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89.トラウマを乗り越える時、その2~県のピアノコンクール~

 

 いつもは緊張するだろう。

 本当に上手かった演奏の直後に出番になると・・・。

 特にこういうコンクールでは。


 しかし今日は勇気をもらった。

「にへへっ。頑張っちゃった。」

 舞台袖に戻ってきて、静かに口を動かす風歌。


 彼女のピアノ演奏はまさに、ピアノが、風歌が、楽しく歌っていた。


 僕は小さく頷く。勇気が湧いてくる。

 ここをクリアして、もう一度、全国へ。


「ちょっと勇気をもらったわ。」

 一緒に居た加奈子。

 僕は加奈子の方を向いて頷く。


「そうだね。」

 口を小さく動かす。


 さあ、アシスタントの人に譜めくり担当者用の椅子をステージに用意してもらって、準備完了!!


「二十三番、橋本輝君の演奏です。」

 司会のアナウンスが響いた。

 後戻りはもうできない。そう思うと、集中できる。


 加奈子に楽譜を渡し、譜めくりように用意してもらった椅子に座るように指示する。


 そして、風歌に見送られながら、僕はステージへ。


 バレエのコンクールの時とは違い、当然だが、ピアノがステージの中央に存在する。


 ステージに一礼する。

 客席の人は満席ではなく、誰がどこに座っているか確認できる状況。

 その中に、大きく拍手をしている人たちが見える。


 原田先生達と、生徒会メンバーだった。

 彼らを一瞬見て、ニコニコと笑う。


 ピアノの椅子に着席し、加奈子の方を見る。

「うん。」

 加奈子が頷く。


 一曲目、ショパン『マズルカニ長調、作品33-2』

 何だろうか。

 加奈子のコンクールの思い出がよみがえってくる。

 譜めくりということで、隣にいる加奈子。


 それは、まるで加奈子が躍っているようだった。


 譜めくりの個所へ到達する。

 少し頷いて、加奈子に譜めくりのタイミングを教える。

 譜めくりのタイミングも上手くできたところで、僕はより一層、楽しみながら、演奏を続ける。


『マズルカ』が弾き終わる。

 もう一つの課題曲、『華麗なる大円舞曲、作品18』。

 今度はページ数が増えて、譜めくりの作業も多い。


 しかしながら、練習で、かなり頑張ってきた加奈子。すべて完璧に楽譜をめくっていく。

 これに負けじと演奏で応える僕。

 何だろうか。やはりこの曲も、加奈子はどこかで踊っている。

 加奈子の踊を想像しながら、イメージしながら・・・。

 そして、クリスマスコンサートで披露するので、原田先生のバレエスタジオの仲間たちをイメージしながら・・・。

 最後の盛り上がりのフィニッシュへ。


 弾き終わると、ここで、長いインターバルを取った。

 スーッ、ハーッ。と深呼吸。


 そして、加奈子の方を見て、親指を立てる。


「完璧だよ。ここまで。」

 僕は加奈子を見て笑った。


「うん。ありがとう。」

 加奈子は小さく頷く。


「最後・・・・。」

「一緒に・・・・・。」


「「楽しもう!!」」

 二人で頷き、自由曲ショパン、ワルツ『大円舞曲、Op42』へ。

 僕の中で、加奈子がやっぱり、踊っていた。


 当然、加奈子もそれに付いてくる。

 僕のピアノを聞いて、彼女の自由曲を変更したときと同じようなキラキラした瞳で。


 若干、走った?

 いや、大丈夫。加奈子の時もこのくらいのテンポで、こんな感じで、踊っていた。


 さあ、最後の譜めくり。加奈子は完璧にタイミングを合わすことができた。

 加奈子の譜めくりのサポートは百点満点だった。


 さあ、このまま、一気に行こう、頑張ってくれた、加奈子の分まで。

 そうして、僕は一気に曲を盛り上げて、自由曲をフィニッシュした。


 風歌と同じかそれ以上の拍手が、会場から響く。


「ありがとう加奈子。とっても完璧だった。」

「ありがとう、輝、内心、すごくホッとしている。」


 お互い、顔を見つめ合い、客席を向いて、一礼をして、舞台袖に向かって言った。


「お疲れ様!!ナイス!!」

 風歌が舞台袖で出迎えてくれる。


「ありがとう。」

 僕はニコニコと笑った。


「緑さん、橋本さん、お疲れさまでした。二台ピアノ・連弾部門がこの後あります。衣装を変える必要がなければ、このまま客席の最前列まで、ご案内しますがいかがなさいますか?」

