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86.バレエノートのつけ方

 

 翌日の放課後も原田先生のバレエスタジオに居る僕。

 勿論、この日も、バレエ教室の前に、少しではあるが、岩島先生のところに風歌と訪れ、二台ピアノ・連弾部門の練習をして、原田先生のバレエスタジオに来ていた。


 加奈子は、相変わらず、この日も、風歌と僕が練習している間は、クリスマスコンサートの練習だった。

 昨日と同様に、レオタード姿で、温かく出迎える加奈子。


「少年はコンクールが終わったら、改めて、クリスマスコンサートの練習に入ってもらう。今は、メインステージ『くるみ割り人形』の練習が先だ。」

 原田先生はニコニコ笑いながら、僕の肩をポンポンと叩く。だからそこまで気にしなくていいとの素振りだろうか。


「ヨシッ。今日は『華麗なる大円舞曲』の練習と行こう。加奈子ちゃんは、『レ・シルフィード』の中にあるから、大丈夫だよね。」

 原田先生は念を押すように、加奈子の瞳を覗き込む。


「はい。」

 と頷く加奈子。


「ヨシッ、少年と出会った、最初の頃を思い出して、先ずは加奈子ちゃん、踊ってみよう。」

 原田の言葉に頷く加奈子。


 加奈子は、バレエのスタンバイをして、待機している。

 僕に向かって頷く。


 何度もこの光景を見たことか。

「いつでもいいよ!!」

 その合図。


 冒頭部分。ターン、タタターン、タタタン、タタタン、タタタンターン、と最初の音を鳴らして。

 加奈子は一気にキレのある動きを連発していく。

 コンクールの時と変わっていないか、それ以上だろう。クリスマスコンサートこそ、皆で踊る振付に変えていたのだが、一人で踊るときの振付も、完璧にこなしていく。


「ヨシッ、お互い、息ピッタリ。流石だ。そして、さすがプリンシパルだな。完璧。」

 原田先生はニコニコ笑う。


「そしたら次に行こう。そのまま、もう一度少年に冒頭からピアノを弾いてもらって、加奈子ちゃんは譜めくりをやってみよう。今回は昨日の『マズルカ』より、難しいからな。演奏時間も長いし、その分ボリュームがあるぞ。」

 原田先生はそう言いながら、加奈子を僕の隣の椅子に促す。


 加奈子は僕の隣の椅子に座るが、昨日と同様、ソワソワと緊張する加奈子。


「大丈夫。間違えたっていいさ。少年も、私も、加奈子ちゃんが普通の女の子だってことを知っているさ、この時くらい、完璧でなくても大丈夫だよ。少年も喜んで教えてくれるよ。」

