表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

85/192

85.加奈子の課題

 

 岩島先生のピアノ教室から出て、風歌と別れた後。

 今度は、原田先生のバレエ教室に来て、加奈子と合流する。


 今日の放課後、生徒会室で、一旦別れた加奈子は、僕がここのバレエ教室に到着するまで、クリスマスコンサートの練習をしていたのだった。


「よっ。少年、クリスマスコンサートの練習が丁度終わったところだぞ!!」

 原田先生に出迎えられ、バレエ教室の一室に案内される。


 案内された先には、バレエの練習着、レオタードの姿の加奈子。


「輝。お疲れ様。」

 加奈子に出迎えられる。

「ううん。加奈子こそ、本当にありがとう。ここからは、僕のために時間を割いてくれているのに・・・。」

 加奈子は首を横に振る。


「おお、真面目で良いじゃないか少年!!まあ、気にしなくて全然いいけどな!!」

 そのやり取りを一部観察していた、原田先生が僕のもとに歩み寄る。


「いい機会なんだ。加奈子ちゃんに、さらなるステップアップをしてもらうためにも。」

 原田先生が僕にウィンクをして、加奈子に近づく。


「?」

 僕は首をかしげる。


「加奈子ちゃんの、残っている最大の課題が一つあってね。実は、その課題だけで言うなら、雅ちゃんの方が上なんだ。」


 そんな、加奈子に課題があるのだろうか・・・。

 このバレエスタジオで、加奈子はプリンシパル、つまりトップダンサー。完璧にマスターしているはずである。

 しかも、雅ちゃん、加奈子のライバルでもある、藤代さんの方が勝っているもの・・・。


「おーっと、少年。加奈子ちゃんに課題があるんですか?という顔をしているな。まあ、確かに、総合力では加奈子ちゃんは間違いなく、トップだし、完璧だ。そうだな、加奈子ちゃんの残っている課題は、まあ、バレエのプラスアルファの部分だな。なんだと思う?」


 原田の突然の問いかけ。


「朝弱いとかですか?」

 僕は言ってみる。

「ちょっと、輝!!」

 加奈子は恥ずかしそうな顔になる。


「ハーッハハハ。まあ、そうだな。でも、今言っているのは技術的な面で。そうだな、最大のヒントは、この中で、そして、このバレエ教室の生徒の中で、この課題を一番得意としている人は、少年、お前だ。お前ならば、雅ちゃんにも勝てるはずだ。」

 原田先生は笑いながら、紙の束を抱えている。

 紙の束が四つ。


「これは、少年、お前が今度のコンクールで弾く曲の楽譜だったな。アキ、まあ、岩島晶子先生のピアノ教室から、借りて来て、コピーさせてもらった。この四つのうち二つが、『レ・シルフィード』にもある、『マズルカニ長調』、『華麗なる大円舞曲、作品18』だ。そして、残りの二つは、加奈子ちゃんの自由曲だった。ワルツ『大円舞曲、作品42』。そして、この間の壮行会で披露してくれた『英雄ポロネーズ』だな。」

