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96.油断と罠

 

 僕はホテルへと戻った。

 客席に居た皆が大きな拍手で迎えてくれた。


「すごかったね、輝君!!」

 葉月がニコニコ笑いながら褒めてくれる。


「ハッシーやるじゃん、気迫が凄かった。」

 結花は親指を立てて、笑った。

 これで安久尾建設なんか、ぶっ飛ばせる!!そんな表情だ。


「部長、お疲れっした。きっと、すごいことを成し遂げたんだと思いますぜ!!いや、私はそう思います。部長は、すごいことを成し遂げました!!あなたはこれから、社長です。社長!!」

 義信は堂々と笑っていた。

 義信の中で、僕はまた一つランクが上がったようだ。


「ふふふ。輝君は勿論だけど、加奈子ちゃんもお疲れ様。譜めくり、大変だったでしょ。」

 史奈は加奈子の方を見て、労う。


「ひ、輝君、すごかった。やっぱり、すごいんだね。改めて、知ったというか。」

 早織は、今の気持ちを正直に表現してくれている。


「へへへっ、ひかるんのピアノ久しぶりだった!!」

 マユのニコニコ笑う姿。これを見ただけで、マユは大満足したのだろう。

 そう思ってくれるだけで、ありがたかった。


「お疲れさまでした。橋本さん。」

 藤代さんも頭を下げて、労ってくれた。

 ここまでしてくれて、感謝しかない。


「さあ。部屋に戻って、少し休んで。」

 葉月がそう言って、僕を促してくれる。


「そうそう、風歌から、『今度は私の番、輝君、良かったよ!!』だってさ。風歌ちゃんは心音ちゃんと一緒に、練習室へ向かったよ。そのまま、本番に行くみたいだよ。」

 部屋に行こうとする僕に向かって、葉月が心音と風歌の伝言を告げた。


 プログラムの順番的に、風歌の演奏はこの後だったが。


「輝君は大丈夫だよ。私たちが客席で、風歌の様子を見てくるから・・・。応援に行きたいのは分るけど、捕まったら元も子もないしね。風歌も事情を分かってくれていて、『会場の外にいる輝君の所まで、演奏を届けたい!!』だってさ。」

 葉月はそう言って、ポンポンと僕の肩を叩き、部屋へと促した。


「う、うん。ありがとう。」

 僕は皆に頭を下げる。

 風歌、頑張れ!!


