85.加奈子の課題
岩島先生のピアノ教室から出て、風歌と別れた後。
今度は、原田先生のバレエ教室に来て、加奈子と合流する。
今日の放課後、生徒会室で、一旦別れた加奈子は、僕がここのバレエ教室に到着するまで、クリスマスコンサートの練習をしていたのだった。
「よっ。少年、クリスマスコンサートの練習が丁度終わったところだぞ!!」
原田先生に出迎えられ、バレエ教室の一室に案内される。
案内された先には、バレエの練習着、レオタードの姿の加奈子。
「輝。お疲れ様。」
加奈子に出迎えられる。
「ううん。加奈子こそ、本当にありがとう。ここからは、僕のために時間を割いてくれているのに・・・。」
加奈子は首を横に振る。
「おお、真面目で良いじゃないか少年!!まあ、気にしなくて全然いいけどな!!」
そのやり取りを一部観察していた、原田先生が僕のもとに歩み寄る。
「いい機会なんだ。加奈子ちゃんに、さらなるステップアップをしてもらうためにも。」
原田先生が僕にウィンクをして、加奈子に近づく。
「?」
僕は首をかしげる。
「加奈子ちゃんの、残っている最大の課題が一つあってね。実は、その課題だけで言うなら、雅ちゃんの方が上なんだ。」
そんな、加奈子に課題があるのだろうか・・・。
このバレエスタジオで、加奈子はプリンシパル、つまりトップダンサー。完璧にマスターしているはずである。
しかも、雅ちゃん、加奈子のライバルでもある、藤代さんの方が勝っているもの・・・。
「おーっと、少年。加奈子ちゃんに課題があるんですか?という顔をしているな。まあ、確かに、総合力では加奈子ちゃんは間違いなく、トップだし、完璧だ。そうだな、加奈子ちゃんの残っている課題は、まあ、バレエのプラスアルファの部分だな。なんだと思う?」
原田の突然の問いかけ。
「朝弱いとかですか?」
僕は言ってみる。
「ちょっと、輝!!」
加奈子は恥ずかしそうな顔になる。
「ハーッハハハ。まあ、そうだな。でも、今言っているのは技術的な面で。そうだな、最大のヒントは、この中で、そして、このバレエ教室の生徒の中で、この課題を一番得意としている人は、少年、お前だ。お前ならば、雅ちゃんにも勝てるはずだ。」
原田先生は笑いながら、紙の束を抱えている。
紙の束が四つ。
「これは、少年、お前が今度のコンクールで弾く曲の楽譜だったな。アキ、まあ、岩島晶子先生のピアノ教室から、借りて来て、コピーさせてもらった。この四つのうち二つが、『レ・シルフィード』にもある、『マズルカニ長調』、『華麗なる大円舞曲、作品18』だ。そして、残りの二つは、加奈子ちゃんの自由曲だった。ワルツ『大円舞曲、作品42』。そして、この間の壮行会で披露してくれた『英雄ポロネーズ』だな。」
原田先生はニコニコしながら、紙の束を四つ、ピアノの上に並べていくが。
「少年はしばらく何も言わないでくれよ。」
原田先生に念を押され、僕は頷く。
「では、加奈子ちゃんに問題です。『マズルカ』の楽譜はこの四つの中でどれでしょう?」
原田先生は加奈子に目を合わせる。
「えっ!?」
急に顔が赤くなる加奈子。何だろうか。とても新鮮。
「ど、ど、どれだろう・・・・・・。」
不安な表情、まるで分らないという感じだ。
普段は勉強も、バレエも、完璧にこなす加奈子。
この表情はとても新鮮だった。
原田先生がニコニコ笑う。
「ちなみに少年、お前は当然・・・・・。」
原田先生はドヤ顔で、僕の方を向く。
黙ってうなずく僕。勿論、どれがどの楽譜かはすぐにわかる。
それと同時に、加奈子の抱えている課題を理解した僕。
確かに、プロのバレリーナになる、そして、プロのバレエ団に入るのであれば、楽器は弾けなくても、“譜読み”の力、つまり、“楽譜を読む力”はある程度必要になってくる。
