80.曲目の確認
第四章です。いよいよ、ピアノコンクールで安久尾と直接対決します。
※この四章の部分を大幅に改定しています。
改定前の作品をご覧いただいている皆様も、この章からはもう一度読んでいただけると幸いです。
「あちゃ~」
「ごめんね、橋本君。私がついていながら。」
「畜生、なんて奴らだ。まるで先手を打たれたかのようじゃないか。」
そこは原田先生のバレエ教室だった。
バレエ教室の玄関ロビーのソファーそこに、僕と、高校の音楽教師の藤田先生、藤田先生の姉で、僕のピアノ指導を藤田先生と交代で見てくれている、岩島晶子先生、そして、このバレエスタジオの責任者の原田先生。さらには、同じくバレエスタジオの先生で、原田先生と旧知の仲の、男性講師、吉岡先生、さらには、音大の教授であり、昔から僕のことを知る、茂木の姿があった。
そして、この打ち合わせのスペシャルゲストとして、史奈と、先日の合唱コンクールの関東大会まで送迎を担当していた瀬戸運送バスの運転手が同席している。
「すまなかった、橋本君。私がもう少し、目を光らせていれば。」
茂木は僕に手をついて謝罪する。
僕は首を横に振るが。
「しかし、才能溢れる君に二度もこんな目に合わせてしまったのは事実だ。」
茂木は渋い顔をしていた。
藤田先生、岩島先生、原田先生も、ものすごい剣幕の表情を作る。
彼らは、先日の関東大会で僕の身に起きたことを、史奈と、バスの運転手から聞いたところだった。
改めて、バスの運転手が持参した録画の映像を確認する。
「はぁっ。」
と、ため息を漏らす原田先生。
「迷惑だよなぁ~、こういう権力者って。俺たちにどうしろと。」
吉岡先生は考え込む。
「こらこら、ヨッシー。そこをどうするか決めるのが、今回の緊急の打ち合わせだろうが。」
原田先生は吉岡先生の背中をバシッと叩く。
「このままでは、橋本君のピアノコンクールでも同じことが起きる。仮に橋本君が県のコンクールを突破できても、その次には関東のコンクールがある。そこで再び安久尾に出くわす。」
茂木は冷静に分析する。
確かにそうだ、茂木のいう通り。
「実は、今回の合唱コンクールでも、私が審査員をしようとしたが、上から間に合ってますという回答が来てな。まさか・・・。」
茂木の言葉に一同はハッと驚く。
まさか、今回のコンクールでも賄賂が使われたと。
「あ、あの、僕はやっぱり・・・・・。」
僕は、みんなの前で少し声をあげたが。
「何も気にするな、少年。君の実力は皆認めている!!」
原田はそう言って、僕の肩を叩く。
「そうだ。だが、このままだと、原田君のところの、井野さんだっけか。橋本君に伴奏を依頼し続けている限り、彼女まで影響してしまうかもしれない。」
茂木の言葉に原田と吉岡はさらに追い詰められた表情をする。
「この間のバレエコンクールは、雲雀川の中で完結するものだった。だが、井野さんの実力であれば、関東の大会に上がれる。しかし、その関東のバレエ大会で、何かあれば・・・。」
茂木の言葉にさらに驚いたのは僕だった。
「まさか、加奈子まで犠牲になれと・・・。それだったら僕・・・。」
ピアノを辞めます、やめて伯父の農家を継ぎますと言いたかったが。
「待つんだ。少年、何を言っている。」
「そうだよ、橋本君、それを何とかするための会議よ。」
原田先生と岩島先生がそれを阻止する。
「でも、僕は良いとして、加奈子までが・・・。それに今回、僕のせいで、コーラス部の皆も・・・。」
僕は強い口調で言った。
「加奈子・・・、コーラス部・・・。」
茂木は少し考えこんだ。
岩島先生も藤田先生もそれに反応する。
「そうだ、その手があった!!」
茂木はそう言って、頷く。
「晶子ちゃん、彼の曲目の候補はどうなっている?」
茂木は岩島先生の顔を見る。晶子ちゃんというのは岩島先生の名前だ。
「えっと、課題曲が、ショパン『ワルツOp18、華麗なる大円舞曲』、『マズルカOp33-2、ニ長調』、自由曲が『英雄ポロネーズ』と『ワルツOp42、大円舞曲』です、一応この四曲で回せますが、あと一曲選べば万全かと。それにこの四曲はすでに一度、何かしらの演奏で披露しています。」
岩島先生が答える。
「うん、井野さんのバレエの発表会で聞かせてくれたものもあるし、そうなると、どれも、橋本君のピアノは完成しているし、関東大会に上がれるレベルだろう。」
茂木はそう言って、頷く。
「そして、ちょっと待ってくれ。コンクールの日程は。」
茂木はさらにハッとしたのか。岩島先生に確認を取る。
岩島先生から告げられたのは、九月の三連休と、九月の最後の週末。つまり、今月末。
日程を告げたとき、茂木はハッとした。そして、全員ハッとする。
「もしかしたら、行けるかもしれない。」
茂木は頷き、ここに居る、僕以外の全員が頷く。
茂木は急いで、原田先生の方を向く。
「原田君、井野さんを連れて来れるか?そして、井野さんを通して、この間、橋本君と一緒に課題曲で伴奏をした子もここに連れて来れるだろうか?」
原田先生は頷く。
原田先生は加奈子に連絡を取って、風歌を連れてここに来るように指示を出した。
幸いにも加奈子は生徒会で、文化祭、体育祭の打ち合わせ。風歌もコーラス部の部活だったので、すぐに連絡を取ることができ、ここに来ることができるようだ。
ちなみに僕も生徒会メンバーなのだが、原田先生達が僕と話がしたいというので、原田先生自ら、加奈子に連絡を入れて、今日の活動の欠席の許可をもらっている。
<今後について、話し合うんだよね、この間のこともあるので、皆、すごく心配しています。でも輝君なら、どんなことがあっても大丈夫。私たちが傍に居るね!!>
同じ生徒会のメンバーである葉月からはスマホのLINEでこんなメッセージが来ている。
他のメンバーからも同じようなメッセージだ。
ちなみに、史奈は生徒会OBという立場なので、一緒に同行してもらった。この間のコンクールに同行していたバスの運転手を連れて。
僕たちはしばらく休憩しつつ、加奈子と風歌を待つことになった。
「ほい、それじゃあ、茂木先生の案が何か知らないが、これでも食べて飲んで、待っていてくれ、私はこの時間を利用して、別のクラスのレッスンに行ってくる。」
原田先生は、僕の前にいろいろと飲み物とお菓子を出してくれた。
そして、原田先生はこの間を利用して、他のクラスのレッスンを見に行ったり来たりと行き来していた。
原田先生以外の面々は席を立ったり座ったりする場面もあったが、誰かは必ず僕の前に居てくれた。
「大丈夫。大丈夫だからね。」
岩島先生は僕に言い聞かせる。
「ああ。きっと輝君なら大丈夫だ。俺が保証するよ。」
吉岡先生は笑っている。
そうしてしばらく休憩の時。
それから三十分経たないうちにバレエスタジオの扉が開く。
「こんにちは。先生。」
加奈子が元気よく挨拶する。
生徒会や高校とは違って、ここでは元気にハキハキした声が出せる加奈子。
そして。
「こ、こんにちは。」
加奈子の後ろ、ドキドキしながら風歌が緊張の表情でこちらにやって来た。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。
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