 本当であれば、風歌の演奏も聞きたかったのだが、身の安全ということもあり、ホテルで待機して欲しいとの指示である。

 その代わり、風歌の演奏は、心音は勿論、葉月とマユ、さらには岩島先生、藤田先生が見に行って報告してくれるとのこと。


 ここは皆に任せて、僕と加奈子は部屋へと向かった。


 部屋に戻る僕。


 ホッと胸をなでおろす。


 無事に演奏が終わった。

 みんなの顔を思い出すと、感謝してもしきれない。


 といっても、いつまでも余韻に浸っているわけにはいかない。

 すぐにチェックアウトの時間になるので、少し一息したら、着替えを済ませて、荷物をまとめて、部屋を出る。

 それは加奈子も同じだったようで、隣の部屋から同じタイミングで、加奈子が出てきたのだった。


「輝、改めて、お疲れ様!!」

 加奈子が笑顔で近づいてくる。

「うん。本当にありがとう。加奈子。」

 そう、加奈子が居なければここまで来れなかった。


 もっと言えば、加奈子に出会わなければ。

 バレエコンクールから始まり、合唱コンクール、そして、今日。


 本当に良かった。


「私も、すごく良かった、輝のピアノ。とても、とても、勇気もらった。」

 加奈子は僕の手をぎゅっと握る。

 ここは、ホテルの廊下。ドキッとするが、僕も周りを気にせず、手を握り返す。


 そうして、僕たちは、ホテルの廊下を歩き始め、エレベータに乗り、メインのフロントに向かい、部屋の鍵をフロントに渡してチェックアウトし、ロビーで待機した。

 ロビーにはすでに生徒会メンバー、史奈と結花、そして早織が待機していて、待っていてくれた。

 ここでゆっくり休むように指示され、ロビーのソファーに座り、ゆっくり深呼吸した。


 コンクールの結果発表と、表彰式まで、ここで待っている手はずだ。

 皆もそれをわかっているようで、僕に無理に話しかけようともせず、落ち着かせてくれた。

 しばらくして、僕は、やっぱり、ソファーで転寝をしてしまったのだったが・・・。


「大変っ!!」


 僕は飛び起きる。一気に叫ぶ結花の声。

 スマホで時間を確認する。ロビーに移動して、一時間くらいしか経過しておらず、お昼の時間帯を少し過ぎたくらい。


「・・・っ、どうした?」

 僕は転寝をしていたせいか、眠い目を擦りながら、結花の方を向く。

 史奈が結花のスマホを覗き込む。

 早織も反対側から同じ動作をする。

 二人は一気に顔が真っ青になる。


「大変っ!!」

「嘘!?」

 史奈、早織が一気に声をあげる。


 それを見ていた、原田先生、吉岡先生、茂木の大人たちも駆け寄る。

 彼らも、結花のスマホのメッセージを覗き込み、顔を真っ青にする。


「こ、心音パイセンからの連絡で、ふ、風歌が・・・。」

 結花が僕と加奈子にスマホを見せる。

 心音からのLINE。


<大変、コンクールで、演奏を終えた風歌が、何者かと口論になりながら、舞台袖から出てきた。どこかに連れて行こうとしている。風歌だけじゃ、まずい。すぐに来て!!>


 心音からのメッセージ。


 しまった。

 僕たちは完全に油断していた。

 関東の合唱コンクールの時、風歌も安久尾に会った。

 そして、伴奏しているところを安久尾に見られた。


 僕のことは皆理解して、今回万全な体制をしてくれたが。

 風歌の方は完全にノーマークだったのだ。


 それを全員察したのか、大急ぎでホテルのロビーへ向かう僕たち。


 案の定、ロビーの一角に、口論になっている風歌と、何人かの男たち、そして、その男たちの背後には、安久尾五郎、張本人の姿があった。


「あんたたち、風歌をどこに連れて行くつもり、この間の合唱コンクールの一件といい、マジでふざけんな!!」

 すでに助けに入っている心音。


「連れて行く?どこへ?いや、いや、私たちは、彼女にお話をしているだけですよ!!乱暴はよしてくださいな。ピアノ伴奏の仕事を一緒にしないかというお誘いですよ。」

 安久尾の取り巻きたちの言葉。


「・・・・・・っ。」

 風歌は黙って、首を横に振っている。当然だ。風歌の場合はこれが精いっぱい。


「風歌。あの顔、見たことがあるよね。」

 心音は安久尾を指さす。


「風歌、首を縦に振っちゃダメ!!」

 心音の言葉に黙って、目を見て頷く風歌。


「風歌っ!!」

 僕は思わず風歌の名前を叫ぶ。


 風歌の元に駆け寄る僕たち。


「おーっ、これは、これは。やっとお出ましだよ。無能な橋本が。」

 安久尾がニヤニヤと笑っている。


「ったく。余計な手間をかけさせやがって・・・・・。」

 安久尾はため息をついている。


「コンクールという日が、今日という日でなければ、俺が直々に行ったのに。取り巻きたちも無能だし。」

 安久尾はいろんな方向に睨んでいる。


「も、申し訳ありません、五郎様。余計な手間を煩わせてしまって。」

 取り巻きは全員、頭を下げる。


「いいってことだ。俺も確認した。本当はソイツを狙いたかったが、ソイツには、いつも誰かが、ガードしてるし。おまけに、自分が曲を覚えていない、ただのポンコツと見せかけるためだけの、譜めくりまで居るんだもん。しかも、譜めくりが超絶可愛い人なんだからさぁ~。ああ、うらやましいぜ、お前がよぅ。」

 安久尾は僕を見る。

 おのれ、安久尾・・・・・。


「そんなわけで、この間合唱コンクールにあのバカと一緒に居た、このかわいい子ちゃんに声掛けさせてもらった。そうすれば、ソイツも来ると思ったら。やれやれ、厄介なのが、一緒に来ちまったよ。」

 安久尾はため息をつきながら、両手を広げ首を振る。


「おい、ポンコツ橋本!!お前にチャンスをやる、その娘が俺たちのものになるのが嫌なら、正々堂々、一対一で、出てきやがれ!!」

 安久尾は満を持して前に出る。


「・・・・ふざけるな!!今度こそ・・・・。」

 僕は、闘志を燃やしながら、前に出ようとするが。


「待つんだ、輝君。」

「社長、お待ちください。」

 僕の力は及ばないのか、僕よりも力強い男二人。

 吉岡先生と、義信に止められてしまう。


「二人とも、そこを、二人まで、巻き込んでしまう・・・。」

 僕は止めてくれた二人を、振り払おうとするが・・・・。


「あれを・・・・・。」

 義信はある方向を指さす。

 それを見た瞬間、僕の力は緩み、それを確認した義信と吉岡は僕を話した。


 メラメラと燃える、二つの炎。その炎の中に、心音、ではなく、原田先生と結花の二人が居た。


「おい。一対一ぃ・・・?てめぇ、さっきまで、か弱い女の子一人に、何人も寄ってたかっていたくせに、何馬鹿みたいなこと言ってるんだよ。あぁっ?」

 結花は一気に闘志を燃やしていく。

 確かに、風歌にさっきまで寄ってたかって、何人も絡んでいた連中。結花の言葉に背筋が凍り付いているようだ。


「ほぉ、噂のクソガキのお出ましだなぁ。アタシのバレエ教室の生徒、保護者全員の了解を得ている。ウチの大切な、スタッフであり、生徒である、そこの少年を踏みにじった馬鹿どもを一気に地獄に叩き落す一発を食らわせて良いとなぁぁぁぁぁ。」

