8.推薦人
生徒会に誘われた翌日、僕はすっかり高校に慣れてきたのだろうか。それとも、生徒会に誘われ、嬉しい気持ちなのだろうか。その両方だろう。
少し軽い気持ちで自転車をこいで登校したのだった。
今日からは授業が始まっていく。
「へえ。ハッシー超、凄いじゃん!!理事長の娘さんの推薦で、生徒会かぁ。」
昼休み、クラスメイトの北條結花はまた再び僕に話しかけてきた。
彼女は明らかにクラスの一軍女子。
そんな子が、二日連続で、クラス唯一の男子である、僕に話しかけてくるなんて、一体何があったのだろうか。
彼女は、最初。
「部活は決めたの?」
と声をかけてきたので、昨日の出来事のことを、結花に話したのだった。
「いいなぁ。生徒会長さんも美人だし、確か生徒会役員の人達も美人で、気品があるんだろうなぁ。」
結花は何かに憧れるかのような表情をする。
「そんな人と比べればアタシなんて・・・・・・。」
結花は少しがっかりした顔をする。
「そんな、北條さんだって、とてもいい人だよ。きれいだし。クラスで、一番最初に声をかけてくれたし、話しかけてくれたこと。たとえそれが、何かの罰ゲームでも嬉しいな。」
僕は少し遠くを見るように、結花に言った。
そう。何かの罰ゲーム。ほかの一軍女子たちとゲームして罰ゲームで僕に話しかけてこいと言われても、それはそれで嬉しかった。
「はははー。ありがとう。でも、罰ゲームとか、そんなんじゃないって。それと、昨日も言ったけど、アタシのことは、結花でいいよ。」
「ありがとうございます。結花・・・・。さん。」
僕は緊張したかのように、名前の後に敬称をつける。
心の中では、そう言われたので、結花と呼んでみたいが、少し緊張する僕が居た。
結花はくすくすと笑う。
「ハハハッ、まあ、そんな感じで、ウチ等に慣れて行こう!!」
結花は、ポンポンと肩を叩きながら言った。
その叩き方がどこかぎこちない。
「ところで、結花さんは、部活は決めたの?」
僕は聞いてみる。
「ハハハ。焦っても仕方ないじゃん。最悪、いろーんな所から助っ人で良いかなぁ。って。」
なるほど、確かに女子生徒の場合、しかも高校の場合ゆっくり部活を決める人がほとんどなのかもしれない。
「そうなんだ。この高校は、ゆっくり部活を決める人が多いのかな?」
僕は結花に聞いてみる。
「そんなもんだよ。特に高校生は。じゃ、生徒会頑張ってね~。」
結花はそう言いながら、一軍女子の集団に戻っていった。
「はあ。」
と、結花はため息。
「生徒会の人達かあ。それじゃ勝ち目ないかぁ。もっと、大人しくなって、優しい方がいいのかな。」
結花はボソッとつぶやきながら、集団に加わっていった。
―罰ゲームとかじゃ全然ないのに。確かに最初は・・・・。声かけてみたら?と言われたから、声をかけてみたけれど・・・・・。―
結花は心の中ではそう思っていた。
「ヨシッ。」
結花は深呼吸して、気合を入れ直し、結花と同じような容姿をした、クラスメイト達の元へと戻って行った。
放課後、僕は昨日と同じように、荷物をまとめ、一目散に、生徒会室へ向かう。
昨日、葉月先輩に案内されたので、迷わず向かうことができた。
「すごいね。輝君。もう迷わないで来れたんだ。」
葉月先輩はにこにこと笑って、生徒会室で出迎えてくれた。
「私より、頭いいかも。」
加奈子先輩も驚いていた。
「いやいや、そんな。加奈子先輩の方が・・・・・・。」
加奈子先輩の方が、僕よりも百倍頭がいいに決まっている。
だが、今日は瀬戸会長が来ていない。
生徒会室にいるのも、瀬戸会長を除いた、僕と、葉月先輩、加奈子先輩の三人だ。
「今日は、瀬戸会長はいらっしゃらないんですか?」
僕は二人に聞いてみる。
「ああ。瀬戸会長は部活があるの。」
「そう、バレーボール部。」
葉月先輩と加奈子先輩は笑いながら言う。
「バレーボール部。すごい。運動部から会長になったのですね。」
僕は、目の色を変えた。
女子のバレーボールだととても人気のある部活だと思う。