 笑い合っている、僕と風歌を見て、スタッフが声をかけてくる。


 風歌の顔を見る僕。風歌は頷く。

 どうやら、僕も風歌も、衣装を変更する必要はなかったので、そのまま最前列まで案内してもらうことにした。


 客席最前列の左端に座らされる僕たち。

「司会のアナウンスがありましたら、こちらの階段からステージにどうぞ。」

 という、スタッフの指示があり、僕と風歌は頷いた。


 勿論、加奈子も一緒に案内してもらい、加奈子は僕たちのすぐ後ろに座った。


 そうして、個人部門の最後の発表者の演奏が終わった。


 すぐにステージでは、ピアノがもう一台準備されている。

 司会の人がステージに出てくる。


「皆様、個人部門お疲れさまでした。それでは、この後、審査に入りますが、審査員の一人、大塚先生にはこの会場に残っていただきまして、二台ピアノ・連弾部門の演奏に移ります。」

 司会の人がアナウンスする。


「二台ピアノ・連弾部門ですが、今年も出場者が二組しかなく、上位の大会の進出の上限であります、五組以内ですので、その場で演奏していただき、内容が問題なければ、演奏後、その場で大塚先生に優秀賞をお渡ししていただき、優秀賞を受け取った時点で、関東コンクール進出となります。それでは、一組目の演奏に参りましょう!!」


「一組目は、橋本輝君、緑風歌さんの演奏です。どうぞ、壇上に上がって、ステージにお越しください。」

 司会のアナウンスで、僕と風歌は立ち上がる。

「頑張って!!」

 後ろの席に座っていた加奈子に見送られ、壇上に上がった。


 ステージの中央で一礼する、僕と風歌。

 審査結果が出るということだろうか。客席は、僕がピアノを弾いていた先ほどの時間より、かなり人が増えている。

 だが、原田先生達の座っている位置は分っているため、彼らの存在を確認できた。大きく拍手をしている。


 それぞれ、ピアノの椅子に着席する。


 そして。

 モーツアルト、『二台ピアノのソナタ、第一楽章』。

 勢いよく、お互いの顔を見ながら、そして、お互い、ニコニコしながら、弾いていく。


 うん、うん、練習通りに進んでいる。

 頷きながら、客席で見守る岩島先生。

 にこにこと笑う原田先生。

 生徒会メンバーも聞き入っているようだ。


 そして、課題曲の演奏が終了して、自由曲へ移る。

 自由曲は連弾で行うため、風歌が、僕の方のピアノに移動してきた。


「ありがとう。」

 僕は頷いて、お礼を言った。

「にへへっ。こちらこそ!!」

 風歌はニコニコ笑っていた。緊張と迷いが消えているな。


 お互いに頷いて。

 自由曲、『春の声』へ。

 吉岡先生が、提案してきた曲。

 吉岡先生が躍っているのだろうか。それとも原田先生が躍っているのだろうか。


 雄大なワルツ。弦楽器のオーケストラでなくても、伝わってくる。


 ああ、僕たちのピアノが歌っている。

 思わず、風歌のパートも聞き入ってしまう。だけど。


 僕もミスなく、完璧に引いてく。

 というより、雄大な曲に身を任せていた。


 そして。二人で、自由曲を盛り上げ、フィニッシュした。


 ワーッと、大きな拍手。


「ありがとう、風歌。」

「ありがとう、輝君。」

 僕と風歌は、ステージの中央に移動して、観客の拍手に応えるように、一礼した。


 そして、大塚と呼ばれる審査員が、壇上に上がってきた。

 審査員の大塚は、一列に並ぶように、僕たちに合図を出す。そして。

 ステージ上で、改めて、拍手を贈ってくれた。


 客席の方に、拍手を止めるように合図を出し、舞台袖に合図を出した。

 合図と同時にスタッフが紙を持ってきて。


「優秀賞を差し上げます!!」

 大塚はそう言って、表彰状を僕と風歌に渡してくれた。


 そうして、僕と風歌は、客席に戻る。

「おめでとう!!輝。風歌。」

 加奈子がニコニコしながら、出迎えてくれた。


 僕と加奈子は、軽く握手を交わす。

 まだまだ、個人部門の成績がある。発表までドキドキしている僕。


 二台ピアノ、連弾部門の二組目も、優秀賞をもらい、関東大会に駒を進めたようだ。

 だが、やっぱり、ここに来て、緊張してしまうのだろう。この後、個人部門の結果発表ということで、やはり、緊張がピークになった。

 二組目の演奏が集中して聞けなかった。

 だが。


「大丈夫だよ。輝。選ばれなくても、風歌と一緒に、二台ピアノがあるじゃない。」

 緊張している雰囲気に気付いたのか、後ろから、加奈子が声をかけてくる。


 少し、呼吸が落ち着く、僕。

「ありがとう。」

 僕は加奈子の方を振り向く。加奈子は笑っていた。


 そんな中で、時間がさらに十分くらい経過した後。

 審査員がぞろぞろと現れた。

 その中には、先ほど優秀賞を渡してくれた、大塚、そして、茂木の姿も。


「お待たせしました。ただいまより、結果を発表します。結果の前に講評を行います。」

 そうして、大塚が代表で講評を説明した。

 一通り、講評が終わると、司会のアナウンスがあり。

「それではお待ちかね、結果を発表します。入賞者は六名。この六名が関東コンクール進出者となります。金賞一名、銀賞二名、銅賞三名の合計六名となります。大塚先生、お願いします。」