 原田先生は加奈子の両肩に手を乗せる。

 そして、僕も原田先生に促され、加奈子の太ももに手を当てる。


「うん。ありがとう。」

 加奈子は深呼吸して頷く。


「そしたら、リラックスできるようにヒントを教えるね。今回のヒントは。これ。」

 小節の終わりに、太い線で、点がついた記号を指さす。そして、今度は小節のはじめに同じような記号がついているものを指さす。

「ここから、ここまで。」

 僕は、その太い線と二つの点の範囲をなぞる。

 種明かしすると、それは繰り返しの記号。同じ範囲を繰り返して二回演奏するのだ。


 あえて、その記号の意味を加奈子に教えないようにする。


 加奈子は僕がなぞった指を見て、うん、うん、と頷く。


「この箇所以外にも、こういう記号がこの曲は沢山出てくるから、よく見ててね。」

 僕の言葉に、うんうんと頷く加奈子。


 加奈子は深呼吸する。

 加奈子の呼吸の音を聞いて、深呼吸を終えたのを確認する。


 僕はもう一度冒頭から、『華麗なる大円舞曲』を弾いて行った。


 そわそわしだす加奈子、もうすぐかな・・・。という表情だ。


「まだだよ~。」

 僕はニコニコしている。


 そして。加奈子は勢いよく譜めくりをする。

「ちょっと惜しい。でも、大丈夫。少し早かっただけ。」

 僕はそう言って、止まらず続きを弾き続ける。


 次のページは、やたらと繰り返し記号が多く、繰り返す範囲も多かったりする。

 加奈子はそれに気づけるか。


 やはり、早いタイミングで、譜めくりをやろうとする加奈子。

「まだだよ~。」

 僕はにこにこと笑う。


 それでも、タイミングをうかがう加奈子。

「まだまだだよ~。実はもっと後の方だよ~。」

 そういいながら、僕はピアノの手を止めない。


 少し首をかしげる加奈子。

 そして。


「あっ。」

 と声をあげて、頷く。

 何かに気付いたか。

 加奈子は椅子に座った。


 この様子だと、僕のヒント、繰り返し記号にわかったようだ。


 そして。

 それは訪れた。


 次の譜めくりのタイミングは分り易かったようだ。

 繰り返しの記号も覚え、一瞬、左手のパートが休符になっているところ。

 僕が右手のみの演奏が続くところを見計らって。


 加奈子が勢いよく譜めくりをして、次のページに行く。

「百点満点!!」

 僕はニコニコしながら、伴奏の手を止めず、というより、その瞬間少しテンポを走ってしまった。


 加奈子がニコニコ笑う。

 原田先生の方を見る。原田先生は拍手をしている。


 そして、次の譜めくりも繰り返しをした直後が次のページに遷移する箇所だったため、ベストタイミングで、譜めくりをしてくれた。


「ナイス。もう百点あげちゃう!!」

 僕はそう言って、ニコニコしながら、最後までピアノを弾いた。


 ピアノが弾き終わって。

「すごいじゃん、加奈子!!」

 僕は思わず抱きしめる。


「ひ、輝、やったー!!」

 加奈子はニコニコ笑う。

 それに呼応して、僕はさらに抱きしめて。


「ひ、ひかる、ぐるじい。」

 加奈子の言葉が聞こえ。


「ああ。ごめん。ごめん。」

 思わず頭を下げる僕。


「ヨシッ、ナイス。ナイス。良かったぞ!!」

 原田先生は加奈子に拍手を送った。


「はい。輝のヒントの記号が繰り返しの意味だって、分かったので、繰り返しが終わったところで。そして、音符がない所があったから、左手は休みなのかなって。」

 加奈子の言葉に、パチパチパチパチ、と原田先生と僕は思いっきり、心のこもった拍手を贈る。

 思わず飛び上がってしまうところだった。

 流石は、加奈子だった。とても優秀で、理解力の高い、成績優秀な加奈子だった。


「ヨシッ、そしたら、加奈子ちゃんが、理解できたところで、新しいバレエノートのつけ方をレクチャーするよ。」

 原田先生はニコニコ笑いながら、加奈子ちゃんにバレエノートを持ってくるように指示する。


 加奈子が持ってきたノートは、加奈子の誕生日に僕がプレゼントしたものだった。

 実際に使ってくれているところを見て、なんだかうれしくなる。


「嬉しい。使ってくれていて。」

「ふふふ。まあね。」

 加奈子はにこにこと笑う。


「折角少年のプレゼントしたノートだ、新しいやり方をマスターしていくにはとてもいいノートになったな。」

 原田先生はニコニコ笑いながら、バレエノートのつけ方をレクチャーしていった。


「いい?これからは、このノートと楽譜が必需品になる。楽譜にメモして、それをこのノートに対応させるんだ。」

 原田先生はそう言いながら、振り付けのノートの書き方、楽譜のどの部分でどうするのか、つまり、楽譜とノートの対応のやり方を、細かいところまで加奈子に教えて行った。

 一通りの説明を聞いて、実際に、楽譜にメモしていく加奈子。

 楽譜のメモは加奈子にしては大雑把だったが。


「うん。最初のうちはこのくらいだろう。だんだんと慣れるさ。もう少し譜読みの力を少年のサポートで、頑張ってステップアップして行こう。実際に、ソロで披露してもらう『英雄ポロネーズ』はこのやり方で振付をしていくからね。」

 原田先生の言葉に頷く加奈子。それに僕も頷く。

 うん、最初のうちは、これくらいだろう。だが、加奈子の力なら、すぐに出来るようになっているだろう。


 復習という意味で、もう一度『華麗なる大円舞曲』を弾く。


 今度は、加奈子はノートにメモしたことを基に、僕のピアノの前でバレエを披露していた。

 間違いなく今日、最初に引いたときより、加奈子の動きが大きく変化した。


「どうだった?」

 加奈子に聞く原田先生。


「いつもより、早く、復習ができたと言いますか、覚えられた感じがします。」

 加奈子の言葉に大きく頷く原田先生。


「そうだ。このやり方ができれば、普段、私の振付を聞きながら覚えていくより、脳みその色々な場所を使って、振付を覚えていくから、振り付けを覚えるのがより早くなるぞ!!少年のサポートで慣れて行こう!!」