そこで頑張って、さらに生徒会長だなんて。
瀬戸会長の凄さに、心から敬意を示したい僕。
「そうだね。運動部だけど。瀬戸会長、あの身長だから、ずっとレギュラーになれなくてね。途中でマネージャーに転身して、その後、気持ちを切り替えて、生徒会長に立候補して、当選というわけ。それでも、中学までのバレーボール部で、背の低い人でも出来る、レシーブ専門のリベロとか言ったかな。そんなポジションで、結構活躍していたし、人気もあったから見事に運動部の票を押さえて、当選しました。という感じかな。」
葉月先輩が瀬戸会長の経緯を簡単に説明してくれた。
なるほど。確かに、バレーボールだと、身長の高い人の方が有利だ。
だから、大人っぽい髪型やルックスに気を遣って、身長の低さが目立たないようにしていたというわけだ。
「会長になった今でも、バレーボール部のお手伝いをしているの。だから、今日は私と、加奈子と輝君の三人だけかな。」
葉月先輩はそう言いながら、僕を席に案内してくれた。
「とりあえず今日の仕事の書類ね。」
葉月先輩は書類を持ってきてくれて、やり方を教えてくれた。
生徒会の書類は色々あった。
各予算の承認、練習試合などのグランドの使用の承認。そのほかいろいろ。
葉月先輩と加奈子先輩はやり方を教えてくれる。
「おっ、いいね。いいね。次はこれだね。」
葉月先輩から手渡されたのは、行事予定確認の書類だ。資料を見ても、様々な行事が確認できる。
「とりあえず、一番直近なのが、生徒会長選挙かなぁ。」
葉月は言った。
葉月はそう言って、生徒会長選挙に関する書類を一色持ってくる。
「生徒会の役目は、立候補者の募集と、立候補者が出そろい次第、開票作業を行う、選挙管理委員をクラスから二名ずつ選ぶのだけど、その人たちのサポートかな。」
葉月は生徒会長選挙における、生徒会の役割を話す。
「生徒会は開票をやらなくていいのですか?」
僕は葉月に聞いてみる。確かに立ち会っても問題なさそうだが。
「生徒会は開票作業には基本かかわらないよ。身内の会長を決めるわけだし、全校生徒の投票で選ぶのだから、身内で不正しないように、その防止でね。しかも、今回の会長選挙に加奈子も立候補を予定しているし・・・・・・。」
葉月先輩が加奈子先輩の方を見る。
加奈子は頷いているが、いざ立候補という文字を聞くととても不安そうな表情になる。
なるほど、確かにそうだ。
不正防止はとても重要だ。選挙という意味をよく理解しているな。
しかし、立候補という文字を聞いた、加奈子先輩は未だドキドキしている表情が治まらず、むしろ、そのドキドキの表情がさらに激しくなっている。
「ごめん。加奈子。変に緊張させちゃったね。」
葉月先輩は加奈子先輩の瞳を覗き込む。
「ごめん、葉月。その・・・・・・。」
加奈子先輩はドキドキしていた。
「私は、生徒会役員の経験から、みんなの役に立ちたいと思っているのだけど・・・・・・・。」
加奈子先輩はさらに不安になる。
「大丈夫だよ!!仮に当選できなくても、一生懸命生徒会役員として、頑張ろうよ!!」
葉月先輩は加奈子先輩を励ます。ポンポンと肩を叩いて。葉月先輩は加奈子先輩の肩に手を乗せた。
「そう・・・・。だね。」
加奈子先輩は間違いなく落ち込んでいた。
その落ち込みようを見ると、普段はおとなしいが、きっと自分が好きなことに対しては一生懸命なのだろう。
確かに今日も書類を整理する時、目の色をキラキラさせながら、加奈子先輩は作業をしていた。
加奈子先輩は、生徒会の活動が好きなのだろう。
その良さを誰かが見てくれればいいのになあと、僕は思ってしまう。
そう思ったのだろう。どうにかしなきゃと思う僕。
「あの・・・・・。加奈子先輩。」
僕は立ち上がる。
「僕も、選挙手伝います。」
僕は加奈子先輩の方を向いて言った。
咄嗟に言葉が出た。不思議だった。
おそらく、葉月先輩と加奈子先輩の友情だろうか。それに感動した僕が居た。
生徒会に誘ってくれた、先輩のために、頑張らないと。
