を離せなくなった。彼女に会って話さなければならない。彼女を手に入れなければ。どんな手段を使ってでもだ。たとえ彼女を誘拐して、強引なことをすることになってでも……
激しい恋心が襲った。高い窓のあの少女を想うと、胸が痛む。
彼女はまだ愉しげにこちらを見ていた。トリスタンが珍しい旅人であるかのように。
「トリスタン様」
老僕が辛抱強く声をかけた。
見ると馬丁がすぐ近くで待っている。
「すまない」
慌てて馬を降りて言った。
「ジョージ、彼女の名前がわかるかい?」
老僕は窓の上の少女を見上げた。
「王女様ですよ、若様」
驚いて言葉を失う。
「プリシラ様です」
ジョージが使用人らしく無表情なまま答えた。
「プリシラ……」
彼女の名前の甘い響きを唇の上で味わう。
プリシラ、どうか彼女も……
王女は窓からぼんやりと外を眺めていた。冬の朝の外気は肌を突き刺すように冷たい。さっきまで暖炉の近くでまどろんでいたプリシラには、それが心地よかった。
「王女様、窓を閉めないと風邪をひいてしまいますよ。明日は大切な日なんですからね」
家庭教師がやってきてバタンと窓を閉めてしまう。
プリシラは名残惜しそうに閉じられた窓を見ていた。
白馬に乗ったハンサムな青年。あの青年はプリシラに目に何か語りかけているようだった……