 原田先生は親指を立てる。


「さあ、時間はまだまだある。同じような感じで、『マズルカ』も加奈子ちゃんがこの間踊った自由曲、『ワルツ、大円舞曲』も同じような感じで、少年に弾いてもらいつつ、楽譜にメモして行こうか。少年も練習になるしな。」

 原田先生はそう言って、ニコニコ笑いながら、僕にピアノを弾くように指示する。

 譜めくりをやりながら、タイミングを確認し、楽譜とノートにメモする加奈子。


 そうして、それぞれの練習の最後に披露した、加奈子のバレエはコンクールの時より、良い動きをしているように思えた。

 まだまだ、慣れないのに、さすがだと思う。


「ヨシッ、それじゃ、今日はここまでにして、次の練習は、クリスマスコンサート用の加奈子ちゃんのソロステージ、『英雄ポロネーズ』の振付だ。よろしくな。少年。」

 原田は僕の肩をポンポンと叩く。


 僕のコンクールのためなのに、なんだか申し訳ない気がする。


「す、すみません、よろしくお願いします。」

 僕はそう頭を下げるが。


「だから、気にすんなって。いい機会で一石二鳥なんだ。お前と、加奈子ちゃん、両方の成長のためのさ。」

 原田先生は笑っていた。


「そうだよ、輝。一緒に頑張ろうね。」

 加奈子はそう言って、ニコニコ笑っていた。


 


 翌日も、生徒会の作業、そして、風歌との練習を一通り終えて、原田先生と、加奈子の待つバレエ教室へ向かう。

 今日からは、関東大会で披露する自由曲、『英雄ポロネーズ』の練習。そして、加奈子のソロステージの振付だ。


「輝、お疲れ、連日で大丈夫?無理しないで。」

 加奈子は言うが、とんでもない。むしろ、僕が加奈子に合わせないと。


 僕のコンクールで、譜めくりのサポートとなった、加奈子。

 流石にここ数日毎日、かなりハードな感じなので、加奈子も無理していないか心配だ。


 だから、僕も加奈子に無理しないで欲しいと思っているが、お互い、性格が一致している。


「加奈子も無理しないで。」

 と伝えると。


「大丈夫。私も楽しいから。」

 との二つ返事。


「「一緒だね♪」」

 と、ニコニコ笑う。


 譜めくりサポートをきっかけに、加奈子も、原田先生とともに、楽譜を読んでいく訓練を始めるようになり、だんだんと上達してきているようだ。

「ヨシッ。二人とも、時間通りで、感心、感心。それじゃあ、振り付けをしていくぞ。」

 原田先生は僕と加奈子の前に相変わらず颯爽と現れ、僕をピアノの前に促した。


「それじゃ、『英雄ポロネーズ、作品53』と行こう。この曲は長いので、最初のページまで少年に弾いてもらって、譜めくりのタイミングをまずは確認しよう。その後、最初のページの振付を、昨日までの復習のような感じで、同じような要領でやってみよう。」

