87.輝と風歌のいる世界~Side加奈子~
本日もご覧いただき、ありがとうございます。
いつもと同じ場所。私も何度だって来たことのある場所。
でも、今日は違う世界のように感じる。
敬老の日、そして、秋分の日を含んだ九月の連休。私は雲雀川オペラシティのホールに来ていた。
私は、井野加奈子。
好きなことは、勉強とバレエ。バレエは小さいころからやっていて、大好きになった。
勉強も頑張って、成績優秀者の名前に張り出され、生徒会長にもなった。
だが、私もこの九月は初めて体験するものが多かった。
そう、輝のピアノコンクールの譜めくりサポート。
「いい機会なんだ。加奈子ちゃんに、さらなるステップアップをしてもらうためにも。」
私のバレエの先生、原田先生はそう言って、短期間ではあるが、密度の濃い、期間を過ごした。
輝との出会い、それは夢のようだった。
輝が初めて、葉月の家でピアノを弾いたとき、間違いなく、私の夢を叶えてくれそう。むしろ、一緒に頑張ってみたい。そう思った。
輝の都合があるので、ダメもとでお願いしてみたけれど。
輝は短期間にもかかわらず、バレエコンクールまで一緒に頑張ってくれた。
そして、私はコンクールで優勝することができた。
でも、その時、輝の悲しみを知った。
次は、私の番だ。心に、そう刻んだ。
原田先生は輝のピアノ伴奏をきっかけに、楽譜の譜読みを教えてくれた。
「まあ、楽器は出来なくていい。でも、プロのバレエ団に行けば、楽譜を見る機会は頻繁にある。最初は難しいと思うが、少年も私もサポートするから、慣れて行こう!!」
原田先生のその言葉に、救われる。
バレリーナにとって、一見必要なさそうに思われる、楽譜を読む力だが、実は、基礎の面で、大きくかかわってくる。
確かに、必須科目ではないが、譜読みの力がある、ないの差は一目瞭然。
事実、認めたくないが、振り付けを早く正確に覚える力は私よりも、雅ちゃん、つまり藤代さんの方が上だった。
ヴァイオリンという小さいころやっていた楽器で、譜読みの力があったためだ。
そうして、譜めくりサポートをやりながら、原田先生と一緒に、楽譜の読み方、その時に対応する、バレエノートのつけ方をみっちり、教えてもらった。
本当に、初めてだったが、自分に言い聞かせた。
私が成長するチャンスなんだ。
輝の出会いに感謝したい。
変われ、私!!
そうして、私の誕生日に輝がプレゼントしてくれたバレエノートは、今までとは違うノートの中身になった。
九月は私の誕生日以降、目まぐるしく過ぎて行った。
初めてのことも多かったが、私のソロステージの『英雄ポロネーズ』の振付が、みるみるうちに完成した。その達成感は本当にうれしく、かつ、今までで一番速く、振付を覚えることができた。
それが、先週の出来事で、今週はこのコンクールに向けて、輝の弾く曲の復習を行った。
勿論、輝の弾く曲はクリスマスコンサートで、私が躍る曲でもあるので、私は、譜めくりとバレエの両方をこなした。
そして、この九月の連休を含んだ週末を迎えた。
そう、今日この日。
輝のピアノコンクール、県大会の当日を迎えた。
私は相変わらず、朝、寝起きに時間がかかり、コンクールということで、何だろうか、髪の毛を整える自分がいた。
そして。
輝は時間通りに、私の通うバレエ教室に来ていた。勿論、私も時間通りだが、安定の、時間ギリギリで。
「やっぱり、加奈子ちゃんが一番遅かったな。」
原田先生にポンポンと肩を叩かれる。
「はい。す、すみません。」
私は頭を下げる。
輝は首を横に振る。
「ううん。むしろ、本当に、ありがとう!!」
「あっ、輝は気にしなくて、良いんだよ!!この間の、コンクールのお返し、お返し!!」
私はにこにこと笑う。
「加奈子ちゃん、本当にありがとうね。」