 原田先生は結花とともに安久尾に歩み寄る。


「そうだ、そうだ。てめぇ、マジでいい加減にしろよ!!」

 畳みかけるように、心音が覚醒して女性とは思えないほどの低い声で安久尾たちを見る。


「く、クソォ、お前らなんか、今日じゃなければ、ギッタギタにしてやるのに・・・。」

 安久尾と取り巻きたちは手も足も出なそう。


「もういいよ。原田君。」

 茂木の声に原田先生はいったん制止する。


「君たちもよく頑張った。」

 そういって、一触即発の事態になろうとしていた、結花、心音の肩に手を乗せ怒りの炎を鎮める。


「安久尾五郎君と、安久尾君と同じ県で代表になった取り巻きの皆さんか。」

 茂木は、意味深に、かつ優し気に、安久尾たちに声をかける。


「このコンクールの結果は、やる前から判っているよ。いろいろおめでとう。これ以上、変に騒ぎを起こしたくなければ、その結果に相応しい演奏をすることだな。」

 茂木はにこにこと笑いかける。

 それに同情したのか。


「そ、そうだな。そうだな。ハハハ。」

 安久尾は少し考えたようで。


「いやぁ~皆さん、取り乱してすみません。」

 そうして、安久尾と取り巻きたちは僕のもとを去って行った。


 だが、安久尾は去り際に、僕たちと一緒に居た、早織を見る。

 一瞬、不思議そうな顔をしたが、ニヤニヤ笑って。


「そうか。そうかぁ。お前も、合唱の時と同じく、ここに来たんだなぁ。不思議な縁だぜ。・・・・・。」


 安久尾が早織の方をさらにより深く見て、早織の方へ歩み寄る。


 ひゃっ、とする早織。だが、どこか少し、何か感じる部分があったようで、少し戸惑っている。

 そんな早織を必死に庇おうとし、早織を護るように移動する僕たち。


「早く行ったらどうだ?今日は、騒ぎを起こしたら、まずいのだろう。」

 畳みかける茂木の言葉に安久尾とその取り巻きたちは咄嗟に反応する。


「いやぁ~すいません、すいません。」

 安久尾は頭を下げて、即座に立ち去った。


 安久尾が立ち去り、ホッとする僕たち一行、特に風歌は。一気に両膝をついてうなだれた。


「緑さん。本当に、申し訳なかった。私たちはつい橋本君をマークしていたが、そうだった。君は安久尾君と面識があったね。迂闊だった。本当に申し訳ない。」

 茂木が風歌の元に駆け寄り、手を差し出す。


「風歌、本当にごめん。怪我はない?」

 僕は風歌に問いかける。


「う、うん。大丈夫。ひ、輝君、風歌、頑張った!!」

 風歌は僕を抱きしめ、キスをする。


「まったく、こういうところは大胆なんだから。まあでも、風歌の演奏も素敵だったからいいでしょう。」

 心音はニコニコ笑う。


「そうだね。ゆるしてあげる。今日くらいは。」

 加奈子はにこにこと笑いながら風歌と僕を見ていた。


 どうやら風歌が安久尾たちに絡まれたのは、風歌の演奏が終わってからのようで、演奏自体には影響が出ていないようだった。


「私たちは運が良かった。念のための措置を少年にはしたが、コンクールが今日行われていなければ、もっと事態は最悪だったかもしれないな。」

 原田先生は頷いていた。その瞳にはホッとした表情があった。


「今日?と言いますと。」

「まあ、すぐにわかるさ。」

「ああ。そうだとも、仕掛けはすでに作ってある。」

 僕の問いかけに、原田先生と茂木は笑っている。


 葉月、史奈、藤代さん、それに加奈子が、僕のその問いかけに笑って頷いて、応えていた。


 僕は頷き、その場を立つ。

 すると早織がかなり顔色が悪いようだった。


「早織、本当にごめん。恐かったよね?」

「う、うん。大丈夫。輝君と、風歌さんが、無事でよかった。」

 早織は頷いた。


「安久尾に近づかれていたけど・・・。」

「大丈夫。ちょっとね。私もわからないから。」

 早織は笑っていた。

 わからないという言葉を早織が発したからだろうか、上手く切り替えが出来ているようだ。


「さあ。戻ろう!!」

 茂木の言葉に僕たちは頷き、待機場所のホテルへと戻った。


 戻るとき、風歌の腕は僕の腕にしがみついたままだった。

 怖かったのだろう。


 僕は風歌の手をしっかり握りしめて、皆でホテルに戻り、事態が最小限で済んだことにホッと胸をなでおろしたのだった。






今回もご覧いただき、ありがとうございました。

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