振付を楽譜にメモしたりするのだろう。
原田先生は親指を立てる。それと同時にニヤニヤと僕の口元が緩む。
「ちなみに、もちろんだが、少年はすぐにわかっているぞ!!お互いニヤニヤしながら、加奈子ちゃんの珍しく悩んでいる表情を見てまーす。」
原田先生は笑いながら、加奈子の表情をうかがう。
「ちょっと、輝まで!!」
加奈子はさらに顔が赤くなる。
とても恥ずかしそうな表情になる。何だろうか、その表情はとてもかわいい。
プレッシャーになりながらも、何とか選ばないといけない、加奈子。
「こ、これです!!」
加奈子が大きな声をあげて、楽譜を取り上げて、その楽譜を原田先生に渡す。
確認する原田先生。
「はいっ。残念!!」
原田先生は面白そうに、叫ぶ。
それと同時に、魂が抜けた表情になる加奈子。
「ひ、ひゃぁぁ~。」
加奈子の裏返った声。
「は、恥ずかしい・・・・・・。」
思わず、顔が赤くなり、そして、そのままの勢いで、顔が急に真っ青になる。
「まあ、大丈夫だ。ここには少年と、私しかいないんだ。思いっきり間違ったって、誰も困らないよ。」
原田先生の言葉に僕も頷いている。
「ほ、本当?」
「「もちろん!!」」
僕と、原田先生が声をそろえて言った。
「あ、ありがとう。」
加奈子の顔色がすぐに元に戻る。
「それじゃ、正解を確認していくぞ。ちなみに、加奈子ちゃんが取った楽譜は、一番間違えちゃいけない楽譜だったな。明らかに違っていて、一番最初に選択肢から消さないといけない楽譜だった。」
原田先生の声に、頷く加奈子。
「まず、この楽譜は、冒頭部分がとても特徴的だ。音符は分るな、音楽の授業でやっているな。」「はい。」
原田先生の問いかけに頷く加奈子。
「音符、つまり、オタマジャクシみたいな記号は、音を鳴らす記号だ。そうなると、ホラ。」
原田先生は、加奈子が正解だと思った、楽譜の冒頭部分に指をあて。
「ターン、タタターン、タタタン、タタタン、タタタンっと。冒頭部分に、これ以外、他に音符は書いてあるか?」
と、加奈子に見せるように指をなぞっていった。
「あっ。」
と納得する加奈子。
「ホントだ。」
加奈子は歩み寄り、楽譜を近くで観察する。
「そういうことだな。つまり、これは何の楽譜だ?」
原田先生は加奈子に確認する。
「『レ・シルフィード』にある、『華麗なる大円舞曲』です。」
「そう。正解だ!!」
原田先生はニコニコ笑いながら、加奈子を見る。
「そんな感じで、もう一回チャンスをあげよう。残り三つの中から『マズルカ』の楽譜を選んでみな。」
加奈子は原田先生の言葉に頷き、もう一度、ピアノの上にある楽譜を眺める。
少し悩んだが・・・。
「これ、です。」
加奈子は楽譜を取った。
「やったー!!」
思わず、ガッツポーズする僕。
「そう、それが正解だ!!」
原田先生がニコニコ笑う。
「なんでわかったか、説明できるか?」
原田が加奈子を見る。
「はい。まずは、三つの中から一番最初に消さなきゃいけないもの、冒頭が特徴的なのが一つ。これが、私と、輝と一緒にやった自由曲で。残りは、単純に、枚数の多さ、分量です。演奏時間が明らかに違うなあと。『英雄ポロネーズ』はあの時の輝のピアノを一回聞いただけですが。」
「ヨシッ。とてもよくできていたぞ!!さすがは加奈子ちゃんだ、同じ轍は踏まないな。」
原田先生がにこにこと笑う。
「ちなみに雅ちゃんは小学生まで、ヴァイオリンもやっていて、楽譜は読めるんだ。加奈子ちゃんもコレを機に訓練していくこと。プロのバレエ団に在籍していれば、その知識は必須だ。楽譜に振付をメモしたりして、より覚えるのが速くなるぞ。【鬼に金棒】ということで、少年と一緒にやってみよう!!」