原田先生の友達で、輝のピアノ指導をしている、岩島先生という人物も、そこには居た。
にこにこと頭を下げる。
因みに岩島先生は、私たちの学校で音楽の先生をしている、藤田先生のお姉さんだ。
「それでも、さすが、生徒会長さんね。時間ギリギリとはいえ、時間通りに来たんだから。」
岩島先生がさらに続ける。
「美里も、ヨロシクだって。秋は別の音楽系の部活のコンクールもあって、忙しいみたいだから。あっ、来週の関東のコンクールには来るみたいだよ。」
岩島先生が笑う。どうやら、藤田先生は今日は不在のようだ。
そして。
「やあ、加奈子ちゃん、今日はよろしく。今日のレッスンは別の先生に任せて、僕も見に行こうと思うんだ。」
男性のバレエ講師の吉岡先生がにこにこと笑っていた。
「さあ、さあ、乗ってくれ。すまないな、少年、加奈子ちゃん、この間のバレエコンクールと違って、いい歳した、大人だらけなんだけど・・・。」
「おいおい、いい歳とはないだろ!!」
「そうよ、ヒロ!!」
私と、輝は、バレエ教室に集合して、原田先生のワンボックスカーに乗り込み、会場へと向かう。
「す、すみません、車まで、出して頂いて。」
「いいの、いいの、気にすんなって!!」
輝は原田先生に頭を下げていたが、先生がハンドルを握りながら、ニコニコと笑う。
そうして、たどり着いた、いつも、私のバレエコンクールや、クリスマスコンサートをやっている場所。【雲雀川オペラシティ】。
正面玄関をくぐり、受付へと向かう。
私も、バレエの時にやっている、いつもと同じこと・・・。
いつもと同じ場所。私も何度だって来たことのある場所。
でも、今日は違う世界のように感じる。
ロビーにいる人たちは、見たことがない人達ばかり。
でも、私にはわかる。
これが、音楽をやっている人達。
受付を済ませる輝。
「はい、橋本輝君ですね。受付完了です。そして、この受付で、二台ピアノ・連弾部門の受付も完了しています。今回の二台ピアノ・連弾部門の県大会の出場者は二組しか居ませんので、二組とも、関東大会の出場がほぼ確定しています。連弾部門は、個人部門の審査結果を待つ間に披露していただき、審査員一名が待機していますので、演奏後、その場で表彰を受け取ってください。受け取ったと同時に、関東大会の出場が確定となります。」
受付の係りの人の言葉に頷く、輝。
輝は緊張しているが。
この言葉はつまり、もう既に、風歌と一緒に関東大会に行けたことになる。
「やった!!」
と、心の中で、私はガッツポーズをする。
そして、緊張している輝を再び見る。
「個人部門で、使用するピアノですが、【ヤマハ】と【スタンウェイ】の二つがあります。どちらにしますか?」
受付の人の質問に、深呼吸する輝。
輝は、私をみた。
私も頷く。
「【スタンウェイ】でお願いします。」
輝はそう言って、質問に答えた。
私も頷く。
「わかりました。控室はこちらで、更衣室はあちらです。出番直前の案内まで、どこに居ても構いません、係りの者が案内しますので、指定された時刻には、更衣があれば更衣を済ませて、控室で待機をお願いいたします。」
そういって、輝に時刻を指定される。
「そちらの方が、譜めくりの担当の方でしょうか?」
受付の係りの人は私を見る。
「はいっ。」
なぜだろうか、緊張する私。
「そうしましたら、譜めくりの方も今の説明と、同様に、控室をご利用いただけます。指定した時刻には必ず、橋本君と一緒に控室で待機をお願いいたします。何かご質問はございますか?」
という、受付の係りの人の質問に対して、首を横に振り、受付の人に頷いた。
「そうしましたら、どうぞ、指定された時間まではご自由にお待ちください。」
受付の係りの人にそう言われる。
「一度控室に行こうと思います。」
輝はそう言って、一緒に来ていた原田先生たちに頭を下げる。
「うん、気を付けて。」
