82.バレエスタジオの誕生日会
茂木との打ち合わせを終え、帰宅しようとする僕。
だが、その時に原田から呼び止められて。
「おーっ、少年、大事な連絡があった。」
原田先生は笑いながら、手招きをする。
「明日の練習後は、このバレエスタジオの九月生まれの誕生日会だ。お前も来い。」
原田先生にこう呼び止められる。
「九月生まれは加奈子ちゃんがいるからな。それに、毎年九月は上旬にやっている。加奈子ちゃんの誕生日と合わせるためにな。」
原田先生は笑いながら言った。
加奈子の誕生日は九月六日。僕とちょうど一か月違い。
すっかり忘れていた僕。
それもそのはずで、先ほどの会議まで、僕の頭の中は合唱コンクールの出来事や安久尾のこと、さらには文化祭と体育祭のことなど、頭がいっぱいだった。
先月、皆から誕生日のお祝いをもらった僕。
そうなってくると、やはり何か考えなければならなかった。
「まぁ、お前のことだ、ちょっと気持ちを切り替えて、出かけるぞ!!たまには、私とも一時間くらい時間をくれよ。」
そういって、原田先生は、僕を無理矢理連れだす。
「あ、あの、バレエのレッスンは?」
「そんなこと気にしない気にしない!!今の時間にレッスンしているクラスは別の先生に任せているし、私担当の、この後のクラスは、もう少し時間が後だ。休憩するくらい何してもいいだろ?」
原田先生はそう言って、ニコニコと笑いながら外に出た。
原田先生に連れられて、百貨店と家電量販店の交差点へ。
そして、雲雀川市民はおなじみの百貨店へ。
原田先生は迷うことなく、百貨店のエスカレーターを上がり、文房具売り場へ。
「ほい。着いた。着いた。」
原田先生はにこにこと笑いながら僕に言う。
「あの、ここは。」
「文房具売り場だよ、少年。いろいろな可愛い雑貨もある。」
原田はニコニコ笑いながら、文房具売り場のノートの売り場に僕を連れて行く。
ノート売り場には、色とりどりの、可愛い動物や、綺麗な模様が施されている表紙のノートがたくさんあった。
「やっぱり、加奈子ちゃんは真面目なんだよ。いろんなことはすぐにメモするし、だから成績優秀で学年トップ、ウチのバレエスタジオでも、プリンシパルなんだろうな。ノートやメモ帳はいくらあっても困らないし、加奈子ちゃんにとっては足りないくらいだぞ!!少年。この中から頑張って一つ選んで、明日、プレゼントしてみな!!」
原田先生はそう言って、僕の肩を叩く。
そして、原田先生は、じゃっ、と手を振り、その場を立ち去ってしまう。
売り場の商品を見回す僕。
なるほど。ノートやメモ帳の表紙は、かなり色々ある。
有名なキャラクターが表紙を飾るものもあれば、犬や猫、花、さらには水玉模様もいろいろある。
確かに、加奈子へのプレゼントはここから選ぶしかなさそうだった。
実用品の物をあげたとしても、加奈子が使い勝手が合わなければ困ってしまう。
それだったら、必ず必要で直ぐに無くなりそうなものをプレゼントしたほうが間違いないだろう。
確かに僕の誕生日も、丁度お祭りがおこなわれていたので、屋台の食べ物を奢ってくれたメンバーもいたし、むしろそれで大満足だった。
さて、いろいろな表紙が飾られているノートやメモ帳。
どれがいいだろうか。
好きな色は・・・。
好きなことは・・・。
何だろうか、白か黒しか思いつかない。
バレエの衣装もそうだし、この間の水着だって、加奈子は黒ビキニだった。しかも、原田からもらったという。
かといって、黒無地や白無地のノートをプレゼントするのも、それはそれで・・・。
そう思ったときに、奇跡というものは起こるものだった。
そして、今回も起こった。
棚の上部の方に、黒いシルエットの男女が映っている表紙のノートがあった。
男性と思われる方の、シルエットはタキシードのようなものを着ている。
女性の方は、ドレス姿のシルエットで、男女は向き合っている。
背伸びをして、そのノートを取る。
表紙はシンプルだが、中を見ると、紙一枚一枚にバレリーナのシルエットが印刷されていて。
僕はこのノートをレジへと持っていった。
レジに着くと原田先生がすでに待機していて。
「おーっ、少年、何を買うのか見せてみな。」