そんな勇気が、僕の心に湧いてきた。
「ありがとう。輝。生徒会としてのサポートよろしくね。」
加奈子先輩はそう言った。
「いや、あの、そうじゃなくて・・・・・・。」
僕は緊張してしまう。
「そうじゃないって、どういうこと・・・・・。」
葉月先輩は言った。
「加奈子先輩の応援と言いますか、選挙活動と言いますか・・・・・・。」
僕は言った。
確かに、ここで、加奈子先輩のやる気を摘み取ってしまうのはもったいない。実質二日だが、一緒に仕事をしていて、一生懸命やっている、加奈子先輩の良さをみんなに知ってもらいたいと思うようになっていた。
そして、僕の気持ちも、少し考える時間があったが、先ほどと変わらない。
僕のことを歓迎してくれた、先輩のために、頑張らないと・・・・。
「「本当!?」」
葉月先輩と、加奈子先輩は声をそろえて言う。
僕は頷く。
「「ありがとう!!」」
二人は声をそろえてお礼を言った。
「でも、選挙は厳しいよ。実際に運動部からも何人か立候補予定している人がいると聞いているし、その人たちは部活での組織票が強いから・・・・・。」
加奈子先輩は、僕に向かって言った。
「でも、ここで諦めるのは・・・・・・。よくないと思って。」
「そうだよ。加奈子、輝君の言う通りだよ。」
葉月先輩は声をそろえて言った。
「葉月・・・・・。そうだね。輝の言う通りだよね。」
そう、加奈子先輩にはチャンスがある。
僕は、安久尾にチャンスを潰されてしまったからわかる。チャンスがあるうちに全力で取り組むという意味を少し、いや、この数か月間で、かなり知った気がする。
だが、加奈子先輩が一歩踏み出そうとしたまさにその時だった。
ポンッ。と背後から大きく手を叩く音が聞こえる。
振り返ると、そこには部活を終えジャージ姿の瀬戸会長が言った。
「素晴らしかったよ。橋本君。」
瀬戸会長がウィンクしていった。親指を立て、ニコニコと笑っている。
ジャージ姿もそれに相乗したのだろうか。その表情がいつもより魅力的に見える。
「まずは、橋本君、今日はごめんなさいね。私も橋本君にいろいろ教えてあげたかったのだけれど。今、部活を切り抜けてきたところなのよ。そうしたら、選挙の話をしてて。こっちもドキドキしていたわ。」
瀬戸会長は微笑む。
そして、僕の肩に手を乗せていった。
「そしたら、橋本君に大役をやってもらおうかな~。」
瀬戸会長は深呼吸する。
「橋本輝君。加奈子ちゃんの推薦人になってください!!」
瀬戸会長の笑顔あふれる、大きな声が生徒会室に響いた。
瀬戸会長の言葉に唖然とすする僕。
す、推薦人・・・・・・・。
「あの、推薦人って。」
「生徒会長選挙はかなり厳しい戦いになると、昨日言ったのですが、そこは覚えているかな?」
瀬戸会長が緩く質問する。
「はい。よく覚えています。会長になるのはかなり大変って。」
僕は瀬戸会長に応える。
「そう!!まず立候補するためには三人の推薦人が必要です。」
なんと、推薦人が三人も。それだけでもかなり大変そうだ。
「しかもその三人のうち、誰か一人は学年が異なっていないといけません。加奈子ちゃんの推薦人は私と、葉月ちゃん。後、もう一人を探そうと思っていたところ、あなたの言葉に、とても感動したわ。」
瀬戸会長は厳しくも笑顔の口調で僕を指さす。
なんと、三人の推薦人のうち、誰か一人は、学年が異なっている。立候補の条件は、さらにハードルが上がる。
「そういうことで、例年、生徒会長の推薦人は、二年生と三年生がなることがほとんどなんだけど、橋本君は、入学してきたばかりの一年生。しかも、今年から共学化された男子生徒。かなり選挙としては見ごたえがあるかなぁと。」
葉月先輩と加奈子先輩は瀬戸会長の提案に、ああ。と納得した表情を見せている。
そして、加奈子先輩はわぁーっ、と、希望が湧いてきた表情に変わり、瀬戸会長に大きく頷き、拍手する。
「すごいです。瀬戸会長。輝君が推薦人になることによって、高校がリニューアルされたイメージを持つことができます!!」
