76.遭遇
花園学園の二学期が始まる。
「一年生の半分をもうすぐ迎える。夏休み中に復習は出来たか?二学期も頑張るように。」
担任の佐藤先生の挨拶から始まり、二学期が始まった。
昨年は暗い気持ちでこの時期を過ごしていたが今日は違った。
二学期が始まり、最初の二日はコーラス部の練習を継続して、週末を迎える。
そう。二学期最初の週末。
つまり、関東地区の合唱コンクールを迎えた。
これで上位ならば、全国コンクールに進められる。
花園学園のコーラス部は、全国コンクールに進んだのは十年以上前で、最近は県のコンクールでも苦戦が続いている状況だ。
失うものは何もないと思って、このコンクールに臨めそうだ。
そして、何だろうか、僕は今までの練習の状況を見て、少し期待している。
中学校や、前の高校の合唱部もこんな明るい雰囲気の練習はなかった。
きっと、指揮者の心音、そして、たまにしか顔を出さないが、顧問の藤田先生が明るい雰囲気を作ってくれているのだろう。
感謝しかなかった。
関東コンクールの当日は朝とても早かった。
学園に集合する。
「おはよう、橋本君。うんうん。流石は私が見込んだだけのピアニストね。コンディションがとても良さそう。」
学園に集合すると、心音に迎えられる。どこかで聞いたようなセリフだった。
「おはよう、橋本君。なかなか顔を出せずにごめんなさい。でも、貴方なら、ここまでやってくれると思ったわ。」
顧問で、花園学園の音楽教師の藤田先生も出迎えてくれる。
「ごめんなさいね。音楽系の部活で指導できるの、私くらいしか居なくて。それで、いろいろ、忙しいのだけど。でも、コンクールで、県外に移動するのだから、私も今日は引率よ♪」
藤田先生はニコニコ笑いながら、言った。
流石は、音楽が大好きなお嬢様という感じの人だ。
きっと、この週末もそうであるが、その他の週末も、忙しいのだろう。
当然だが、夏休みの間中はコーラス部の練習をやりつつ、僕のピアノコンクールの練習もしていた。
その間は、藤田先生ではなく、岩島先生にお世話になっていた。
「は、橋本君、お、おはよう。」
風歌はどこか緊張して、ドキドキしながら迎えてくれた。
僕は風歌に頭を下げて、握手をする。
「おはようございます。お互い、伴奏、頑張りましょう。」
「う、うん。」
風歌はドキドキしているが。
「な~に、今から緊張しているの?ほら、橋本君と握手して。夏休み中もいろいろ、泳ぎとか教えてもらって、仲良くなっているでしょ。」
心音はそう言いながら、風歌の手を取り、僕と握手をした。
そうこうしているうちに、移動用のバスがやって来た。
おなじみ、『瀬戸運送バス』だ。
バスの中から、得意げに史奈が飛び出して来る。
「みなさ~ん。おはようございまーす。輝君もおはよう!!」
史奈がニコニコ笑いながら言った。
「ありがとうございます。生徒会長、バスを出して頂いて。」
「い~の、い~の、気にしない、気にしない。」
心音の言葉に、史奈がニコニコ笑う。
「生徒会として、皆がどんな活躍をしているか知りたいだけだもの。それに、生徒会メンバーの輝君も、このコンクールに参加するなら、尚更ね。葉月ちゃんや加奈子ちゃんたちも後から、電車に乗って来るってよ。」
史奈が笑いながら言った。
瀬戸史奈、正確には‘元’生徒会長で、このバスを運営している、【瀬戸運送】の社長の娘だった。故に、コンクール移動で、バスを使うということで、この瀬戸運送のバスをチャーターしたのだった。
「さあ、さあ、乗って乗って。」
史奈はニコニコ笑いながら、コーラス部の面々をバスの車内に促す。
僕もバスに乗り込んだ。
僕が乗ったのを確認して、史奈は先ほどとは変わって、真剣な表情をし、運転手と少し会話をした。
「承知しました。お嬢様。」
バックミラー越しに、運転手の口元がこう動くのを確認できる。
きっと、運転の工程の打ち合わせなのだろう。
全員が乗り込み、バスの扉が閉まり、バスが発進する。
バスは高速道路を駆け抜け、一時間半ほどで、隣県の会場へ到着。
バスを降り、受付を済ませ、控室へと向かう僕たち。