と原田先生に声をかけられたので、僕はさっき商品の棚から取ったノートを原田先生に見せる。
手に取って、確認する原田。
「ヨシッ。合格。このノートのお会計は四五〇円だ。まあ、高校生にしては上出来だな。一緒に会計をするから、ホラ、お金を出す、出す。」
そういって、原田先生は手を出す。
僕はそのお金を渡す。
原田先生は僕から渡したお金を確認し、レジに並ぶ。
そして。
きれいにラッピングされた袋を二つ持って、レジから出てきた。
「今度、プレゼントを買いに来るときは、こんな感じで、店員にラッピングを必ず依頼しろよ。」
そういって、おそらく、先ほどのノートが入っているラッピングの袋を渡してくれた。
そうして、僕と原田は帰路に就く。
「じゃあな。少年、明日、それを忘れるなよ。」
そういって、原田は先ほどのノートが入った袋を指さし、バレエスタジオの奥へと向かって言った。
僕はその姿を見送り、自転車をこぎだし、帰路に就いた。
そして、翌日の放課後は原田のバレエ教室の九月生まれの誕生日会だった。
今年は、というより今年も、加奈子がコンクールで上位入賞しているので、例年、九月生まれの誕生日会は加奈子の誕生日に合わせるのだそう。
「九月生まれの皆、お誕生日おめでとう!!これからもみんなで、発表会を盛り上げていこう!!」
原田先生は元気よく、ニコニコと笑いながら声をかける。
「それじゃあ、各クラスの先生から、九月生まれの皆の紹介をお願いします。」
そうして、各クラスの先生は九月生まれのバレエスタジオのメンバーの名前を呼び、名前を呼ばれた生徒は元気よく返事をしていく。
そして、担当の先生からそれぞれプレゼントをもらっていく。
九月生まれの生徒たちは自己紹介して、これからも頑張りますと、一生懸命自分の言葉で喋っていた。
それと同時に、各クラスの仲のいい友達が、先生と一緒に誕生日を祝福する。
そしてついに、最後の人になった。
最後に呼ばれるのは勿論。
「それじゃ、最後に、まさに今日誕生日の人がいます。」
と、原田先生はニコニコ笑いながら言った。
「井野加奈子ちゃん。」
原田先生は大きな声でそう言った。
当然、加奈子の担当は原田先生なので、原田先生から加奈子の名前が呼ばれる。
加奈子は立ち上がり、皆の方を向いて、恥ずかしながらも一礼をする。
「あ、あの、皆さんありがとうございます。これからもよろしくお願いします。最近は、こういう、誕生日会を通して、毎年みんなが大きくなっていくのが凄く楽しみです。みんなも元気にバレエを続けてください。」
加奈子は恥ずかしがりながらも、すらすらと言った。
毎年のことなのだろう、慣れているように思う。
「早速プレゼントと言いたいところだが、折角なので、今年、大きく加奈子ちゃんの成長に拍車をかけたこの人にプレゼントを渡してもらいます。橋本君。前にどうぞ!!」
大きな拍手の中、僕は前に進む。
原田先生の発する、橋本君、という言葉でさらに緊張してしまう僕。
こういうバレエスタジオメンバー全員がいる、いわゆる正式な場所だ。普段は少年、と呼ばれているので、そのギャップもあってかさらにドキドキする。
「あ、あの、誕生日、おめでとうございます。」
僕はドキドキしながらもプレゼントを渡した。
「ふふふ。ありがとう。輝。」
加奈子はニコニコ笑いながらプレゼントを受け取る。
初めてだった。
誰かにプレゼントを贈るのは。
「ヨシッ。それじゃあ、私からも。」
原田先生はそう言って、昨日買ったプレゼントを渡した。
「開けてみてよ♪」
原田先生はそう言って、ニコニコ笑いながら加奈子に指示を出す。
僕のプレゼントから加奈子は開け始める。
「すっごく、可愛い。ありがとう、輝。」
加奈子はノートを広げ、パラパラとページをめくるたびに、ワクワクした表情になる。
気づかなかったが、パラパラとページを素早くめくっていくと、バレエダンサーのシルエットが、踊っている、パラパラ漫画になっているようだった。
「なっ、でかしたぞ、少年。すごく喜んでるだろ!!」
原田先生はそう言って、ニコニコと笑う。
「あ、はいっ。」
僕は照れながら頷く。