葉月先輩はそう言って飛び上がっている。
葉月先輩の言葉に、加奈子先輩はさらに笑顔を見せる。加奈子先輩は少し自信がついたようだ。さっきまで表情を暗くしていた、加奈子の先輩の顔、その雲泥の差の表情を見ている僕。
それを見ている以上、僕は推薦人を断れなくなってしまった。深呼吸する僕。
「わかりました。加奈子先輩と、皆さんと一緒に頑張ってみます。」
僕は推薦人を承諾する返事をしたのだった。
「「「やったー!!」」」
三人はハイタッチをしてはしゃいでいる。
そして、ハイタッチをし終わった後。
「本当にありがとう。輝。」
加奈子先輩が、少し涙目になって、僕に頭を下げる。
この表情を見て、引き受けてよかったと思う。
だが、僕も初めての生徒会長選挙。どうすればいいのだろう。
「で、どうすればいいですか?」
僕は素直に質問する。
「まずはゴールデンウィークまでに、加奈子ちゃんと仲良くなってみましょう。」
瀬戸会長がウィンクする。そして、生徒会室に用意されているホワイトボードの前に立つ。
「ゴールデンウィーク明けの初日に立候補の届け出。そこから一学期の中間テストまでが、選挙期間。中間テスト明けから、新しい生徒会が始動というわけ。中間テストの前に、演説会と最初の投票。ここで過半数の票を獲得できれば、生徒会長に当選。過半数の票を獲得できなければ、中間テストの最終日に、上位二名による最終演説会と決選投票。という流れになります。」
瀬戸会長はホワイトボードに書きながら、日程を説明してくれた。
確かに、本格的な厳しい選挙戦だ。
「最後に一番重要なこと、そうね、演説会の詳細は、葉月ちゃんから説明してもらおうかな。」
瀬戸会長は葉月先輩に目を合わせる。
「はーい。演説会には推薦人も登壇して、候補者の推薦する理由を全校生徒みんなの前でスピーチします!!」
葉月先輩の言葉に耳を疑った。
と、言うことは・・・・・・。
「そうです。輝君も、推薦人として、スピーチをしてもらいます!!」
急に緊張してきた。胸が張り裂けそうなくらい。
心臓の音がはっきり聞こえる。
「気張らないで大丈夫だよ!!私たちもスピーチするのだから、輝君のスピーチで足りなかったところをサポートするね。」
葉月先輩がウィンクしながら言う。
いやいや、そういう問題じゃなくて・・・・・・・・・。
ほぼ女子しかいない全校生徒の前で、僕がスピーチをするということに緊張している。
大丈夫なのだろうか・・・・・・・・。
一瞬、やっぱり無理です。断りたいです、と思ったが。
加奈子先輩のお願いします、という表情の目でこちらを見つめていると断れなかった。
「わかりました、やってみます。」
僕は、そう答えた。
「ありがとう!!輝君。」
「ありがとう!!輝。」
葉月先輩と加奈子先輩はそれぞれお礼を言った。
「ふふふっ、良かったわね!!」
それを温かく見つめる瀬戸会長。一通り、見守ると瀬戸会長はポンポンと手を叩き。
「さて、とはいっても、橋本君は加奈子ちゃんと知り合ったばかりだし。まずは、この四人で仲良くなってみましょうか。その中で知った、加奈子ちゃんのいいところを、演説会で話してくれればいいからね。」
瀬戸会長は、ニコニコ笑い、さらに大きく息を吸った。
「と、言うことで、次の週末。土曜日の十三時に、昨日一緒に帰って、別々の方角に分かれた百貨店前の交差点に集合!!みんなで遊びに行きたいと思いまーす。」
瀬戸会長は張り切って言った。
「またまた。会長は遊びに行きたいだけですよね。」
葉月先輩が、あきれるように言った。
同じく、加奈子先輩も頷く。
「ふふふっ。まあね。」
ばれちゃったぁ。テヘペロ~。みたいな表情をする。
「それに・・・・・。」
瀬戸会長は僕の方を見る。葉月先輩と加奈子先輩も僕の方を見た。
「橋本君。」
「輝君!!」
「輝っ。」
「「「私たちと一緒にお出かけしましょう!!」」」
三人が声をそろえて言われたので、これもまた断る理由がなかった。