岩島先生がにこにこと笑う。
「加奈子ちゃんも一緒に行ってあげて、一応、県のコンクールなので、何もないと思うけど、心配だから・・・。」
原田先生はそう言って、私の背中を押し出した。
「は、はいっ。」
私は頷く。
輝が頷き、手招きをする。その手招きに応じ、輝の元へ。
皆と別れ、私は輝と一緒に控室へ。
勿論、今まで、バレエでやっていて、よく知っているホール、使い勝手もわかっているし、どこに何があるか、大体わかる。
控室。私もバレエの時に使う、同じ場所。
でも。
控室の扉を開ければそこは別世界。
バレエの時とは違う、雰囲気がある。
バレエの時は着替えが必須。着替える場所の割合が多いが、ここは広くとられていて、他の出場者たちが休んでいたりして、思い思いの時間を過ごしている。
振りの確認をする人は当然おらず、皆楽譜を眺めていて、真剣だ。
見渡すと輝の他にもう一人、見慣れた人物がいて、安心する。
見慣れた人物、それは風歌だった。
風歌は普段学校の時とは違い、にこやかに手を振って、私たちの元へ。
「輝君、おはよう!!加奈子ちゃんもおはよう!!」
にこにこと笑う風歌。
「おはよう、風歌。ごめんね。風歌にも迷惑かけちゃって。」
輝は笑う。
「ううん。お互い頑張ろう!!ねえねえ、プログラム見た?」
風歌は聞いてくる。
「いや、まだ。自分の番号だけ。」
輝は首を横に振る。
「にへへっ。私の演奏は、輝君の一つ前なんだよね。」
風歌はニコニコと笑っている。
「そ、そうなんだ。ライバルが前だと緊張するけど、今日はとてもうれしい。」
輝は答える。
風歌もピアノコンクールでは毎回入賞できる、実力者だった。
少なからず、ライバルというものを意識してしまうかもしれないが、このコンクールは特別。
輝と風歌は、今回のコンクールでは、ライバル、ではなく、仲間だった。
個人部門とはいえ、お互い、共通の目標に向けて、頑張った者同士だ。仲間の演奏は心強いのかもしれない。
「にへへっ。」
風歌は相変わらず、ニコニコしている。学校では緊張しているのに。ここでは何かから解放された感じだ。
「お、おはよう、風歌。」
輝に続いて、私も挨拶をする。
「おはよう。加奈子ちゃんは緊張しているね!!」
風歌は私の目を覗き込む。
「そ、それは、なんだか不思議な感じだからよ。いつもはバレエの発表会で、ここに来ているけれど・・・。」
私は辺りを見回す。
「ピアノコンクールって、こんな感じなんだって。」
私は落ち着いて、少し深呼吸した。
まるで、遠くを見るように。輝と風歌の間の遠くを見るように。
これが、輝と風歌のいる世界だった。
「そうなんだね。バレエの、コンクールは、よく、わからないから・・・。」
風歌はニコニコ笑う。
「僕からしたら、バレエのコンクールの方が楽しかったかな。ピアノコンクールとは違う感じで楽しめた。」
輝はそう言いながら、私を見る。
「そ、そうなんだ、私は、いつものことだから!!」
私は笑うと。
「改めて、ありがとう。そして、ようこそ、ピアノコンクールへ!!」
輝が私の手を繋いだ。
頷くように風歌の手も触れる。
この瞬間にようやく私はホッと一息つくことができた。
私たちは、控室に用意されている椅子とテーブルに着席して少し会話を楽しんだ。
何だろうか。控室には人がだんだんと増えていく。
開演が近づくから当然だろう。
私まで、緊張してきてしまう。
輝のサポートできるだろうか。
原田先生と、輝に教えてもらった、楽譜をちゃんと最後まで追いかけて行けるだろうか。
人が増えていくたびに、私はドキドキしていた。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。
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