続いて、原田先生からのプレゼントを開ける加奈子。
中身は香水が入ったスプレーだ。
「加奈子ちゃんは高校生なんだから、こういうのも覚えないとね。」
原田先生はそう言って、香水のスプレーを加奈子の手から取って。
「使い方は・・・。」
原田先生はそう言って、使い方のレクチャーをする。
「こうして、手に塗ったり、首もとにかけたり・・・。バレエは汗をかくから必須アイテムだぞ。持ってないのは加奈子ちゃんくらいだからな。」
にこにこと笑う原田先生。
「どう?いい香りした?」
原田先生の問いかけに、ニコニコ笑う加奈子。
「はい。すごくいい香りします。」
加奈子はとても笑っている。
「ヨシッ。ついに、加奈子ちゃんも香水デビュー。大人の階段を一歩登ったぞ!!」
原田先生はそう言って、ニコニコと笑った。
「それじゃあ、ハッピーバースデーの歌をみんなで歌って、お誕生日会を終わりたいのだけれど。折角橋本君に来てもらっているので。」
原田先生の言葉にバレエスタジオの子供たちは大喜びした顔になる。
「ピアノ、弾いてもらっていいか?」
原田先生の言葉に頷く。子供たちのキラキラした眼。
それを見ていたら、何だろうか、不思議な気持ちになってくる。
「はい。良いですけれど、やっぱり、僕からの、加奈子先輩と、そして、ここに居る九月生まれの皆に、もう一曲。プレゼントします。」
何だろうか、その言葉が自然に出てくる僕。
その言葉を聞いた子供たちは拍手喝采。
勿論、加奈子も笑っている。
僕はピアノに向かう。
クラッシック。いや。誕生日会ということで、願いを込めてここは違う曲を。
「それじゃあ、ここに居るみんなが、誕生日を迎えられるように願いを込めて、数年前の医者の、産婦人科医ですかね。それを題材にしたドラマの曲から。」
そう、誕生日会を迎えられたが、世界には、貧困や病気で、誕生日を迎えられない子供たちもいる。そんな願いを込めて、僕は医者のドラマの挿入歌を弾いた。
美しい、ピアノメロディーにみんな感動している。
ああ、あれだ、というような顔をしている人も居るので、何のドラマで、実際に見た人も居るようだ。
弾き終わると大きな拍手に迎えられる僕。
何だろうか。ここに居ると、無性に頑張りたい気持ちに押される。
今度のコンクールも、加奈子が譜めくりのヘルパーを引き受けてくれて本当に良かった。
「すごい、感動した、とても良かったです。」
原田先生の言葉。
「あ、ありがとう輝。涙が出ちゃった。」
加奈子は涙している。
「それじゃ、せーのっ。」
原田先生の指揮に合わせて。
「「「♪ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー・・・♪」」」
歌い終わり、拍手で誕生日会は幕を閉じた。
「本当にありがとう、輝。」
加奈子は涙目を浮かべながら、僕と握手をする。
本当はすぐにでも抱きしめたい表情の加奈子。だが、ここは子供たちの前なので・・・。
「よくやったな。少年。やっぱお前の最大のプレゼントは、ノートをあげることではなく、愛する人のためにピアノを弾くことだったな。」
「はい。・・・。」
原田先生の言葉に頷く僕。
「どうした?物思いにふけっているようで。」
原田先生の問いかけに。
「はい。ここに居る時は、もっと頑張りたいという気持ちになるんです。だから、その、ありがとう、加奈子。譜めくり、コンクールで引き受けてくれて。」
僕はそう言って、何だろうか、僕も目頭が熱くなった。
「・・・・うん。一緒に頑張ろう!!」
加奈子は笑っていた。
その日、原田に見送られ、一緒に帰った僕と加奈子。
二人きりになるタイミングを見計らい、そのタイミングで、ぎゅーっと、抱きしめて、唇を重ねていた。
そのまま、二人で、雲雀川の橋を渡り、僕の家の離屋に行くことになった。
勿論、この後のことは言うまでもなく・・・・。
生まれたままの、今日、一つ大きくなった、そのままの加奈子を見ることになった。
本日もご覧いただき、ありがとうございます。
少しでも続きが気になりましたら、下の☆マークから高評価とブックマーク登録をよろしくお願いいたします。よろしくお願いいたします。
 