 原田先生の言葉に僕たちは頷く。


 僕はピアノを弾いていく。

 さすがに、この曲は演奏時間も長く、とても難しい。


 加奈子も、楽譜ということであればついて行くことがやっと、という印象があるが。

 加奈子の譜めくりもうまくなってきた気がする。


 ここだ!!という表情に変わり、最初のページをめくった。

 結果は今度は若干遅かったが、それでも、全然違うというわけじゃなく、惜しいという感じだった。


「うん。ちょっと、惜しかった。もう少し早いタイミングで、最初のページは過ぎてた。」

 僕はニコニコ笑う。

 確かに、この曲はリズムとしてはバレエで振付しても刻んでいけるが、そのリズムを楽譜に起こすのがとても難しい。

 テンポ間も楽譜のみだと、わからなかったようだ。


「ヨシ、ヨシ、確かに惜しかったがいい感じだったぞ、大分、楽譜の、譜読みがつかめてきているな。」

 原田先生は加奈子の方に手をやる。


「さて、ここからは、加奈子ちゃんの本領発揮の出番だな。楽譜の情報を見ながら振付を確認するぞ!!」

 原田先生はそう言って、加奈子に振付を叩き込んでいく。

 普段はパワフルな原田先生だが、振り付けに関しては指の先から、足の先まで繊細だ。


 加奈子は、『マズルカ』や『華麗なる大円舞曲』、さらには『ワルツ、大円舞曲』と同じように、楽譜とノートにメモしていく。

 今まで僕が練習で弾いた三曲は、加奈子は、コンクールや合宿で行った振付をすでに覚えたうえで、こういうふうに楽譜とノートにメモして、それを対応していくものだったが。


 さすがに、今回は一からの振付、少し大変そうだが、加奈子の表情は気合が入っている。


 今日からの今週の残りは、僕にとっても、加奈子にとっても、『英雄ポロネーズ』三昧となった。


 そう。毎日、バレエ教室に通い、昨日の復習と、次のページの振付を繰り返す日々が続いた。


 そして、今週末の金曜日。すべての振付を終えての通し練習。

 この通しでは、加奈子は譜めくりではなく、バレエの踊りの練習だ。

 既にスタンバイしている加奈子。


「ヨシッ、では、少年、頭から弾いてくれるか?」

 僕は原田の指示で、頭から、『英雄ポロネーズ』のピアノを弾く。


 加奈子はそれに付いてきている。いや、ピアノの音を完全に理解して、振付をモノにしていた。

 凄い。凄い。


 僕は加奈子の舞に惹かれながら、ピアノを夢中で弾き続ける。

 僕と加奈子の二人だけの空間。

 まるで、最初に、葉月の家で、加奈子が私服のままバレエを披露したときのように・・・。


 演奏が弾き終わる。

 パチパチパチパチ。

 と拍手が鳴り終わり、原田先生が大きくガッツポーズをしていた。


「どう?加奈子ちゃん、明らかに覚えるのが速くなってきているぞ。そして、細かい動きも完全に入っているし、もう、百パーセント仕上がったといっても過言ではないぞ!!」


「はい。凄いです。このくらいの演奏時間の曲は、もう少し長く仕上がりにかかっていたはずですよね、先生。」

 加奈子も原田先生の言葉にニコニコと頷いた。


「ああ、そうだよ。そうだとも!!」

 原田先生は笑っている。

 そう。加奈子の譜読みのスキルが上がったことで、振付を覚えるのが明らかに早くなっていたのだった。


 僕も思わず、そのやり取りに拍手していた。


「いい?その感覚、忘れないで。最も、少年がいるときは、このやり方で振付を確認するけど。」

「はい!!」

 加奈子は大きく、返事をした。


「すごかったです。ありがとうございました。」

 僕はそう言って、もう一度、大きな拍手を贈る。


 原田先生と加奈子は首を振る。


「ううん、お礼を言うのはこっちの方。輝のおかげで、また一つ成長できた。それに、約束、果たせそうだから。」

 加奈子は笑っている。


 そう。最初のバレエコンクールの時。加奈子は言っていた。

<困ったことがあったら、言ってね。>と。


 その言葉を思い出し、僕は涙目になる。


「おいおい、少年、泣くのは早いぞ。お前のコンクールが終わってからだな。」

 原田先生は頷く。


「ヨシッ、そしたら、今週末、来週は少年のコンクールの予定に合わせて、『英雄ポロネーズ』以外の三曲を復習することにしよう!!」

 原田先生は親指を立てて、今日のレッスンを終えたのだった。


 僕と加奈子は原田先生に見送られて、バレエスタジオを後にする。


 そして、自転車をこいで、それぞれの帰路に就く。

 といっても途中までは一緒で。


 いつもの、『南大橋入口』と書かれた交差点に差し掛かる。


「じゃあ、また明日ね。輝。」

 加奈子が手を振る。

 僕も頷いて、改めて、お礼を言って、加奈子の自転車が見えなくなるまで見送った。


 そうして、僕も南大橋を渡って、伯父の農家の家へと帰路に就いた。





今回も、ご覧いただき、ありがとうございました。

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