 原田先生はニコニコしながら、紙の束を四つ、ピアノの上に並べていくが。


「少年はしばらく何も言わないでくれよ。」

 原田先生に念を押され、僕は頷く。


「では、加奈子ちゃんに問題です。『マズルカ』の楽譜はこの四つの中でどれでしょう?」

 原田先生は加奈子に目を合わせる。


「えっ!?」

 急に顔が赤くなる加奈子。何だろうか。とても新鮮。


「ど、ど、どれだろう・・・・・・。」

 不安な表情、まるで分らないという感じだ。

 普段は勉強も、バレエも、完璧にこなす加奈子。

 この表情はとても新鮮だった。


 原田先生がニコニコ笑う。


「ちなみに少年、お前は当然・・・・・。」

 原田先生はドヤ顔で、僕の方を向く。


 黙ってうなずく僕。勿論、どれがどの楽譜かはすぐにわかる。

 それと同時に、加奈子の抱えている課題を理解した僕。


 確かに、プロのバレリーナになる、そして、プロのバレエ団に入るのであれば、楽器は弾けなくても、“譜読み”の力、つまり、“楽譜を読む力”はある程度必要になってくる。

 振付を楽譜にメモしたりするのだろう。


 原田先生は親指を立てる。それと同時にニヤニヤと僕の口元が緩む。


「ちなみに、もちろんだが、少年はすぐにわかっているぞ!!お互いニヤニヤしながら、加奈子ちゃんの珍しく悩んでいる表情を見てまーす。」

 原田先生は笑いながら、加奈子の表情をうかがう。


「ちょっと、輝まで!!」

 加奈子はさらに顔が赤くなる。

 とても恥ずかしそうな表情になる。何だろうか、その表情はとてもかわいい。


 プレッシャーになりながらも、何とか選ばないといけない、加奈子。

「こ、これです!!」

 加奈子が大きな声をあげて、楽譜を取り上げて、その楽譜を原田先生に渡す。


 確認する原田先生。

「はいっ。残念!!」

 原田先生は面白そうに、叫ぶ。

 それと同時に、魂が抜けた表情になる加奈子。


「ひ、ひゃぁぁ~。」

 加奈子の裏返った声。

「は、恥ずかしい・・・・・・。」

 思わず、顔が赤くなり、そして、そのままの勢いで、顔が急に真っ青になる。


「まあ、大丈夫だ。ここには少年と、私しかいないんだ。思いっきり間違ったって、誰も困らないよ。」

 原田先生の言葉に僕も頷いている。


「ほ、本当?」

「「もちろん!!」」

 僕と、原田先生が声をそろえて言った。


「あ、ありがとう。」

 加奈子の顔色がすぐに元に戻る。


「それじゃ、正解を確認していくぞ。ちなみに、加奈子ちゃんが取った楽譜は、一番間違えちゃいけない楽譜だったな。明らかに違っていて、一番最初に選択肢から消さないといけない楽譜だった。」

 原田先生の声に、頷く加奈子。


「まず、この楽譜は、冒頭部分がとても特徴的だ。音符は分るな、音楽の授業でやっているな。」「はい。」

 原田先生の問いかけに頷く加奈子。


「音符、つまり、オタマジャクシみたいな記号は、音を鳴らす記号だ。そうなると、ホラ。」

 原田先生は、加奈子が正解だと思った、楽譜の冒頭部分に指をあて。


「ターン、タタターン、タタタン、タタタン、タタタンっと。冒頭部分に、これ以外、他に音符は書いてあるか?」

 と、加奈子に見せるように指をなぞっていった。


「あっ。」

 と納得する加奈子。


「ホントだ。」

 加奈子は歩み寄り、楽譜を近くで観察する。


「そういうことだな。つまり、これは何の楽譜だ?」

 原田先生は加奈子に確認する。


「『レ・シルフィード』にある、『華麗なる大円舞曲』です。」

「そう。正解だ!!」

 原田先生はニコニコ笑いながら、加奈子を見る。


「そんな感じで、もう一回チャンスをあげよう。残り三つの中から『マズルカ』の楽譜を選んでみな。」

 加奈子は原田先生の言葉に頷き、もう一度、ピアノの上にある楽譜を眺める。

 少し悩んだが・・・。


「これ、です。」

 加奈子は楽譜を取った。


「やったー!!」

 思わず、ガッツポーズする僕。


「そう、それが正解だ!!」

 原田先生がニコニコ笑う。


「なんでわかったか、説明できるか?」

 原田が加奈子を見る。


「はい。まずは、三つの中から一番最初に消さなきゃいけないもの、冒頭が特徴的なのが一つ。これが、私と、輝と一緒にやった自由曲で。残りは、単純に、枚数の多さ、分量です。演奏時間が明らかに違うなあと。『英雄ポロネーズ』はあの時の輝のピアノを一回聞いただけですが。」


「ヨシッ。とてもよくできていたぞ!!さすがは加奈子ちゃんだ、同じ轍は踏まないな。」

 原田先生がにこにこと笑う。


「ちなみに雅ちゃんは小学生まで、ヴァイオリンもやっていて、楽譜は読めるんだ。加奈子ちゃんもコレを機に訓練していくこと。プロのバレエ団に在籍していれば、その知識は必須だ。楽譜に振付をメモしたりして、より覚えるのが速くなるぞ。【鬼に金棒】ということで、少年と一緒にやってみよう!!」