原田先生が、ニコニコ笑いながら、加奈子に言う。
「はい!!頑張ります。」
雅ちゃん、藤代さんの話題をしたからだろうか。気合が入る加奈子。
「それじゃ、早速、『マズルカ』からやってもらおう。」
原田先生はニコニコ笑いながら僕に合図を送る。
僕は加奈子の方を見て、改めて、楽譜を渡す。
「よろしく、加奈子。」
僕はそう言って、加奈子を僕の隣の椅子に座らせる。
「う、うん。いつでもいいよ。」
という加奈子の声。
マズルカに関しては演奏時間が短いため、加奈子の譜めくりも一回程度で済む。
問題はその一回の個所がどこか。
僕はピアノを弾いていく。
一フレーズ弾いていく毎にソワソワする加奈子。
「まだだよ~。」
とその度に僕が声をかける。
だが、さらにソワソワする加奈子。
その時、後ろからポン!!と原田先生の手。
「ストップだ。少年。」
原田先生の声に僕は演奏を止める。
「加奈子ちゃん、まだまだだよ~。ヒントはここだね~。」
原田は楽譜の一箇所を指さす。
二重線が引かれ、楽譜の段落の最初の部分が、シャープ記号から、フラット記号に変わる部分。
「ここは?」
加奈子が言うと。
「転調といって。カラオケなんかで、キーを下げたりするときにこれを使う場面が多いが。そうだなぁ~。簡単に言えば、曲の感じ、雰囲気がガラッと変わる場面に使われる。バレエで踊ったからわかるよね?曲の感じが変わるところ、まだ来てる?」
原田先生は加奈子に話しかけると。
加奈子は首を横に振る。
「き、来てないです。」
加奈子は言った。
「そうだな。じゃあ、まだまだ。落ち着いていていいぞ。すまないな、少年、もう一度頭から頼むよ。」
原田先生の声に頷いて、僕は再び『マズルカ』をもう一度頭から弾く。
そうして、転調、つまり曲の展開部分に差し掛かる。
同時に、ソワソワする加奈子。
そして。
「ここだ!!」
と叫び、勢いよく譜をめくる加奈子。
僕はニコニコ笑いながら、ピアノを続ける。当然だが、僕は覚えているので、加奈子の勢いも気にせず落ち着いて、ピアノを続ける。
最後まで、弾き終わる僕。
「ヨシッ。少年のピアノは最高だな。では、先ほどの譜めくりの正解発表を少年からどうぞ。」
原田先生は僕に振ってきたので。
「じゃ、じゃあ・・・。」
僕は深呼吸する。
祈る加奈子。
「ちょっと、早かったかなぁ。どういったら良いんだろう。前のページと次のページで、音符の形が少し異なってるのわかる?」
僕は加奈子にページを見せる。
「あっ。ホントだ。」
加奈子が少し悔しそうな眼。
「音符の形が少し異なってる、ということは?」
原田先生のニコニコした眼が加奈子に注がれる。
「あっ。わかったかも。輝、お願い。もう一回。もう一回!!」
加奈子が必死にお願いする。
「もちろん♪」
僕はニコニコ笑いながら、もう一回『マズルカ』を弾く。
するとどうだろうか。正解の場所。
曲のフレーズが変わる、まさにそのタイミングで、加奈子が譜めくりを行うことができた。
「ヨシッ!!やったぞ!!」
原田先生がニコニコ笑う。
「うん。本当に、加奈子はとても優秀。」
僕は思わずため息が漏れる。
「ヨシッ、そしたら、今日は二人とも、学校から色々あって、かなり忙しかっただろうから、今日はここまでにして、また明日にしよう。今日はお試しということで、『マズルカ』だけだったが、明日は他の曲もやってみようか。」
原田先生はニコニコ笑いながら、その日のピアノの練習は終わっていった。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。
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