「はい。それでは、順位順に発表します。金賞一位と銀賞二位は、先ほど、二台ピアノ・連弾部門でも素晴らしい演奏をしてくれた、二十二番、緑風歌さんと、二十三番、橋本輝君です。壇上へどうぞ!!エントリー番号が連続して二人続きましたが、やっぱりこの二人の時は、客席も盛り上がったと思ってます。」

 名前が呼ばれ、風歌と一緒に立ち上がる僕。

 その瞬間ホッと胸をなでおろす。


 やった。やった。ピアノコンクールは本当に久しぶり。その久しぶりのコンクールで入賞できた。少し自信につながった。


「一位が緑さん、二位が橋本君です。順番に渡しますね。」

 拍手の中、僕たちは壇上に上がった。

 金賞一位の風歌から、表彰状を受け取った。


 続いて、銀賞二位の僕。

 やっぱり、先ほどの二台、連弾部門の時と比べて、賞状の重みが違う。


 審査員長の茂木から受け取った紙は、ずっしりと感じた。だが、少し自信が溢れていた。


「おめでとう!!輝!!」

 客席に戻り、加奈子が、大きな拍手で迎えてくれている。

 客席の人目も気にせず、加奈子とハイタッチ。そして、風歌とハイタッチをして、客席の椅子に着席し、残りの入賞者の発表を見て、県のピアノコンクールは終了した。


 風歌、加奈子と一緒に、ロビーに出る。

 ロビーに出ると、原田先生と吉岡先生、生徒会メンバーと岩島先生に迎えられた。


「やったー。おめでとう、輝君、風歌!!」

 元気に出迎えてくれる葉月。

「とても良かったわよ!!」

 にこにこと迎える史奈。


「よくやったぞ、少年!!」

 出迎えてくれた原田先生は僕を思いっきり抱きしめ、頭をかき撫でた。


「コラ、裕子!!」

「おーっと、ごめんごめん。そうだったな、みんな見てるよな。」

 そうして、原田先生はすぐに僕から離れた。


「あ、あの、ありがとうございました。こちらはお二人にお返しします。」

 僕は原田先生と吉岡先生に、お守りとして受け取った、ネックレスをそれぞれ返した。

 今さらになって、そのネックレスを見る。何だろうか、小さな入れ物がネックレスの先端についていた。


「おう、役にたったようで良かった、良かった。」

 原田先生はにっこりと笑った。


「課長、おめでとうございます。今回から貴方は僕の中で、部長に昇進です、部長!!」

 義信が握手を求めてくる。それに応える僕。


「橋本君、お疲れ、良かったよ。そして、憧れの人に勝っちゃったね、風歌。」

 心音は風歌の方を見る。

「あ、ありがとう。心音ちゃん、でも、たまたまだから。輝君は憧れの人だし、まだまだ、本調子じゃなさそうだし。」

 確かに、心音と風歌のいう通りだった。

 次の大会に駒を進めたが、ここではライバル、つまり、風歌に負けている、すごい複雑な心境だが。

 今日はそれが感じられないほど、嬉しかったし、自信につながった。

 まだまだこれから、頑張らないと。

 僕は深呼吸した。


「二人ともお疲れ様。そして、第一関門通過、おめでとう!!」

 僕たちが話をしていると、審査員長をしていた茂木に声をかけられる。


 僕たちは茂木に頭を下げる。


「満場一致で、一位と二位は君たち二人だった。楽譜のとらえ方、表現、音も完璧だったよ。橋本君は今回は緑さんに負けちゃったかもしれないが、課題曲、自由曲が同じようなワルツの曲調だったこと、そこが、マイナスになっただけだったよ。関東コンクールでは自由曲は『英雄ポロネーズ』になるから、このまま頑張って!!勿論、緑さんも期待しているよ!!」


 茂木はニコニコしながら笑っていた。

 茂木から手を差し出されたので、そのままそれに応えて握手をする僕と風歌。


「うん。」

 茂木は大きくニコニコと頷いた。


 そして、茂木は原田先生率いる大人たちを集めた。

「やっぱり、関東が最大の関門だね。僕も関東でも審査員をやりたいと申し出たが、先方から断られたよ。このことを美里ちゃんにも伝えてくれると。」

 真剣な顔で、原田先生、吉岡先生、岩島先生の大人たちに話す茂木。

 茂木の言葉に、黙って頷く大人たち。


 それを横目に、僕は深呼吸をしていた。

 安堵感の呼吸だった。何かをまた一つ、乗り越えられた。


 自信のついた僕、少し荷物が軽くなった僕は、生徒会のメンバーと一緒に、ホールの外へと出て行った。






今回もご覧いただき、ありがとうございました。

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