 原田先生が、ニコニコ笑いながら、加奈子に言う。


「はい!!頑張ります。」

 雅ちゃん、藤代さんの話題をしたからだろうか。気合が入る加奈子。


「それじゃ、早速、『マズルカ』からやってもらおう。」

 原田先生はニコニコ笑いながら僕に合図を送る。


 僕は加奈子の方を見て、改めて、楽譜を渡す。

「よろしく、加奈子。」

 僕はそう言って、加奈子を僕の隣の椅子に座らせる。


「う、うん。いつでもいいよ。」

 という加奈子の声。


 マズルカに関しては演奏時間が短いため、加奈子の譜めくりも一回程度で済む。

 問題はその一回の個所がどこか。


 僕はピアノを弾いていく。

 一フレーズ弾いていく毎にソワソワする加奈子。


「まだだよ~。」

 とその度に僕が声をかける。


 だが、さらにソワソワする加奈子。

 その時、後ろからポン!!と原田先生の手。


「ストップだ。少年。」

 原田先生の声に僕は演奏を止める。


「加奈子ちゃん、まだまだだよ~。ヒントはここだね~。」

 原田は楽譜の一箇所を指さす。

 二重線が引かれ、楽譜の段落の最初の部分が、シャープ記号から、フラット記号に変わる部分。


「ここは?」

 加奈子が言うと。


「転調といって。カラオケなんかで、キーを下げたりするときにこれを使う場面が多いが。そうだなぁ~。簡単に言えば、曲の感じ、雰囲気がガラッと変わる場面に使われる。バレエで踊ったからわかるよね?曲の感じが変わるところ、まだ来てる?」

 原田先生は加奈子に話しかけると。

 加奈子は首を横に振る。


「き、来てないです。」

 加奈子は言った。


「そうだな。じゃあ、まだまだ。落ち着いていていいぞ。すまないな、少年、もう一度頭から頼むよ。」

 原田先生の声に頷いて、僕は再び『マズルカ』をもう一度頭から弾く。


 そうして、転調、つまり曲の展開部分に差し掛かる。

 同時に、ソワソワする加奈子。


 そして。

「ここだ!!」

 と叫び、勢いよく譜をめくる加奈子。


 僕はニコニコ笑いながら、ピアノを続ける。当然だが、僕は覚えているので、加奈子の勢いも気にせず落ち着いて、ピアノを続ける。


 最後まで、弾き終わる僕。


「ヨシッ。少年のピアノは最高だな。では、先ほどの譜めくりの正解発表を少年からどうぞ。」

 原田先生は僕に振ってきたので。


「じゃ、じゃあ・・・。」

 僕は深呼吸する。


 祈る加奈子。


「ちょっと、早かったかなぁ。どういったら良いんだろう。前のページと次のページで、音符の形が少し異なってるのわかる?」

 僕は加奈子にページを見せる。


「あっ。ホントだ。」

 加奈子が少し悔しそうな眼。


「音符の形が少し異なってる、ということは?」

 原田先生のニコニコした眼が加奈子に注がれる。


「あっ。わかったかも。輝、お願い。もう一回。もう一回!!」

 加奈子が必死にお願いする。


「もちろん♪」

 僕はニコニコ笑いながら、もう一回『マズルカ』を弾く。


 するとどうだろうか。正解の場所。

 曲のフレーズが変わる、まさにそのタイミングで、加奈子が譜めくりを行うことができた。


「ヨシッ!!やったぞ!!」

 原田先生がニコニコ笑う。


「うん。本当に、加奈子はとても優秀。」

 僕は思わずため息が漏れる。


「ヨシッ、そしたら、今日は二人とも、学校から色々あって、かなり忙しかっただろうから、今日はここまでにして、また明日にしよう。今日はお試しということで、『マズルカ』だけだったが、明日は他の曲もやってみようか。」

 原田先生はニコニコ笑いながら、その日のピアノの練習は終わっていった。







今回もご覧いただき、ありがとうございました。

少しでも続きが気になりましたら、下の☆マークから高評価とブックマーク登録をよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