その控室で、準備運動と発声練習を実施して、最終確認へ。
風歌が伴奏する課題曲、そして、僕が伴奏する自由曲の順番に最終確認の練習が行われる。本番と同じで通しで練習をしていく。
一通り、通し練習が行われる。
「うんうん。良い感じ。本番もこの調子で行きましょう。」
心音がとてもいい感じでまとめて、練習を終了する。
心音は僕たちに歩み寄り。
「ありがとう、橋本君。伴奏を引き受けてくれて。」
心音は改めて、僕に頭を下げる。
「う、うん。あ、ありがとう。」
風歌も同じような感じだ。
「風歌は緊張しているかもしれないけれど、指揮を見たり、周りの歌を聞いたりして併せよう。よろしく。」
心音は風歌に向かってピースサインを送る。
「それじゃ、少し休憩してもらって大丈夫。むしろ、休憩してきてほしいな。少しリラックスするためにも。」
心音の言葉に甘えて僕は席を立ち、控室を出た。
「大丈夫よ。本番もしっかりね。」
一緒に見ていた藤田先生に声をかけてもらう。
僕は頷く。
そうして僕はお手洗いに行きつつ飲み物を買いに行くことにした。
館内のフロアマップを見て、ゆっくりではあるがお手洗いにたどり着いた。
何だろうか、本番前、緊張すると少しトイレに行く回数が増える。
加奈子のバレエの時もそうだった。いい意味なのだろうか。
だが、トイレに入ろうとしたその時。
「痛った。」
思わず叫んでしまう。
僕は、後ろの髪の毛を引っ張られ、勢いよく、肩をバーンと叩かれた。
思わず振り返る。
「一体何な・・・。」
僕は言葉を失った。
「ほう。誰かと思えば、橋本じゃねえか。何でこんなところにいるんだ?あっ?」
皮肉な笑みを浮かばせながら、冷徹な目つきでこちらを見てくる人物がいた。
その人物の名は、安久尾五郎。
ありとあらゆる方法を使って、僕を、前の高校を退学にさせた張本人だった。
安久尾は少しニヤニヤしながら、僕の肩を掴み無理やりトイレに連れ込む。
そして、さらにニヤニヤ笑いながら。
「負け惜しみかよ。妬みに来たのか?そうだよな~。お前はもう、高校中退の中卒なんだらかな~。」
安久尾の言葉に僕は首を振る。
「なんだよ。違うってのか?」
安久尾の言葉に僕は深呼吸する。
黙って頷く。
そうだ、僕はもう、ひとりじゃない。
花園学園のコーラス部のために、伴奏をしなければならない。
心音と風歌が必要と言ってくれたのだ・・・。
「ああ。違うよ。安久尾。僕はこのコンクールに出場するんだ。」
僕は堂々と言った。
「んだと?おとなしく、負けを認めろ。お前がここに戻ってくる居場所はねぇーんだよ。」
「・・・・っ。」
安久尾は僕の胸ぐらをつかむ。
「百歩譲って、最後に質問してやろう。コンクールに出場する?どこの高校でだ?」
安久尾はニヤニヤ笑いながら言った。
「は、花園学園コーラス部。」
僕は静かに答えた。
「ヌハハハーッ。滑稽だぜ、橋本!!もう少しましなウソを付けよ。」
バゴーン。
安久尾の手が僕の頬を勢いよく叩く。
「・・・っ。」
僕は倒れこむ。
バンッ。バンッ。
安久尾の足が僕の腹部に直撃する。動けなくなる僕。
「男のお前が。」
バンッ!!安久尾の蹴りが一発。
「陰キャのお前が。」
バンッ!!安久尾の蹴りが一発。
「花園学園。」
最後の安久尾の蹴りでトイレの床に倒れこむ僕。
「だぁぁれがあんな女子校のコーラス部で歌うかよ。負け犬。せいぜい俺が指揮を振るところを客席から黙ってみてろ。」
安久尾は舌打ちをしながらトイレを出て行った。
「はあ。はあ。はあ。はあ。」
倒れこむ僕だが、立ち上がらないと・・・。
皆が待っているのに・・・。
だが、動けない。
どうすれば、どうすればいいのだろうか・・・。
目には涙を浮かべていた。
出血はしているだろうか。それとも・・・。骨折は。
いろいろな所が痛む僕。
呼吸を、呼吸を整えるしかなかった。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。
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